第二七五話、異変と遭遇
王都の散歩中に出くわした、ツヴィクルークが出現した地点。石畳を下から突き破り、地中から姿を現した化け物――その姿はもはやないが、それが撒き散らした災厄の跡はまだ残っている。
崩れかけの建物。壊れた壁、ぽっかりと開いた道路の大穴――好奇心からそれを覗くのを拒むように、王都警備隊が設置した障害物が周囲に置かれている。
サターナは小首をかしげる。
「地下から、あの化け物が出てきたのよね?」
「ああ」
慧太は首肯した。サターナは短く問うた。
「それが四体も?」
「ああ」
頷いたものの、言われてみると妙な話だ。あの化け物が複数いるというのも驚きだが、それが一度に四体も、同じときに現れたという事実。あの巨体で群れを成しているという発想がそもそも浮かばないのだが……。
そもそも地下亜人の話では、ツヴィクルークとは伝説上の化け物だったはずだ。
つまり、物凄く希少な生き物だったのではないか。一匹でもレアなのに複数も出現する……考えれば考えるほど、おかしな話である。
「妙ね」
「そうだな。……そう思う」
「見張りの兵士がいないわ」
え? ――慧太は驚く。
サターナは慧太のもとを離れ、バリケードに近づき、その先へと足を踏み入れた。本来ならそこで、兵士の注意なり怒鳴り声が聞こえてきそうなものだが、そこにいるはずの王都の警備兵の姿がなかった。
「無用心……を通り越して、おかしいな」
慧太も先へ進む。バリケードや、石畳の上に血痕がいくつも見えた。昨日の戦闘によるものとは思えない。
「嫌な予感がする」
前を行くサターナは、石畳を砕いて開いている大穴の前に立つ。
地下深くへ斜めへと伸びる空洞。地上からではその奥がどうなっているのかわからない。穴の直径は六、七メートルほどか。かなり大きい。
「ここを例の化け物が通ってきたのよね。アルトヴュー軍は、この穴の調査はしたのかしら」
「普通に考えたらするだろう。でなければ埋めようとするはずだろうし」
「そして……ここを見張っているはずの兵もいない……」
何かがあったのは間違いない。戦闘か、それに近い何かが。……だが戦闘の結果生じるだろう死体などは見当たらない。
「目撃者は……いなさそうだな」
ツヴィクルークが暴れた一帯だ。住民は倒壊するやもしれない家から離れて戻っていない。
「道は二つ」
サターナは振り返った。
「ひとつ目、ワタシたちでこの穴に入る。ふたつ目、一度戻り、皆にこの事態を報告する」
進むか、一度引くか――そう考え、慧太は小さく笑った。
「いや、ここは第三の選択と行こう」
小首をかしげるサターナに、慧太は。
「両方をやる。穴を調べ、同時に皆に報せる」
「ここで別行動?」
「いいや」
慧太は、自身の影から小さな塊――ネズミ型の分身体を具現化させる。それも二体。
「こいつらにやらせるさ。オレたちは静かにここで待っていよう」
ネズミの一匹は地面の大穴へ。もう一匹は宿泊所のほうへ駆けていった。
「そのうち待ってたら、警備隊の連中が来るってことはないかな。たまたまメシに出かけているとかさ」
「それでも、誰かは残しておくでしょう、普通」
サターナは肩をすくめた。
「それにお昼には少しばかり早いのではないかしら?」
ふむ。慧太はバリケードを椅子代わりにした。ぽっかり開いた地面の穴をじっと見つめる。
「ここからまた何か出てきたりして」
「さあ、何か出てくるかもしれないけれど……どうやら別の何かが来たみたいよ」
ん――サターナの視線をたどる。
どこから現れたのか、白いフリルのついた黒いドレス姿の少女と、黒と白のスーツ姿の少年がこちらへと歩いてくる。
歳は十二、三歳くらいといったところか。
少女は金髪、少年は銀髪だった。その顔立ちは整っていて、性別は違えどよく似ている。双子……だろうか? 髪の色の違う双子っているのか。
「こーんなところにいると、危ないよー、お兄さん方」
銀髪の少年が、そんなことを言った。
「だって……ここは部外者お断りだから!」
少年が声を張り上げる。
するとかたわらの金髪の少女が笑みを浮かべた。両手を胸の前に、その向けてきた手のひらからキラリと粒子のようなものが散ると、次の瞬間、氷の刃が放たれた。
「サターナ!」
とっさに狙われた相方に叫べば、漆黒のドレスをまとう少女は右手を下から上へと振り上げる。それに引っ張られるように彼女の影から黒い柱が伸び、即席のシールドを形成。氷の散弾じみた刃が、影柱に刺さった。
「……地魔法使い!」
魔法を放った金髪の少女が低い声で口走った。地面を操作したように見えたのだろう。だから地属性の魔法と判断したと。
「おにぃさ~ん!」
銀髪の少年の声。石畳を蹴り、近くまで迫っていた彼が慧太へと飛び掛る。
「よそ見はダメだよ~!」
速いが、そんなみえみえな飛び掛りなど蹴りの一発で――慧太が瞬時に迎撃案を考え出した時、銀髪の少年の両腕が槍の形状に変化した。
唐突だった。人間の手が凶器に変わったのだ。
「……!?」
慧太は思わず両手で、銀髪少年の槍をそれぞれ掴んだ。手のひらが削れる感覚――これが生身だったら出血ものだ。
銀髪の少年の表情が醜く歪む。狂人の顔だ。獲物を前にした獣のような顔。だが――
慧太は両腕を左右に広げ、少年の槍の腕を逸らす。代わりに彼の身体が慧太のもとへと飛び込んできたが、そこを予定どおりの蹴りで吹き飛ばす。銀髪の少年の身体が、石畳の上を弾み、転がった。
「ぬあっ!」
「ロコ!」
金髪の少女が叫んだ。今のは銀髪少年の名前か?
「よそ見をしてて――」
サターナが両手に槍剣を出して、金髪少女へと駆ける。
「いいのかしらっ!」
銀髪少年同様に肉薄してみせるサターナ。金髪の少女は、その速さに目を瞠る。だがその刃が届くことはなかった。
ロコと呼ばれた銀髪の少年が割り込んだからだ。転倒から瞬時に立ち直ると、常人離れした加速でサターナに迫り、槍化した両手で串刺しにしようとする。
「くっ!」
サターナは瞬時に垂直へ飛んで逃げる。この切り返しの速さもまた常人離れしたシェイプシフターならでは。ロコは民家の壁に突っ込み、すでに倒壊しかけのそれを崩した。
「ロコ! ――はっ!?」
金髪の少女は振り返る。そこには慧太が迫っている。高速の右拳が少女の胴に入り、その身体を壁へと打ちつけた。
瞬時に相手が変わる戦い。少年と少女の一撃をかわした慧太とサターナだが。
「甘いわね、お父様」
地面に着地したサターナが咎めるように言った。甘いというのは、金髪少女に武器でなく拳をぶつけたことだろう。慧太は視線を、襲撃者に向ける。
「こいつらには、聞きたいことがあるからな」
問答無用で襲われた。だが理由くらいは聞きたいものである。話してくれるかは別だが。
「――なぁに、この人たち」
金髪少女は、加速された打撃の直撃を受けたにもかかわらず、泣いたり悲鳴をあげるどころか、薄い笑みを顔に貼り付けた。
「強いじゃん。……ねえ、ロコ?」
「そうだね、エンビ姉さん」
崩れた壁をどかし、銀髪の少年が姿を現す。頭のネジがイカれているような嘲笑を浮かべながら。
次話、『黒犬の双子』
刺客は異形の子供たち。彼らは牙を剥く――
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最近、盛り下がっているように見えて寂しい……。




