第二八四話、大怪獣トラハダス
くそっ――その声と共に瓦礫の一部が蹴飛ばされた。
石や土砂に埋もれていたそれは、慧太だった。同時に、すぐそばで同じように天井の断片を持ち上げどかして現れたのはサターナ。
「生きてるか?」
「……シェイプシフターでなければ、死んでたかもね」
サターナは嘆息した。土砂をかきわけ、自身の漆黒のドレスについたそれらをはたく。
召喚を止められなかった。
魔法陣の信者らが光に飲まれた直後、異形のそれが最深部を破壊する勢いで具現化した。階段を駆け登り、慌てて退避した慧太たちだったが――残念ながら降り注ぐ瓦礫の下敷きになってしまった。……サターナの言うとおり、普通の人間だったなら、まだ地面の中だっただろう。
「慧とキャハルは?」
「さあな。慧ならオレたちと同じだから心配ないだろう。あの金髪小僧は……わからん」
そうとしか言いようがなかった。
サターナの紅玉色の瞳は頭上へと伸びる。
「……で、こいつがトラハダス神?」
巨大な魔獣――いや、それは大怪獣と呼んでもいい代物だと慧太は思った。
伝説とかにありそうな世界樹などがあったらこれくらいの太さになるだろうか。そう思わせる巨大な足。
鋼を思わす外皮を持つ身体。甲羅を背負った胴体に、三つの竜頭。それに長大尻尾。その先にはメイスのように突起が無数に生えていた。
だが肝心なのは、生物のような姿であるもののその表面は非常にメタリックなことだ。機械の怪獣、そんな印象である。
「こんな化け物の姿をした神なぞ知らん」
高さは五、六〇メートルくらいあるだろうか。とにかくデカい……。
「異世界の、生贄に足る適当なものだろう……。怪獣と呼んでも、神様とは呼ぶ気はない」
「怪獣……なるほど」
感心するサターナ。
ズシン、とまた一歩踏み出され、地面が揺れた。こうも近いとその震動も半端ない。
「離れるぞ」
慧太が走り出せば、サターナは背中に翼を展開して飛び上がる。ついで慧太の伸ばした手を掴み、空へと持ち上げる。漆黒ドレスの魔人娘に掴まりながら、怪獣のそばから距離を取る。
耳をつんざく咆哮。怪獣の口腔から光と共に熱線が放射され、王都の町並みを破壊していく。……まさに化け物だ。この怪獣と比較すれば、ツヴィクルークでさえ虫のようなもの。人間など、蟻みたいなものか。
――畜生……。
怪獣の進行方向とは逆、つまり後方では難を逃れた住民らが呆然と巨大な背中を見つめていた。あまりの光景に動けずにいるのか。あるいは怪獣が離れていくので、とりあえず助かったと思っているのか。
その時だった。
怪獣の甲羅状の背中で変化があった。ビキビキッ、と小さな突起が生えたかと思うと、次の瞬間火を噴いて宙を飛んだ。全部で十ほど。放物線を描いて怪獣後方に落下するそれに、住民らは慌て出す。
高さにして四、五メートルほどの突起が地面に突き刺さる。土煙が広がったあと、突起はさらに割れて、中から唸りをあげて機械が姿を現す。
それは頭と羽根のないニワトリのようなスタイルの機械だった。
逆関節の二本の足。胴体側面には騎兵槍のような突起がそれぞれ二本ずつ付いていて正面を向いている。それだけならアルトヴュー軍の歩行兵器のゴレムに似ているが、銀に輝くメタリックボディに覆われたその身体はひと回り大きく、また尻尾がついていた。
さらにもう一種類、別の機械もまた別の突起から現れる。こちらも二脚だがそのシルエットは肉食恐竜型。銀色の鋼鉄胴体に、腕と尻尾にそれぞれ半月状の刃が見えた。
逆関節マシン――鳥足とでも呼んでおく――が、胴体側面の突起から赤い光弾を撃ち出した。その一撃は瓦礫を吹き飛ばし、直撃を受けた人間の胴を穿ち、地面へと倒した。
「ビーム兵器とでも言うのか……!」
目の当たりにした慧太は愕然とする。
トリアシに続き、肉食恐竜型――恐竜モドキと命名――が口部から光弾を吐き出し、あるいは大地を踏みしめ突進を開始した。
大怪獣は前進し、後ろは小型のトリアシと恐竜モドキか。上空からそれを見やる慧太は思わず歯噛みする。
機械のようであり、同時に生物のようでもある。……機械生命体だろうか。
何にせよ、このまま奴を放置すれば王都は焦土と化し、その後、アルトヴュー王国を、いや大陸全土を破壊して回るのではないか。世界を破壊する――邪神教団の思惑通りに。
「ケイター!」
セラの呼ぶ声が聞こえた。思わずそちらに顔を向ければ、白き翼を展開した白銀の戦乙女――セラが一直線に飛んできた。
さすがにサターナに掴まっている状態なので、飛び込んでくることはなかったものの、慧太の周りに来ると、その身の無事を確かめるように間近まできた。
「よかった……無事だったのね!」
「君もな」
慧太は苦笑する。心なしかセラの目元が潤んでいるような。……心配をかけたようだ。
「他のみんなは?」
「今のところ無事……といいたいけれど、アスモディアがいないの」
「アスモディアが?」
慧太は眉をひそめたが、それも一瞬だった。
「ユウラは何て言ってる?」
「召喚体だから大丈夫、とは言っていた」
「なら、大丈夫だろう」
慧太は頷いた。
視線は怪獣へと向く。我が物顔で王都の建物を踏み潰し、熱線を吐いている。あの炎に焼かれている住民らがいると思うと、ふつりと怒りの感情がこみ上げてくる。
「いまは、あいつをどうにかしないとな……。サターナ、ユウラたちと一端合流する」
了解、と黒髪の少女は応え、慧太はセラに案内を頼む。
天使の翼を羽ばたかせ、低空へと舞い降りるセラ。それに続くサターナと慧太。
瓦礫となった建物付近の広場に、ウェントゥス兵らの姿があった。ユウラに、リアナ、キアハがいた。……本当にアスモディアがいないな。
地上へと降りる慧太。青髪の魔術師と、ガーズィが駆け寄る。
「慧太くん、ご無事で」
「状況は?」
「見ての通りですよ。……というか、状況についてはこちらが聞きたいのですが。……あの大きな鋼の魔獣が、トラハダスが召喚した例の邪神ですか?」
「幾分か進んだ世界の、未来的兵器……だと思うが、どうだろう?」
慧太は小首をかしげた。
「少なくとも、オレはどう贔屓目に見ても神様ってやつには見えない」
「確かに。何も知らなければ魔獣や化け物で済ませてしまいそうなスタイルですね」
ユウラも同意した。どうします? ――と青髪の魔術師。集まってきた団員たちを一瞥し、慧太は言った。
「何にせよ、やることは、あの怪獣を倒すしかないということだ。放っておけば、この王都は間違いなく瓦礫の山だ。被害がどこまでデカくなるかわからない」
「カイジュー……」
セラが呟けば、ユウラは視線を動かした。
「あの魔獣は、以後『カイジュー』と呼ぶことにしますか。……慧太くん、具体的にはどうやりますか?」
「……あのデカさだ。生半可な攻撃では、蚊ほども通じないだろうな」
慧太は、地上から見上げる大怪獣の側面を見つめる。
「こちらも最大級の攻撃をぶち当てないと。……それで倒せるかはわからないが、やるだけやろう。攻撃を加え、効かなければ適時修正していくやり方だ」
アルフォンソ! ――慧太は分身体を呼び、待つ間に続けた。
「空中戦に対応できるセラ、サターナ……それにユウラ、あんたもこっちへ来てくれ。威力の高い攻撃が必要だ」
「ええ」とセラ。サターナも「わかったわ」と頷く。その間に馬型のアルフォンソがやってきた。慧太のそばにきた分身体に触れつつ、残る面子を見やる。
「リアナ、君もこっちに来てくれ。弓の腕が必要になるかもしれないからな。……ガーズィ、部隊を率いて、怪獣の側面から後方へまわれ。そっちに怪獣から分裂した小型の戦闘機械が複数いる」
トリアシと恐竜モドキが、王都住民を襲っていることを告げる。
「こいつらを始末して、なおかつ可能な限り王都の住民を救助だ。キアハ、君もガーズィたちと行け。君の武器は近接だから怪獣相手には使えない。地上で救助が必要になるかもしれない」
頼むぞ、と言えば、キアハは「はい!」と返事を寄越した。その間に、慧太のイメージを受け取ったアルフォンソが影の分も含めて、中型の黒い竜へと姿を変える。
「よし、一丁やってやるぞ!」
次回、『怪獣への攻撃』
出撃するアルトヴュー軍。果たして対抗手段はあるのか――




