第二八七話、地上戦
『馬鹿なぁっーー!』
魔鎧機『トールナッハ』の拡声器から、操者のモルソンの声が漏れた。
鋭角的なフォルムに漆黒と金のカラーと、王国内の魔鎧の中で一、二の勇壮さを持つと謳われるトールナッハは、大怪獣の放った機械兵器の牙に蹂躙されていた。
トリアシの光弾攻撃により、接近する前にゴレムが破壊されたのを見たモルソンは、愛機が得意とする電撃弾を手から発射することで対応した。
その一撃は、一機のトリアシの動きを封じ、トドメとばかりに肉薄した時、建物の影に潜んでいた恐竜モドキに喰いつかれたのだ。
鋼より硬い魔鎧の装甲を、恐竜モドキがかぶりつき、その牙を突きたてる。魔力による守護を得ている装甲板が剥ぎ取られ、むき出しになったモルソンの胴を、牙が突き刺した。
『ごふっ!? ……がっ……』
伸ばしたトールナッハの右手は宙を睨み、しかしもはや動かなかった。肉食獣が獲物を喰らうが如く、魔鎧機の胴体、その中の人間を引き裂いたのだ。
『小隊長! きゃっ!?』
炎の魔鎧機『グラナボーゲン』が、別の道を迂回してきたトリアシ二機に側面から撃たれた。右の火炎放射装置が一撃で吹き飛び、それならばと左の放射器で応戦しようと向きを変えたところで光弾を雨あられと浴び、頭部が吹き飛んだ。
それを僚機である『グラスラファル』、魔鎧騎士のアウロラは目撃した。
『ミラ!』
魔鎧の頭部が飛んだだけなら中の操者も……。
だがアウロラの期待も虚しく、そこにあるはずの――成人を迎えたばかりの可憐な女騎士の頭はなかった。
よくも――敵を討とうと思った矢先、殺意を感じ取る。とっさに向き直れば、トールナッハを仕留めた恐竜モドキが、今度はアウロラを血祭りにあげようと迫ってきた。
『こん、ちくしょぉー!』
グラスラファルの持つグラスランス――氷の槍が飛び掛ってきた恐竜モドキの開いた口から中へと貫く。
『ざっけんな、化け物ぉー!』
激闘は続く。
後続の三番小隊が戦場に駆けつけた時、すでに先行していた歩兵部隊は壊滅し、ゴレム隊も半数以上がやられていた。
『ハイケル中隊長はどうしたのです!?』
三番小隊、小隊長のティシアが前線から逃げてきた兵に問いかける。埃と血に塗れたその兵は叫んだ。
「あの化け物の尻尾に部隊は全滅だ! 魔鎧機も潰されるのをみた!」
化け物の尻尾――巨大な大怪獣。その長く、先端に尖った突起が無数に付いた尻尾が周囲のものを建物ごとなぎ払う。
……先行した一番隊の魔鎧機はそれに押し潰されたのだ。この世に魔鎧機を越えるものなど存在するのか――その疑問に対する答えが、こうも無残な形で思い知らされる結果となったのだ。
なぎ払いや、その後の敵との交戦を命からがら生き延びた兵たちが逃げていく。
ティシアはそれを咎めなかった。どの道、彼らが留まったところでできることなどないだろう。魔鎧機さえ玩具のように破壊される修羅の戦場になど。
『ティシアさま!』
僚機である魔鎧機『ヴィテス』――その操者のベリエの声が拡声器から聞こえた。
『後続部隊が来ました! 噂の鎧機中隊です!』
鎧機――魔鎧機を参考に現在の機械技術で作り上げた人型機械鎧。
フェール式『ティグレ』。それが王都警備隊に先行配備された鎧機の名前だ。角ばった全身鎧じみたフォルム。頭部の目の部分にあたるゴーグル状のバイザーが、中の操者に外の視界を提供する。濃緑色で塗装されているのは、王都警備隊の黒とは異なるが、おそらく主任技師の趣味なのだろう。
魔鎧機を模した機械兵器。その戦闘力は、一般の歩兵や騎兵をはるかに凌駕する。本来なら、崩壊寸前の防衛線を支える強力な援軍として期待できただろう。
だが、ティシアは別の感想を抱いた。
――遅い……。
まるで歩いているのか、その前進速度が遅いのだ。悠然と、一歩一歩を踏みしめるその姿は、戦場で見れば敵兵を威圧しただろうが、魔鎧機ですら簡単に破壊してしまう敵機械兵器を前にしてはあまりに動きが鈍く感じる。
――これで、防衛線の再構築などできるのか……!
『ティシアさま!』
ベリエの声。見れば恐竜モドキが猛烈な勢いで突進、それを彼女のヴィテスの重破槍が撃ち抜いているところだった。鋼鉄すら穴を開ける重破槍にかかれば、機械の竜とてひとたまりもない。
『魔鎧機中隊で残っている指揮官は、あなた様だけです! 指揮を――』
必死の声をあげるベリエ。だがそのとき、ふらりと影が視界をよぎった。大怪獣側を見ていたティシアは、それに気づく。
『ベリエ、危ない!』
『え……』
よぎった影――それは大怪獣の長大な尻尾だった。数十メートル以上の長さを誇る太く、凶悪なる突起が無数に生えたそれが、真上から降ってきた。
ヴィテスと恐竜モドキが尻尾に潰された。それはあっという間。ティシアのネメジアルマ、その右横に落ちた尻尾は石畳を割り、さらに援軍として駆けつけつつあったティグレ隊の一個小隊を潰し、隊列を崩させた。
怪獣の尻尾が動く。難を逃れたティグレを鞭で払うように打ちつけ、吹き飛ばし、すでに半壊していた建物を根こそぎもぎとった。
ティシアも慌てて飛び退く。巻き添えは回避したが、同時に失った部下と、怪獣への恐怖がこみ上げる。
――こんな……化け物に、人間は勝てるのか……!
こんな――ティシアの視界に、二機のトリアシが映る。機体側面の砲が、ネメジアルマへと向き、唐突に爆発した。
左手方向からの攻撃に、一瞬トリアシが怯んだ。
誰が攻撃した――?
ネメジアルマの目を通して、ティシアはそれを見た。
白かった。角を二本生やした鬼のようにも見える兜、そして白い鎧をまとう兵の一団だ。
ティシアにも覚えがあった。
白銀の姫セラフィナ・アルゲナムに従う傭兵団、その兵たちだ。
・ ・ ・
シ式クロスボウに爆弾矢をセットし、頭のないニワトリじみた姿をする機械兵器に撃ち込んだ。
通常の矢では、おそらく鋼以上だろう敵兵器の装甲を破れないと思ったからだが――
『あー、爆弾矢が効かないぞ!』
『表面で爆発したんだ!』
分身体兵が言えば、ガーズィは叫んだ。
『散開! 遮蔽に隠れろ!』
来るぞ――その声と同時だった。新たに現れた突撃兵の一団に正面を向けたトリアシがビーム弾を矢継ぎ早に放った。近場の崩壊した建物の影や、遮蔽に伏せるウェントゥス兵。
『キアハさん!』
とっさに反応の遅れたキアハを、兵の一人が地面のくぼみへと押し倒した。ビーム弾が近くで炸裂し、細かな石片を撒き散らす。
『大丈夫ですか!?』
「あ、はい、大丈夫、です……。すみません……!」
ぼさっとしていたわけではない。だがキアハは基本的に回避より盾による防御を優先するきらいがあり、機械兵器の射撃に対し、とっさに回避が遅れたのだ。
『どうします、隊長?』
『敵の装甲を抜く』
ガーズィは瓦礫の影に伏せつつ、敵機械兵器を睨む。
『爆弾矢が効かなかったのは、装甲を貫通できなかったからだ。だったら装甲をぶち抜けばいい!』
『どうやって?』
『いま考えてる』
部下が――といっても同じ分身体であるのだが――聞くので首を横に振る。どうやって機械兵器の装甲を抜くか。果たしてあの装甲はどれほどの厚さなのか。
見ている中、一機のトリアシがこちらへ歩を向けた。光弾を撒き散らしつつ、接近する構えだ。
『くそ……遮蔽に沿って迂回だ! 急げ!』
あのビームを喰らったら、シェイプシフター体といえど危ないかもしれない。大したことないかもしれないし、あるいは熱弾だから被弾から発火、そして燃焼の可能性がある。……火はシェイプシフターの天敵だ。
次回、『甲羅の上』
死角と思えた甲羅の上で、慧太とリアナを待つものは――
一方、地上では、ウェントゥス兵とキアハによる反撃がはじまる。




