第二七四話、親子デート
翌朝。ロングポルトは、やはり帰ってこなかった。
分身体による捜索を続行しつつ、祝賀会のための衣装合わせや準備を、ユウラに丸投げした慧太は王都へと繰り出した。その傍らには、漆黒のドレス姿の少女サターナ。
「こっちにいていいの、お父様? セラは、あなたに一緒にいて欲しいと思ってるんじゃないかしら?」
「女性の衣装合わせに野郎は必要ないよ」
慧太は町並みを眺める。日差しが強く、王都内の雪は昨日よりさらに減っていた。道の両側に積み上げられた雪山は相変わらずだったが。
「その代わり、祝賀会でのドレスを楽しみにしてるって言ったら、あっさり外出を許してくれたし」
「それはさぞ、セラを赤面させたのではないかしら?」
「とても張り切っておられたよ、姫様は」
「好きな殿方にそのように言われたら、はしゃぎもするでしょうね」
クスクスとサターナは笑いながら、彼女自身も楽しい気分になったのか、その場でクルリとターンしてみせた。裾の長いドレスがふわりと舞った。
「それで、ワタシを連れ出した理由を聞いてもいいかしら、お父様?」
「あー、前言ってたろ。誕生日が近いって。記憶違いでなければ、明日あたりじゃなかったか」
「あら、覚えてくれていたのね」
サターナは、すっとそばに寄ってくると、自身の腕を慧太の腕に絡めた。仲のいい親子……に見えるだろうか? いや、傍目からは兄妹くらいにしか見えないだろう。
「家族や友人の誕生日は祝う主義でね」
買い物デートの約束である。だから、サターナだけを連れ出したのだ。
「そういうところは律儀よね、あなたは」
「……それではお姫様。どこかご希望の場所はございますか?」
少し気取って慧太がいえば、サターナは意地の悪い笑みを浮かべた。
「ワタシ、この街の地理には疎いの。エスコートしてくださらない、お・と・う・さ・ま」
喜んで――かくて親子デートが始まった。……本当の意味で親子ではないのだが。
王都ドロウシェンの町並みを歩く。だが季節のせいか、はたまた昨日の化け物騒ぎのせいか、人通りは少なかった。王都通りの店も、ほとんどが休業のようだ。
「まあ、季節でしょうね」
サターナは慧太の肩に顔を預ける。
「冬は生きていくためにじっとしているものよ。……あなたの世界のあなたの国とは違ってね」
慧太の記憶をある程度得ているサターナはそんな風に言った。
「退屈じゃないか?」
「見知らぬ街を歩くというのも悪くないのよ。散歩というのは、本来贅沢なものなのよ」
そうか? ――慧太は苦笑するのである。
彼女が贅沢という散歩を楽しみつつ、穏やかな空気が流れる。すると自然と口が軽くなるもので、サターナの家族の話へと向かっていく。
「――ええ、あなたの世界で言うところのファザコンよ、ワタシ」
彼女は快活だった。
「お父様はワタシにばかり冷たかった。お兄様には優しいのにね」
「兄貴がいるのか」
「ええ、とても優秀。お利口さん……でも」
クスリ、とサターナは嘲笑う。
「こと戦闘に限れば、実技も知識もワタシより下よ。上なのは、歳くらいじゃないかしら」
たっぷりの嫌味を込める彼女。……どうやら相当根深いものがあるようだ。
「だから第一軍を、リオーネなんかに持っていかれてしまうのよ」
かなりのトゲがあった。魔人軍の精鋭と言われる七つの軍。その中で一年以上前に、自身が率いていた一番という軍番号を他所の家に持っていかれたのが腹立たしいらしい。
「それはそれとしても……お父様が生きていらしたら、そんなことは許さなかったでしょうけれど」
サターナの紅玉色の瞳に影がよぎる。
生きていたら――サターナの本当の父親はすでにこの世にいない。サターナが慧太に……シェイプシフターに喰われる少し前、レリエンディール本国にて殺されたのだ。
暗殺。
慧太は、それを知っている。何せ彼女を取り込んだ時、他の情報よりもその時の彼女の思考の中でより強く残っていたからだ。
「お前が、レリエンディールの近況を知りたいと言ったのは――」
慧太は、ためらいがちに訊いた。
「親父さんの死の真相を知るため、か……?」
「それもあるわ」
サターナは当然と言わんばかりの顔だった。
「ワタシ自身、書状でお父様の死を知った。あれが偽の情報とは思わないけれど、それ以上は何一つ知らない。……まあ、この前、アスモディアに聞いた限りでは、お父様の死は間違いないようだけれど」
気になるでしょう――サターナは口をへの字に曲げた。
「問題は、誰がお父様を殺したのか」
「……」
「お父様は、魔王と同じく開戦派だった。もっともそれらしい動機を挙げるなら、戦争に反対する和平派の仕業。例えば、和平派の中心のカペル家とか」
カペル家というのは、アスモディアの家だ。七大貴族のひとつ。
「あるいは、ルナル家が誰か他の者に暗殺を依頼されたという説」
たしか、それも七大貴族の家の名前だ。慧太は、かつてサターナから得た知識、その記憶を辿る。
当初は和平派だったが、裏切って開戦派に寝返ったと、以前サターナが言っていた。……いや、でもサターナの親父さんは開戦派だ。少なくとも敵対関係ではないはずでは?
「ルナル家は金に意地汚いのよ。益になると判断すれば敵味方関係ない。卑劣な手段も厭わない、とてもいい性根をしているわ」
もちろん、皮肉だろう。慧太は首をかしげた。
「もっと直接、命を狙われるような相手とかに心当たりは?」
「さあ、どうかしら」
サターナは眉間にしわを寄せた。姿が少女なので、「うーん」とか唸りながらのそれは、どこか大人びている彼女らしからぬ……外見相応に見えた。
「強いて挙げるとすれば、リオーネ家かしら。昔から我がリュコス家と何度も覇権を争った仲だし。……実際、ワタシから第一軍の名を奪った」
漆黒のドレスをまとう少女の目に、怒りの色が浮かぶ。
「お父様が死んで、得をしたのはあの家でないかしら」
まあ、そうかもしれない――彼女がそういうのなら、そうなのだろうと慧太は思った。彼女の知識が多少あるとはいえ、慧太自身は実際に目にしたわけでもない。
「そういえば」
慧太は、ふと思ったことを口にした。
「魔王と七大貴族の関係ってどうなんだ?」
「どうって?」
サターナは怪訝に眉をひそめた。
「いや、オレの記憶違いでなければ、レリエンディールの政策って、七大貴族の総意が結構重要じゃなかったっけか? 魔王が言っても、七大貴族が全員反対したら却下ってやつ」
「ええ、少なくとも魔王の政策に対し、反対票が賛成より上回っている時は強硬な言動はとれないわね」
「……ということはさ。魔王がそういうシステムを嫌って、七大貴族を弱らせようとしてるってのは考えられないか」
慧太の言葉に、サターナは息を呑んだ。だがすぐに顔を強張らせ、首を横に振った。
「それは在り得ないわ。七大貴族の弱体化は、魔王にとっても自らの首を絞めるようなもの。レリエンディールの精鋭七軍は、七大貴族の者がそれぞれ軍を指揮しているわ。七大貴族の弱体化は、軍全体の弱体化にも繋がる。仮にも人類との戦争を始めた時に、そのようなことをするのは――」
自殺行為か。
慧太は頷く。――まあ、オレも思っただけで確証があるわけではない。
「……サターナ?」
呼びかけるが、彼女は押し黙っていた。じっと考え事に没頭している顔だ。
――そういえば、一応デートだったなこれは。
慧太は自身の髪をかいた。そこでする話ではなかったと、自らの話の振り方のマズさに自嘲。
「おっと……」
視線の先に見えてきたものに、慧太は思わず立ち止まる。腕を絡めていたサターナもビクリとする。いったい何――と言いたげな表情。
「行き止まりにきちまった」
苦笑いの慧太である。倒壊しかけの建物が多い地区。例のツヴィクルークが現れたとされる場所のひとつに着いてしまったのだ。
住民が近づかないように封鎖のバリケードが設置された一角。当然ながら、通行止めだった。
次回、『異変と遭遇』
現れたのは思いがけない者たち。無邪気な笑みの裏に狂気が潜む――




