第二八八話、甲羅の上
「……攻撃する手段がないなんて思ったが」
大怪獣の背中の甲羅の上。慧太は思わず唇の端をゆがめた。
「ありゃ訂正する」
本当に岩山のように土砂や岩が乗っている甲羅。唯一、メタリックな外見とは異なる部分だが、その甲羅の一部が割れ、中から金属の塊が飛び出す。それはたちまち、恐竜モドキの姿となって、慧太の前に立ちふさがった。……ちなみに今ので二機目。
リアナは、まるで散歩に行くような気安い調子で言った。
「ケイタ、どこを狙えばいいと思う?」
高さ、およそ四メートルほどの機械の恐竜型兵器。それが綺麗に尖った歯が揃った口を大きく開いて、威嚇の声を上げる。
「たぶん、矢だとどこを撃っても効かないと思う」
慧太、そしてリアナにそれぞれ相対する恐竜モドキが突進を始めた。でこぼこしている岩肌を跳ねるように向かってくる。
リアナは矢を放った。それは恐竜モドキの口の中に見事に吸い込まれたが、案の定無傷だった。狐娘は身を翻して、突進を避ける。
慧太もまた向かってきた恐竜モドキを右にかわし、側面へ回りこむ。
すると恐竜モドキは身体を捻り、勢いの付いた尻尾の一撃を放ってきた。
とっさ膝をついて、身体を反らしてかわす慧太。腹の上、数センチを鋼鉄の尻尾がかすめた。
その時、大怪獣が揺れた。リアナは踏みとどまり、すでに膝をついていた慧太はそのままこらえる。
怪獣が傾いた。
前足が何かを踏み、それを踏み越えたことようだった。
甲羅の上の慧太たちからは見えなかったが、その時ユウラが、怪獣の足を止めるべく、地面から巨大な尖った岩の柱を具現化させ、その前足の裏を刺したのだった。
大怪獣が痛みを感じるかは疑問だが、一声、吠えたのは確かだった。
前足が突き上げられたが、だがスパイクは折れ、わずかにその身体を持ち上げただけに留まった。……いや、本来ならそれだけでも十分、ユウラを褒めるべきだろう。常人には到底不可能な芸当だ。
慧太に恐竜モドキが迫る。素早く立ち上がる慧太だが、恐竜モドキは噛みつかんと間近に迫っていて――だが横合いから突然の衝撃と共に恐竜モドキの身体は空へと運ばれた。漆黒竜だ。慧太らを降ろしたあと、空中へ退避した彼だが、上空から颯爽と舞い降り、恐竜モドキに襲い掛かったのだ。
足で掴んだ機械兵器を空中へと持ち上げると、それを高所から投げ捨てる。
頭から落下した恐竜モドキは、態勢を整えることができずに地面に激突しひっくり返ったまま、動かなくなった。……アルフォンソ、カッコいいぞお前!
慧太は相好を崩した。だがそれ以上、見ている余裕はなかった。
大怪獣が再び傾いたのだ。傾斜はみるみる深くなり、まるで地面が垂直になったようだった。とっさに、岩山のような甲羅、その突起にしがみつく。
「おい、嘘だろ……!」
立ち上がろうとして、いや立ち上がったのだ、大怪獣が。
ほぼ垂直に立った背中。リアナもしがみつくことに成功したが、もう一機いた恐竜モドキは、甲羅から下へと転落していく。
四本の足で歩いていた大怪獣が、二足で大地に立つ。予想外の事態に慧太は目を見開いた。――んな、馬鹿なっ……!?
同時に、甲羅の岩や砂が尻尾方向へと落ち始める。新たな突起がせり上がり、そこから塊――恐竜モドキやトリアシを十数機、ばら巻かれた。
「……って……!」
慧太の頭上――数メートル先からも機械兵器が射出され――その周りにあった土砂が降りかかった。
左手で防ぐが、岩肌を掴んでいた右手に岩塊がぶつかる。その瞬間、ぼろっ、と掴んでいた岩が甲羅から剥がれた。
その結果、慧太の身体は宙に浮き、落下した。
・ ・ ・
大怪獣が立ち上がった。それは遠くからも観測できた。野戦陣地のヴェルリング将軍も、王城のフォルトナー王も。
だが機械兵器群と交戦する者たちは、その姿を視界に捉えつつも、感想を抱く余裕はなかった。
怪獣の背中から放たれた増援。対するアルトヴュー軍警備隊は抵抗手段を失いつつあった。
ティシアやアウロラといった残存魔鎧機が何とか一機ずつ敵を仕留めていくが、数に勝る機械兵器群は、逃げ遅れた人々を狩り出し、抵抗する王都警備隊兵を銃撃、もしくは噛み殺した。
転倒するゴレム。恐竜モドキが、その操縦席ごと食いちぎる。機械の竜は、我が物顔で廃墟となりつつある王都を闊歩する。
そこへ爆弾矢が顔面で炸裂する。一瞬の反動で怯む恐竜モドキ。だがほぼ無傷だ。攻撃してきた者を探し――見つける。白い甲冑をまとう軽歩兵を。
攻撃対象を見つけた恐竜モドキは石畳を砕きながら駆ける。
逃げるウェントゥス兵。通りを左折、二階部が崩れた民家の奥へと消えるそれを追いかける。地面を滑るようにブレーキをかけ、方向転換。通りの左方向へ正面を向けた時、視界に、白い甲冑姿の兵の姿を捉えた。
三人も。そして自身に何かが向いていることも。
『撃てェ!』
地面に固定された巨大なクロスボウ――攻城兵器のひとつ、バリスタだ。そこから放たれた槍のような巨大な矢が、恐竜モドキの胴体を「カン!」と金属音を響かせ、貫いた。
恐竜モドキは吠える。装甲を貫いたが、そこまで。矢など効かないと誇るように。
だが、バリスタの矢――シェイプシフターの生きた矢が恐竜モドキの中で爆発した。それは慧太がツヴィクルークを倒したのと同じ攻撃だ。
結果、恐竜モドキは、ツヴィクルーク同様の運命を辿った。機械片を撒き散らし、機械兵器は胴体を四散させたのだった。
『よしっ!』
ウェントゥス兵らは肩を叩き、小さく喜ぶとすぐに移動を開始する。固定式バリスタが姿を変え――こちらもウェントゥス兵になる。町中にあるはずのない攻城兵器があったのは、シェイプシフターならではの変身である。
『右側面! トリアシ接近!』
崩れかけの建物の二階部に、一人のウェントゥス兵が身を潜め、眼下の味方に警告する。
見張り役の言うとおり、トリアシが隣の通りからのっしのっしと向かってくる。仲間の機械兵器がやられたのを感知したのだろうか。
ウェントゥス兵らは通りをひとつ分後退する。その姿が次の角へ消える少し前、トリアシが現れた。光弾を放つより前に、兵らの姿は遮蔽で見えなくなる。だがトリアシは視覚情報で得た人間の後を追うべく、方向転換し前進した。
そして――
再び次の角を曲がった時、待ち伏せていたウェントゥス兵のバリスタがトリアシを撃ち抜いた。
引いては待ち伏せ。ウェントゥス兵らは障害物の多い王都内を巧みに駆け、ひとつずつ敵兵器を潰していった。
だが、そうも言っていられない状況もあって。
待ち伏せのバリスタを放ち、また一機のトリアシを仕留めた時、側面の廃屋を砕き、恐竜モドキが飛び込んできた。
「うわっ――!」
飛んできた瓦礫にウェントゥス兵が怯んだその瞬間、ひとりの兵が恐竜モドキに噛み付かれ、宙へと持ち上げられた。その二秒後、噛み付かれた兵は胴を真っ二つに裂かれてしまった。
「くそ!」
残る兵らが退避する。恐竜モドキはその後を追う。身体が大きい分、鈍重かと思いきや、歩幅が広いために、直線での加速は恐竜モドキのほうが早い。
最後尾の兵が噛み付かれ――る寸前、その兵はスライディングして、鋼の牙のプレスを逃れた。だが倒れたことで追いつかれ――
突然、恐竜モドキは即頭部を飛んできた槍で貫かれた。片目が、攻撃した相手を捉える。
崩れかけの壁の向こうに、キアハとウェントゥス兵。
キアハの投擲した槍が、もう一度恐竜モドキの装甲を抜くと、シェイプシフター槍が爆発物に変化、機械兵器を木っ端微塵に吹き飛ばした。
『凄い力ですね』
生身で鉄より硬い装甲を打ち抜く槍を放ったキアハの剛力を、ウェントゥス兵が新しい槍を渡しながら褒める。
「いえ。力だけが取り得ですから……」
真面目な返事をするキアハだが、照れたのか、わずかながら口もとが緩んでいる。
『来たぞー! トリアシ!』
新たなお客さんが通りに現れた。
投擲しようにも少し距離がある。キアハ自身、投げ槍は扱ったことがないから、それなりに近くに寄らないと当てられないのだ。
『今日は、忙しいですな』
退避する兵に、キアハは続く。途端、光弾が壁に当たり、うち砕いた。
次話、『粛清』
少年特司祭は言い放つ。「思い上がるなよ、人間……!」




