第二八二話、召喚儀式
侵入者は、どうやらセラたちのようだった。
キャハルの影にもぐりこみ、トラハダスの地下神殿の最深を目指す慧太たち。
少年特司祭が、報告に走る武装信者を呼び止め、聞き出したところによると、白銀の戦乙女率いる小部隊が東側三番通路から侵入を図っているとのことだった。
「わかった。上にはボクから伝えよう。君は戻れ」
「は、特司祭様」
伝令役の信者から情報を引き継ぐふりをしながら、キャハルは歩き出す。……当然ながら、受け取った報せを上司に報告などしないが。
「思ったよりも早い行動だったな」
キャハルの呟き。セラたちのことだろうか。慧太は言った。
『うちは少人数だからな。準備を整えるったって大したものはない。……いまの報告の感じだと、アルトヴューの部隊はまだ動いていないようだな』
「ボクは、彼女にはこの場に来て欲しくないと思っているのだが?」
『奇遇だな。オレもそう思ってる』
大召喚が行われようとしているのだ。阻止するつもりとはいえ、何が起こるかわからない。
『だが、まあ、彼女なら来るとは思ってもいた』
そういう性格だから。危険にも真っ先に飛び込む――白銀の勇者の末裔として、その名に恥じない働きをしなくてはならない。そういう責任感をもち、実践している子なのだ。
『さあ、特司祭殿。セラたちが敵の注意を引いている間に、こちらもさっさと仕事を終わらせよう。……それが彼女を守ることにも繋がる』
「……」
キャハルは複雑な表情のまま、歩を進める。
さらに下へ降りる階段を下りていく。下の階層から聞こえる唸りのような音。少年司祭が刻む靴音がコツコツと反響する。
青白く発光する魔石灯。それがはめ込まれたのが生き物の頭蓋を模した飾り台で、いかにも悪魔などが好きそうな意匠である。
それまで黙っていたサターナが影の中から言った。
『なんとも邪な雰囲気ね。邪神教団のアジトというのがピッタリの場所だわ』
「……儀式は、この下のフロアだ」
キャハルは言った。
「魔法演習場を儀式の場にすると言う話を聞いている。五百人の信者を用いる魔法陣、それが描かれるには相応の広さがなければな」
『どれだけ広いんだよ、その演習場は』
やがてたどり着く。細く長い階段は、まだ続いているが、魔法演習場だというその広大なフロアが眼下に広がっていた。
慧太は、キャハルの影から姿を現す。
――こりゃコンサート会場みたいに広いな。
無機的な石むき出しの壁。広さのわりに天井の明かりが少ない。光量が足りないために不気味さが先行する。
一方で、床のほうが明るかった。描かれた魔法陣に魔力がこもっているのか、そちらから光が漏れているのだ。
フロアの大半を占める魔法陣。円形のその外周に信者――生贄が一列に並び円を描く。さらに内側の紋様に沿って、やはり信者が並び、頭上から見れば人文字のようにも見えただろう。
その中心には、ひときわ眩い光が天に向かうように伸びていて、十人ほどのフード付き黒ローブをまとう魔術師が立っていた。
キャハルは顔をしかめた。
「どうやら……呪文詠唱を行っているようだぞ」
「なんだと!」
慧太は視線を向ける。慧、サターナが影から、自らの姿を形成する。
「呪文詠唱している奴を止めないと……って、どれだ? 呪文唱えている奴は!?」
「おそらく中央の十人全員だろう」
キャハルは平坦な口調で答えた。
「詠唱が一人でなければならないという決まりはないからな。もっとも複数人の同時詠唱はお互いの呼吸を合わせるのが難しいのだが……」
「そんな悠長なことを言っている場合じゃないわ!」
サターナは苛立ちを露にした。
「お父様、止めないと!」
「わかってる!」
が、階段から降りて、魔法陣の中央まで行くのは距離があるし、信者たちが壁となって簡単ではない。そもそも、たどり着く前に、見張っている武装信者たちが妨害にかかるだろう。
「近づくのはお勧めしない」
キャハルは淡々と言った。
「万が一、召喚が発動した場合、魔法陣内にいれば命はないぞ」
そうなら飛び道具を使うか――信者の壁も無視できるし、階段の途中にいるので見下ろす形で撃てる。
だが問題は、慧太たちの位置から目標の魔術師の輪まで、およそ百メートル近く離れていることだ。
「サターナ、魔法でやれるか!?」
「……あまり期待しないでね!」
できる、できないは言わなかった。本人もこの距離での投射は経験がないのだろう。だが考えるより早く、彼女は無数の氷の塊を具現化させる。
慧太は手に弓を具現化させる。この階段という足場からでも使える投射武器となるとこれしか思いつかなかった。もしこれが助走のできる地面の上なら、爆弾を遠投するという手もあったのだが。
――リアナがいれば……。
あの狐人の相棒がいてくれたら、いまこの瞬間にも弓で術者を射殺していただろう。
――弓は素人なんだよな!
慧太が矢を具現化し、弓につがえる間に、サターナが腕を振るって氷の塊を飛ばした。
放物線を描いて飛んだそれは、慣性に乗っ取り地面へ尖った先端から落下。詠唱中の魔術師らの手前、魔法陣上の信者数名に刺さり、なぎ倒した。
悲鳴と驚きの声が上がった。外周を守る武装信者らが突然の攻撃に身構え、慧太たちが階段上にいることに気づいた。
これ以上の儀式を妨害を許さないとばかりに武装信者らが階段に殺到し、駆け登ろうとする。
「やれやれ……」
キャハルが数歩分、階段を降りるとその手に魔力を集めてバチバチと紫電をまとわせた。
「連中を食い止めてやるから、さっさと片を付けてくれ」
「頼む!」
上から目線にカチンときたが、文句を言っている暇はない。
慧太は弓を放つ。慧もまたそれに倣った。
だが、矢は、やはり術者手前に落ちて届かなかった。……角度が悪い。
――室内だから風はない。修正、ちょい上……。
慧太は心持ち弓矢の角度を上げ、第二射を放った。弧を描いた矢は魔法陣の中央へ飛び……こちらに背中を向ける術者の肩を掠めた。
――はずした!
だが届いている。隣で弓を撃つ慧――その射撃は、術者の一人を撃ち抜いた。
倒れる。魔法陣の上に。だが止まらない。他の九人の術者は詠唱を続けている。……これは全員、射殺しないと止まらないパターンか?
やばい、やばい、やばい。詠唱はどれくらいで終わる? 間に合うのか!?
サターナが氷の槍を飛ばした。散弾よろしく数を撃った前回と異なり、今回は一本だけだ。だがそれは魔法陣中央に達し、こちら側に顔を向けている術者の胴を抉り、倒した。……残り八人。
「慧太、爆弾矢だ!」
慧が言った。矢じりの代わりに爆弾がついた矢を具現化させる銀髪の分身体は、それを弓につがえ、放った。
なるほど、これならたとえはずれても魔法陣の中央に届けば爆発でまとめて術者を吹き飛ばせる。ナイスアイデア――
だが慧太の期待、慧の名案に思えた策は実らなかった。
やや重量があるのを見越して慧はより高い角度で矢を放ったのだが、今度は飛距離が伸びず、魔法陣中央よりかなり手前に着弾。十数名の信者を死傷させるに留まった。
「矢が重すぎた……!」
慧が歯噛みする。今の一撃を普通の矢で放っていれば、一人は倒せたかもしれない。まとめてと欲張ったために貴重な時間をロスした。
その間に、サターナは氷の槍を投擲する。また一人の術者を血祭りに挙げた。残り七人。
トラハダスの術者たちは、なおも詠唱を続けている。自分たちが狙われているにも関わらず、一心不乱に役割を遂行しようとしているのだ。地面に描かれた魔法陣がより強く輝きだし、まわりの信者たちもまた、祈りを捧げている。
「……矢は届く」
慧太は、弓に新しい矢を添えた。今度はやや大きめの矢だ。慧の爆弾矢というアイデアはよかった。届かなかったという点を除けば。
「だったら――これでどうよ!?」
生きた矢なら。シ式クロスボウや、ツヴィクルークを仕留めた槍の応用なら。矢を魔法陣中央まで届かせ――
慧太の放った矢が術者らの形成する縁の真ん中に突き刺さる。
――そこで爆弾に変化……。
黒い矢は、黒い球体に姿を変える。次の瞬間、爆発四散した。衝撃と散弾となった破片が術者たちをボロ雑巾のようにしながら吹き飛ばす。
やった――
だが、魔法陣から凄まじい光が溢れる。次の瞬間、生贄の信者らを光が包み込み、五百人近い人々の叫び声が空間に木霊した。
あまりの大音量。そして地響き。
思わず耳を塞いだキャハルは、舌打ちした。
「……間に合わなかったか」
爆弾矢がトラハダスの術者らを吹き飛ばす寸前、彼らは呪文詠唱を終えたのだ。
次回、『異界の大怪獣』
魔方陣から現れたのは、鋼の身体を持つ大怪獣――




