第二七三話、祝賀会のお誘い
王都内の宿泊所。三階にある男部屋――つまり慧太とユウラの部屋なのだが、ユウラはセラと王城にいるだろうから、部屋に戻った慧太はひとりだった。
……いや、先客がいた。
「お帰りなさいませ、ハヅチ様」
マルグルナだった。淡々とした顔立ちの黒髪メイド。
だが、その中身はシェイプシフター。ガーズィらと同じく慧太の分身体である。
「……元はオレの一部であると思うと、なんだかムズムズする」
自分自身にお帰りなさいませ、というのは少し恥ずかしい。マルグルナは珍しく表情を緩めた。
「変身している時は、その役になりきれ、が貴方のモットーですから。私はこのままで通します」
「うん……」
「正直に言えば、私も貴方をハヅチ様と呼ぶのが恥ずかしいので、お互い早く慣れるべきでしょうね」
そうだな――慧太は机に向かい、椅子に腰掛けた。
「留守のあいだ、何か報告すべきことは?」
「ございません。セラ様がお城に向かわれたので、遣いの者もこちらには現れませんでした」
「君には雑用を押し付けることになる」
「それが私の役割であるなら、それをこなすだけのこと」
マルグルナは事務的に応えた。慧太は首をかしげる。
「てっきり、君は城に行くセラについて行ったと思ってた」
「私から分離した護衛が、セラ様の周りについています。何かあれば報せが来ますし、時間稼ぎにはなりましょう」
「抜かりないな」
「貴方の分身体ですから」
「やめて、自分上げしてる寂しい奴みたいだから」
慧太は頭を抱える。本当に恥ずかしかった。
そこへ扉がノックされた。マルグルナは自然と扉のほうへと移動し、慧太は「はい」と返事した。
『ガーズィです』
「どうぞ」
ウェントゥス歩兵=突撃兵を束ねる指揮官が扉を開ける。兜を小脇に抱え、軽甲冑姿の彼は、いつでも戦闘できるように備えている。
マルグルナが控えていることに気づいたガーズィは小さく頷いたのち、慧太の前へと歩いた。
「団長、報告が一点。兵の一名が王都救助任務から戻っておりません」
「ひとり?」
「はい。一緒だったという兵は、途中別れてからはその姿を見ていないと言っています」
「道に迷った……と言っても、さすがに自力で帰る方法くらい見つけられると思うが」
何故なら、慧太の分身体だからだ。自分に置き換えて考えても、王都で迷子になったら、方角や移動経路を思い出し、高所から宿の場所などを確認して戻るはずだ。
「自分もそう思います」
ガーズィは同意した。
「何か、トラブルが起きた可能性があるかと」
「確かにな。何の連絡も寄越さないのも妙な話ではある」
もしかしたら――
「……何か連絡を寄越せない状況にあるのかもしれない」
強盗などにやられるようなシェイプシフターではない。何らかの敵対勢力。……まだ発見されていないツヴィクルークとか。いや、まさか――
「斥候を出すか。小型の奴でいい」
「すでにそのように手配済みです」
ガーズィは首肯した。手回しがいいな――慧太は口もとを緩めた。
「さすがだな」
「あなたの分身体ですので」
うっ――慧太は思わず目元を手で覆う。
怪訝に思ったガーズィがマルグルナを見る。
彼女は口もとを手で押さえて、小さく忍び笑いを浮かべながら顔を背けた。……それで大体のことを察するガーズィである。要するに、我らが団長が照れているのだということを。
「ハヅチ様」
真顔になったマルグルナが口を開いた。
「セラ姫様とユウラ様が、間もなくこちらに参られます」
「こっちに戻ってきたか」
セラには護衛の分身体をつけているとこのメイドは言っていた。その分身からの報せで把握しているのだろう。
慧太は、ガーズィに何か進展があれば報告するよう言った。突撃隊長が退出して少しして、扉がノックされる音。……来たな。
「どうぞ」
先のマルグルナの言うとおり、入ってきたのは白銀の姫セラと、青髪の魔術師ユウラだった。
・ ・ ・
「祝賀会?」
慧太は、その言葉を繰り返した。マルグルナの用意した椅子に背筋を伸ばして座るセラは頷いた。
「王都に現れたツヴィクルークを倒した私たちを表彰したい、と国王陛下はおっしゃってる」
「へえ、それは凄いな」
なんとも淡白な返事になる。ユウラは小さく笑った。慧太の反応が予想の範囲内だったのだろう。
「セラさんが一体、ウェントゥス側で二体。アルトヴュー軍は一体のみでしたから」
大半がこちらで倒したわけだから、まあ何もなしというわけにもいかないというところか。
セラは言った。
「勲章をくださるそうよ。その後は貴族らや騎士を集めたパーティーですって」
「それで祝賀会ね。……面倒そうだな」
慧太は露骨だった。ユウラは、たしなめるような視線を向けた。
「ですが、アルドヴュー側の力のある者たちと接点を持つのは悪い話ではありません」
離脱は許されません――青髪の魔術師は釘を刺す。
「今後の支援や友好関係は、リッケンシルト戦や、それに続くアルゲナム解放の時の力になるかもしれません。いわば投資です」
「……だそうだ。大変だな、セラ」
アルゲナム解放という言葉が出たので、お姫様へと話題をそらす。
「何を他人事のように言っているの、ケイタ。あなたもよ」
セラは、出来の悪い弟を叱る姉のような顔になった。
「新興の傭兵団ウェントゥスの団長。……銀竜退治に、今回のツヴィクルーク退治――今これほど注目を集めている人間もそうはいないわ」
「人間か」
皮肉げに口もとを歪める。
「堅苦しいのは苦手だ。それに、オレは傭兵だぞ」
「一流の傭兵というのは――」
ユウラは生暖かな視線を、団長たる慧太に向ける。
「身だしなみも整えておくものです。実際、貴族の中には傭兵から成り上がった者だっていますから」
「オレは貴族じゃないぞ」
「……でも、わからないわよ」
セラは唐突に言った。
「もしかしたら、名誉貴族の称号を与えられたりするかも」
「あー、なるほど。あるかもしれませんね」
ユウラも同意した。どういうことだ……?
「オレを貴族なんかにして何の得があるんだ?」
「アルトヴュー王国内で、それなりの特権を与えられます。何をもらえるかは国によって違うでしょうが。遠まわしの勧誘です。国王陛下との会談の際に、僕らを召し抱えたいと言っていたでしょう? そういうことですよ」
それを聞いただけで、憂鬱な気分になった。
魔人軍との戦いのために、王都ドロウシェンでの必要な用件は片付いている。明日にでも出発したら……駄目なんだろうな、と慧太はため息をついた。
次回、『親子デート』
確か、明日誕生日だったよな――




