第二六九話、シェイプシフターの槍
アリシリーニュ城の天守閣から飛び降りた慧太は、手の先をグライダー状に形成しながら、地上へ滑空しながら降りた。
ほんとうは背中に翼でも生やせば早かったのだが、誰が見ているとも知れないところで翼を突然生やすのは、いくらなんでも正体をバラす恐れがあるからNGだった。……本当は飛び降りる前に気づくべきだったのだが。……どこぞの大泥棒も使うようなグライダーなら、まだ言い訳も立つだろう。
――さて、セラはどこに降りた?
彼女のことだ。おそらく真っ先に敵のもとへ降り立っていることだろう。……ん?
王都の建物の屋上を駆け抜ける者の姿が視界に入った。金色の髪に黒装束、それに尻尾――リアナだ。
慧太はグライダーを操作しながら、ツヴィクルークがいる近く、その建物の屋上へ狐娘と合流するように滑り込んだ。
「ケイタ」
向こうから声をかけられた。近くにきたリアナに、慧太は言った。
「どんな調子だ?」
「いま、南側の一体をサターナたちが相手してる」
「サターナたち、というのは?」
「彼女とアスモディア、キアハと分身体が六人」
なるほど、ガーズィは隊を二つに分けたようだ。
「残りの分身体は?」
「こっちに向かってる。ケイタやセラとの合流を最優先」
そうだ。優先すべきは、セラの安全だ。ガーズィは、そのあたりを心得ている。
「そのセラは、すぐそこで戦ってる」
慧太は屋上を移動しながら言った。リアナも続く。
「上から見た感じ、ツヴィクルークが前より大きく見えたが」
「実際、大きい」
リアナはかすかに眉をひそめた。
「正直、どう当たったものか。生半可な攻撃は効かない」
「前は、腹の中に入って爆弾で吹き飛ばしたが」
不愉快げに慧太は顔をゆがめた。
「あんなのは二度とごめんだな」
建物の屋上から見えるツヴィクルーク、その花頭。アリシリーニュ城方向へ移動しつつあるそれに近づく。
屋上から眼下を見やれば、セラが銀魔槍と手に、光弾で牽制しながらツヴィクルークを攻撃しているのが見えた。
援護のつもりなのか、アルトヴュー兵が前へ出たり下がったりを繰り返している。だが兵たちは、触手の網を抜けられずにいる。
「迂闊に前に出ないで!」
セラが叫んだ。
盾を構えていた兵たちが、真上から振り下ろされた太い触手の一撃に態勢を崩された。そこへツヴィクルークの細い触手と花頭が殺到した。セラが光弾を放つが、すべてを落とせない。なおも迫る触手に、兵士は青ざめ――
ボン、と小さな爆発が起きて触手が千切れ飛んだ。
『しっかりしろ』
角のついた白い兜に同色の軽甲冑をまとう分身体が駆けつけた。
鬼の顔のようにも見える兜のその兵に、アルトヴュー兵は一瞬顔を引きつらせた。味方かどうかわからなかったのだ。
その腰を抜かしたアルトヴュー兵を引きずって、ウェントゥス所属の分身体兵は化け物の攻撃範囲から連れ出す。
その間にも援護の兵がシ式クロスボウで、触手や花頭の接近を防ぐ。自動で弦を引くシ式は連射速度に優れる。矢に爆弾がついているらしく、着弾のたびに触手などが吹き飛んでいる。
触手が阻まれることに苛立ったのか――あの化け物にそういう感情があるかは謎だが、花のような頭、その口が開くと唾の塊を吐くように液体を飛ばしてくる。
「避けろ!」
分身体兵が慌てて下がる。盾を持ったアルトヴュー兵がその後退を助けるように前に出た。液体は盾に阻まれるが、次の瞬間、激しく泡立ち鉄の盾を溶かしていく。
「うわ……っ!?」
アルトヴュー兵は、すかさず盾を放り投げて引き返す。直撃を食らったら、鎧を着ていても危ない。
……慧太は呟いた。
「溶解液か」
「厄介」とリアナも弓を手にはしているが、撃たなかった。通常の矢ではツヴィクルークに通用しないとわかっているからだ。慧太は首を振る。
「ひとつ、分かったことがある」
自身の影から先端が微妙に膨らんだ矢を四本ほど。その先端は爆弾――標的に命中したら爆発する矢だ。それをリアナに渡す。
「あいつに近づくのは前よりさらに危ない」
間違って喰われようものなら、おそらく助からない。以前は丸呑みにされていたが、溶解液を体内に持っているこのタイプは、飲み込まれたら最後、すぐに溶かされてしまうだろう。……嫌味なパワーアップしてやがる。
「かといって、爆弾矢ではちょっと火力が足りない」
慧太は影から、武器を生成する。それは槍のようであったが長さは三メートルほど。先端が尖り、錨のような形になっていた。
「そこで、離れた場所から『こいつ』を投げる。シェイプシフターの槍……生きた槍だ」
シ式クロスボウ――勝手に弦を引くシェイプシフター弩がヒントになった。
「この槍で、ツヴィクルークの表皮を破り……」
慧太は、屋上から見えるツヴィクルークの花頭などの位置から本体がどのあたりか勘を付けていく。というのも、端まで行かないと下が見えないのだ。
「奴の体内に入り込んで爆発する。……やり方は、前と同じだ」
直接入るか、そうしないかの違いである。
慧太は、先日教わった魔法――魔素を槍の先端部に集め、熱を持たせる。
ズィルバードラッケの首を切ったヒート剣の応用。刃を高温に熱し、その熱で化け物の表面を溶かし貫通力を増すのだ。
「援護しろ」
慧太は屋上の端まで後退。ツヴィクルークの方向に槍を構え、一呼吸。リアナは逆に前に出て、弓を放てる準備をする。
走る。助走をつけて、慧太は槍投げの要領で屋上を駆けた。
ツヴィクルークの花頭のひとつがこちらを見た。だがその瞬間、リアナは素早く弓を引くと、爆弾付きの矢を放った。
いつもの矢と重量とバランスが違うはずなのに、金髪の狐娘は正確に目標の花頭を吹き飛ばした。ナイスショット!
慧太は、シェイプシフターの槍を投げた。先端が重くなっているそれは放物線を描き、ツヴィクルークの胴体、その真上から落下する。
槍はツヴィクルークの胴体に刺さった。高熱の穂先により、その外皮は溶けながら槍の侵入を許し、その姿を体内へと飲み込ませる。
「あ……」
慧太は慌てて、屋上の端から眼下に呼びかける。
「爆発するぞっー! 離れろ!」
離れろ――その声が周囲の建物に反響する。セラや、兵たちが顔を上げ……ガーズィが叫んだ。
「離れろ! 爆発するぞっ!」
ウェントゥス兵たちが『離れろっ』と山びこのように繰り返しながら退避する。セラも素早く下がる。
次の瞬間、ツヴィクルークの胴体、その上半分が異様に膨れ上がると、爆発して四散した。
触手や花びらを開いたような頭部や、触手の断片がバラバラになり、体液が当たり一面に飛び散る。
周囲の石造りの建物、敷石が汚れ、焼けるような音が重なり合う。
「やった!」
アルトヴューの兵だろうか。お祭もかくやの歓声が木霊した。
慧太らのいた屋上にも、千切れ飛んだ触手の一部が落ちている。とっさに屋上の手すりの影にしゃがんだからよかったものの……。慧太とリアナは顔を見合わせる。
「倒した」
リアナが言えば、慧太は頷いた。
「ああ。だがこれはダメだ」
立ち上がり、改めて周囲の惨状を見やる。
ツヴィクルークの胴体より上がなくなっていた。普通なら頭や触手は再生するが、どうやらそれもないところを見ると、完全に倒したと見ていいだろう。
まるで叩き割った西瓜のようだ。
漏れでた酸性の液体が周囲を溶かし、触手などの残骸が、虫の死骸のように無数に散らばっている。
「……倒せたは倒せただが、まわりを巻き込む」
ユウラの爆砕魔法のような一撃で吹き飛ばす方法なら後処理も楽か。……町中で使うのはどうかと思うが、酸性の体液が飛び散るのとどちらがマシなのか。
「セラ!」
屋上から下を見やる。慧太の呼びかけに、地上のセラも「ケイタ!」と顔を上げた。
「あなたがやったの……?」
「そうだが、ちょっとヘマをした。次からは君が頼む!」
「え……!?」
意味がわからず、セラがキョトンとする。慧太は声を張り上げた。
「『聖天』で丸ごと吹き飛ばすんだ!」
次回、『魔鎧機』
古代文明時代の魔法鎧。アルトヴュー軍の精鋭が王都を疾走する――




