第二七〇話、魔鎧機
王都ドロウシェンに出現した改型ツヴィクルークは四体。
それらは触手を振るい、花びらを広げたような頭、そこに開いた口で王都の住人やアルトヴューの兵士を飲み込み、溶かしながら、王城方向へと進撃していた。
王都警備隊は化け物退治に急行した。
だが、配置位置による早い者順での到着になり、場当たり的な戦闘になっていた。つまり、敵に有効な打撃を与える術も連係も取れないまま、三々五々集まり、蹴散らされていたのである。
「くそっ!」
警備隊の小隊指揮官は、進撃を続けるツヴィクルークを見やり罵声を放った。
「魔鎧機はどうした!? これでは防ぎきれないぞ」
彼の前には盾と長槍で武装した兵が二十数名。だが明らかに敵の触手のほうが長い。
隊列を組んで進めば、触手になぎ払われるのが一目瞭然なので、前進もままならず後退を強いられている。
フレイムガンを撃ち続けていた二脚砲台が、敵の溶解液の直撃を喰らう。操縦席の操者から悲鳴が上がり、機械兵器はその場で横倒しになった。……畜生め。
「小隊長!」
部下のひとりが、空を指差した。視線を向ければ、そこに鳥――いや翼をもった人らしき影。
――天使……?
まばたきの瞬間、その影の持つ槍が光り、数秒と立たず、眩い光が巨大植物のような化け物を包み込んだ。
「ぬおっ……!?」
衝撃による地響き。一瞬、魔獣の悲鳴じみたものが聞こえた気がしたが、すぐに掻き消えた。
風が吹きつけ、兵たちはとっさに盾を並べて盾の壁を展開した。
光が消えたとき、化け物の姿は消えていた。それがいた場所が黒ずみ、超高熱で溶けて蒸発したのだと理解した。
神々の雷、いや神罰の光か。
小隊長や兵らは、白き翼をはためかせる銀甲冑の天使、いや女騎士を見やる。
「戦乙女……!」
・ ・ ・
ツヴィクルークを仕留めた戦乙女――セラは、次の敵のもとへ飛ぶ。
慧太から『聖天』を使え、と言われた。その時は、町中で使えば周囲の建物なども破壊してしまうと言ったのだが、彼は簡潔にこう言った。
『だったら、奴の真上から真下に撃て』
それなら後ろに与える影響を気にせず使えるだろう、と。
確かにその通りだ。何故、気づかなかったのか。
今でこそ翼で空を飛ぶことができるが、聖天自体はそれ以前より使ってきた切り札だ。……どうも地面に足をつけて、正面に向かって撃つものと思い込んでいたようだった。初めから空を飛ぶことができるなら、きっと思いつけたはずだ。
――まったく……。
セラは苦笑しながら、王都に出現した最後のツヴィクルークへ急ぐ。
だが、そこでの戦いは他とは様相が異なっていた。
見慣れない人型機械の姿があったのだ。
人型の機械。それは全身を包む大鎧のようでもあった。高さは三メートルほど。青と黒の二色のそれは、両肩に尖った氷のような三角錐の突起を持ち、手にも氷の刃のようなダブルブレードを持っている。
「魔鎧……!」
セラは察した。
古代文明時代の遺産。魔力で駆動する魔法鎧。特別、強い魔力の持ち主でなければ扱えないという代物。
その装甲は並みの刃を通さず、機械らしい外見に反して、人間のように自在に動く。こと地上において、人間のそれを遥かに超えた力を発揮する強力な武器だ。
セラは知らなかったが、それはアルトヴュー王国保有の魔鎧機のひとつ。氷を武装とする機体、グラスラファルと言う。
氷の魔鎧機は、地上を走り、両肩の氷状の突起から、氷の大槍を具現化させるとツヴィクルークめがけて連続して撃ち込む。触手を切断し、その胴体に楔のように打ち込んだが、倒すまでには至らない。
『ち、硬ぇーな! 植物の化け物!』
青い魔鎧機から、威勢のよい女の声が響く。肉声ではなく増幅されたそれ。
だがすぐに、炎をまとったような意匠の赤い機体と、金と黒の二色カラーの機体が現れ、ツヴィクルークの反対側へと回り込む。
『貴様には、雷をくれてやろう……!』
黒い機体からは男の声。鋭角的で見るからに素早そうなフォルム。手にした槍、そして両肩が青白く煌き、強力な電流が放射される。ツヴィクルークの胴体が抉れ、その巨体が揺らめく。
『ミラ、トドメを刺せぃ!』
『了解、小隊長』
ミラ、と呼ばれた赤い機体が両腕から炎弾を放つ。立て続けに放たれたそれは、着弾と同時に爆発を起こし、ツヴィクルークを滅多打ちにした。
やがて、巨獣は粉々に吹き飛んだ。四体目のツヴィクルーク――それはアルトヴュー王国の魔鎧機たちによって撃破されたのだ。
「すごい……」
上空から戦いを見ていたセラは思わず呟いた。魔鎧機が古代文明時代の兵器であり、現在の兵器とは異なる上に、強力なのは聞き知っていた。だが実際の戦いを目の当たりにしたのは初めてだった。
――確かに、従来の兵科であれに対抗するのは難しいわね……。
でもあの力が、対魔人戦に振り向けることができるなら、これほど頼もしいことはないけれど――セラは翼を翻す。慧太たちのもとへ戻るためだ。
――国王陛下には兵はいらないと言ってしまったけれど。
魔鎧機は魅力的な戦力だと思うのだった。
・ ・ ・
戦闘は終結した。
出現したツヴィクルーク四体は倒され、今は戦災に見舞われた王都住民の救助作業が行われている。
王都内の広場は、仮設の救護所となり、負傷者が運ばれ、あるいはやってきた。
天幕が立てられ、町の医者や治癒魔法使い、教会の神父や助手たちが怪我人の治療に当たる。
魔物の触手の打撃を受けた者、崩れた建物の破片を浴びての出血や骨折をした者など……。手当てを必要としている者たち。その怪我の具合も様々だった。
一方で、怪我なく避難した住民たちの中には自分の家に戻った者もいた。自宅が無傷なものもあれば、半壊や倒壊した家もあり、荷物の運び出しや生き埋めになっている者の救助などを行っている。
慧太はユウラを除くウェントゥス傭兵団全員と合流すると告げた。
「今日は天気がよくて穏やかだ。だが王都はこの有様で、いまだ瓦礫に埋もれている者もいるだろう。そこで、手分けして救助活動に参加する」
セラは当然という顔をし、キアハは少し驚いた表情を浮かべた。リアナやサターナは特に変化はない。
「日が落ちたら、一気に冷え込む。そうなる前に少しでも助けになればと思う」
慧太は一度天を仰ぐ。青空が広がっている。
「ただ、助けが必要な場合のみとする。火事場泥棒と勘違いされても困るからな。とりあえず、ツヴィクルークが破壊した後に沿って行き、必要と見れば救助活動。最終的には、ツヴィクルークがどごからどう現れたのか突き止めたい」
突然、王都に四体も出現した。これを単なる偶然と見ていいものかどうか。
そもそもあんな異形の化け物が複数も突然現れるというのも異常なことだと思った。……最悪なのは、四体ではなく、まだどこかに出現しそびれている個体がいるなんて場合だが。
「まあ、アルトヴュー側でも原因究明はしているだろうから、救助と捜索のどちらかに迫られたら、救助のほうを優先で。……何か質問は?」
セラたち女性陣、ガーズィら分身体兵も首を横に振った。
「よし。じゃあ、こちらで班わけを行う。……ガーズィ、分隊を二つに分けろ。残りは……と、その前にセラ」
「なに?」
呼ばれたセラが首をかしげる。
「たぶん、そろそろ城のほうから君は呼ばれると思うから、悪いけど戻ってくれ」
「え……いえ、でも私は――」
「国王陛下と会談の途中だったし、おそらくツヴィクルークとの戦いのことでも話をしたいと思ってるんじゃないかな」
慧太は、視線を王城のほうへ向ける。高い塔のようにそびえる天守閣を見上げる。
「あなたは?」
「君の分まで救助活動をするつもり」
慧太は片目を閉じてみせた。
「その代わり、オレの分まで国王陛下にこの状況を報告してやってくれ。そっちにはユウラもいるだろうから彼と今後を話し合ってくれると助かる」
「……わかった」
本当は救助活動に協力したいだろう。その本心を押し殺して頷くセラは、慧太とすれ違いざまに肩に手を伸ばしてきた。
「気をつけて」
「君もな」
セラが立ち去り、慧太は離れていく銀髪の戦乙女の背中を見送ると、仲間たちに振り向いた。
「じゃあ、仕事にかかろう」
次回、『地下にうごめくもの』
王都の地下に存在するのは、秘密の神殿――




