第二八五話、怪獣への攻撃
王都ドロウシェン東広場――王城を中心とするなら、東側に位置する広場にトラハダス討伐部隊の野戦陣地が構成されていた。
だが今は、王都に現れた謎の巨大魔獣のせいで、混沌のるつぼと化している。警備隊司令であるヴェルリング将軍は声を張り上げていた。
「全軍、出撃だ! ゴレムも全機出せ! トラハダス討伐に編成された部隊も総動員だ! いいか、陛下のおわす城が攻撃されたのだ! あの魔獣を何が何でも打ち倒せ!」
五十代半ば。灰色髪に角ばった顔付き、肩幅の広い将軍は、野戦陣地から見える巨大というには彼らの想像をはるかに超えた大魔獣を睨んだ。
「魔鎧中隊は!? 連中はどうしたか?」
ヴェルリングが幕僚を務める騎士らに問えば。
「は、すでに小隊単位で行動を開始しております。トラハダスの地下拠点攻撃用に召集をかけていましたから。……王城警備の小隊はいかが致しましょう?」
国王陛下をお守りするための魔鎧小隊。それについて問うたのだ。ヴェルリングは首を横に振った。
「それは王城に留めておけ」
その指揮権は国王にあるのだ。……魔獣の攻撃で城の天守閣が攻撃されたが、はたして陛下は生存されているのだろうか。ヴェルリングは湧き上がる不安を押し殺す。
「その代わり、鎧機部隊を出すぞ!」
騎士たちは目を見開いた。
「将軍閣下……! しかし、鎧機は王都防衛の切り札として温存しておくべき戦力では――」
「今こそその王都防衛の時ではないか!」
ヴェルリングは一喝した。
「ここで出さずにあの化け物に滅ぼされては、何のための切り札か! 我々の王都が灰燼に帰す瀬戸際なのだ……」
「ハッ!」
騎士らは敬礼し、伝令に将軍の命令を伝える。
鎧機――全高三メートル。魔鎧機を参考に、アルドヴュー王国技術者らが現存する技術で作り上げた機械鎧だ。ゴレムのような手のない二脚型とは異なる、完全人型であり中に人間の搭乗者を収容する。
いま北方で猛威を奮っているガナンスベルグ帝国の機械兵器軍団に対抗する兵器を挙げれば、魔鎧機を除けば、この新開発の鎧機の他にないだろうと言われる。
……問題は、ようやくそれらしい性能のものができたばかりで、まだまだ数が少ないことと運用面の経験値のなさである。ただ、鎧機の装甲は飛来する矢程度なら完全に防げる防御性能はあった。
アルトヴュー王国では、いずれ鎧機による部隊を増強し、魔鎧機を中心とする装甲歩兵部隊の支援機として活用するつもりである。その時がくれば、対魔人戦でも相応の活躍が期待されるが……。
――いま、この局面を乗り越えなくては未来などない……!
ヴェルリングは奥歯を噛み締めた。……巨大魔獣を倒さない限り、明日はないのだ。
広場で出撃準備を終えたゴレムが、順次発進していく。二脚を動かし、隊列を組んで。槍兵や弓兵など、トラハダス討伐に向かう予定だった部隊もそれぞれ、巨大魔獣がいる王都東側へと向かう。
そして――魔鎧機も。
魔鎧騎士であるティシア・フェルラントもまた、その一人だった。フェルラント公爵家の娘であり、金髪も麗しい美女は、温和な表情を引き締め待機している部隊たちの元へ歩んだ。
『遅いぞ、ティシア嬢!』
鋭角的な突起が、いかにも騎士鎧じみたい風貌の黒い魔鎧――雷の魔鎧機『トールナッハ』が、広場を横切っていく。
『中隊長はすでに先行した。我ら二番小隊も出る』
「了解しました、モルソン子爵。三番小隊も続きます。……ご武運を!」
『おう! ミラ、アウロラ、私に続け!』
『了解』
『あいよ、ボス』
炎の意匠が目立つ赤い魔鎧機『グラナボーゲン』、さらに両肩に氷の突起をもった青い機体『グラスラファル』がモルソン子爵の『トールナッハ』に続く。
『ティシア嬢さまー、お先でーす』
グラスラファル――魔鎧騎士のアウロラが左腕を動かして、手を振る仕草をとった。それを見送ったティシアは、右腕の白き小手についた魔石に左手を添えた。
「我は願う。穢れなき白き騎士、その盾、剣、そして鎧を我がもとに!」
瞬間、魔石が白い光を放ち、たちまちティシアの身体を覆った。
魔鎧騎士ティシア・フェルラントが操る魔鎧『ネメジアルマ』。まさに白き騎士と形容するにふさわしい魔鎧が現れる。
一般的に、魔鎧には二種類ある。人間が中に乗り込むというのは共通しているが、人型を形成した鎧を着込む型と、必要時に魔力で外殻を具現化、形成する型に分かれる。
ティシアのネメジアルマは後者だ。これはセラの白銀の鎧の召喚・具現と同じと見ればわかりやすいかもしれない。
『ベリエ、ノルテ、準備はいいかしら?』
『はい、ティシア様!』
ティシアのネメジアルマの後ろに二機の魔鎧機が付く。
巨大な槍を持つ緑色の魔鎧機『ヴィテス』を駆るのが近衛出身の女性騎士ベリエ。
流線型のボディを持ち、両手にそれぞれ刃付きの盾を装備した黄色い機体が、そばかすの残る若い騎士のノルテが駆る『アンブル』だ。
ネメジアルマを先頭に三番小隊の三機は、王都の道を足早に進む。王都の建物をはるかに超える高さを持つ巨大魔獣の姿は、遠くからでも一目瞭然だ。対人戦闘に置いて、圧倒的戦闘力を持つ魔鎧機であるが……。
――果たして、あの規格外の化け物に通用するの……?
不安を、しかし口に出すことはなく、ティシアは機体を前進させる。弱音は吐かない、見せない――それがフェルラント公爵家の娘であるティシアという騎士だった。
・ ・ ・
空を飛ぶと、みるみる距離が縮まる。
慧太たちは、王都の建物すれすれを飛びぬけた。目標は言うまでもなく大怪獣だ。
セラは白銀の鎧と翼を展開し単独飛行。サターナもまたいつもの少女姿からやや成長した姿で、セラ同様、甲冑姿に漆黒の翼で飛んでいる。
その後ろに、二頭の中型竜――どちらもアルフォンソであるが、片方には慧太とリアナ、もう片方にはユウラが乗っていた。
三つ首の怪獣は、その四本の足でのそのそと大地を踏みしめる。亀の歩みの如き遅さだが、もとが大きいだけにひと踏みで建物を二、三軒分進んでいる。
「さて、慧太くん!」
風を切るスピードで飛びながら、隣の竜からユウラが声を張り上げた。
「どう攻撃します?」
「出し惜しみする必要はない!」
慧太は怒鳴り返した。
「最大級の攻撃をぶち当てるまでだ! ……セラ!」
視線を、白銀のヴァルキリーへと向ける。
「いつものやつ、頼むぞ! まずは、頭から狙え」
「わかった!」
セラは頷くと、翼をはためかせ高度を上げた。
慧太はそれを見送り、次にサターナに『セラを援護するよう』にジェスチャーする。サターナが指示に従い、離れるのを確認すると、慧太はアルフォンソに言って、怪獣の前に出るよう告げた。
二頭の漆黒竜は左へ旋回する。
やがて、光が走った。セラが銀魔槍――その穂先に凝縮させた魔力を光に変換。聖天による光の一撃を放ったのだ。ツヴィクルークさえ完全消滅させるその一打は、三つ首の中央の頭を丸々飲み込み――左右二つの頭から絶叫じみた咆哮が響いた。
――効いたか……?
慧太は光の傍流に呑まれた中央頭が吹き飛んでいるか、溶けているのを期待した。だが……。
「ダメか……」
そのメタリックな表面が多少黒ずんでいるが、原型を保っているところからしてほとんど効果がなかったようだ。
慧太は思わず左目を閉じた。……セラの最大攻撃が効かないとなると、途端に攻撃手段がなくなる。
怪獣の三つ首、その左右の青い竜頭が吠える。その口腔に光が灯り、おそらく例の熱線を、攻撃してきたセラへと向けようというのだ。
「ユウラ!」
「了解……!」
電槍――ユウラの短詠唱で、青白い稲妻弾が三本放たれた。その稲妻の槍は左側の竜頭に連続して命中。衝撃が凄まじかったのか、まるでハンマーに殴られたように竜頭がのけぞった。
だがそこまでだった。打撃を受けたにも関わらず、竜頭はこちらに向かって怒りに声を発し、熱線を放ってきた。
回避! ――と叫ぶ間もなく、すでにアルフォンソは急旋回。熱線は空を切り、新たに王都の建物を十数軒ほどなぎ払い、溶かした。
「見た目どおり、こっちの攻撃にはビクともしないな……」
慧太は呟き、後ろで怪獣を観察していたリアナを一瞥した。
「正面からは効かなかったが、まあ色々やろう。……とりあえず定番だが」
すっと自身の目を指差した。
「効かないかもしれないが、とりあえず怪獣の目を狙撃してくれ」
「わかった」
リアナは弓矢をとった。慧太はアルフォンソを叩く。
「上昇だ。奴の頭を越すぞ!」
漆黒竜は飛翔した。
次回、『弱点探し』
大怪獣打倒のために攻撃を仕掛けつつ、観察する慧太たち。
一方、地上のアルトヴュー軍は苦戦を強いられる――




