第二六八話、巨大生物、再び
王都ドロウシェンに、突如出現したツヴィクルーク。
その触手は建物を崩し、逃げまとう人々を絡めとる。歯の生えた花びらを開いたような頭がガブリと住人を咥えては、その丸い身体へと飲み込んでいく。
小高い丘の上に建てられたアリシリーニュ城。それでなくても塔のように高い天守閣から望む景色は、平時であれば目もくらむようなパノラマを堪能できただろう。地平線の彼方まで見通せるほどの高さ。吹いてくる風は高所のために冷たい。
展望台から眼下の王都を見やれば、明らかに異形の花が四つ、周囲を破壊しながら拡大していた。
「どうして……ツヴィクルークが……?」
セラが思わず呟いた言葉は、慧太もまた同感だった。かつて地下神殿前で出くわした個体も巨大だったが、あの時のものより少し大きいような……。
「ただちに王都警備隊を投入。あの化け物を排除しろ!」
フォルトナー王の命令を受けた騎士らが弾かれたように走り出す。展望台の端から、地上を見やり、王は歯噛みする。
「いったいあれは何なのだ……?」
「古の化け物です」
セラは硬い表情で告げた。
「何にせよ、あれを倒さないと。被害がどこまで拡大するか」
我は乞う、古の銀天使――白銀の姫が呪文を詠唱するすれば、その身体を光が包み込む。戦乙女を模した兜、銀の胸甲、肩当てなどの防具が彼女の身体を包み、神々しいまでの白き翼が出現する。
「おお……」
初めてセラの変身を目の当たりにするフォルトナー王が驚く中、白銀の戦乙女は慧太を見て。
「行ってくる」
展望台から飛び立つ。戦場へ。慧太とユウラ、王をその場に残して。……いや、行ってくるって。
セラらしいとは思うが――慧太は苦笑する。王都へと舞い降りていく天使の騎士の後ろ姿を見やり、ついで慧太も傍らの青髪の魔術師へと視線を滑らせた。
「じゃ、オレも行ってくる」
ユウラは肩をすくめ、フォルトナー王は「は?」と口を開けた。
慧太は、少し下がると、セラが飛び立った時同様、少し助走をつけて、展望台から飛び降りた。
「おおっ――! 跳んだぞッ!」
フォルトナー王はびっくりして展望台の端へと駆け、眼下を見下ろす。崖から飛び降りるが如くの高さである。普通の人間なら転落死している。
「この高さを飛び降りるなど……」
「ご心配なく、陛下」
ユウラはばつの悪そうな顔になった。
「慧太団長は、魔法が使えるので高さは大した問題ではありません」
「魔法、か」
少しホッとする国王。ユウラは視線を逸らした。魔法などと言ったが、嘘っぱちである。
・ ・ ・
アルトヴュー王国の王都警備隊は、出現した植物のような化け物との戦闘を開始した。
だが相手は、十メートルを超える身の丈を超える巨大さ。花のような頭を振り回し、割った地面から触手を無数に伸ばせば、迂闊に兵たちは近づけない。
弓矢を放つも、その胴体や頭に刺さるだけで、ダメージを与えることさえできない。
住民たちが逃げまどい、それらを守るべく前進する兵士たちであったが、鞭のように振るわれた触手に吹き飛ばされたり、吹きかけられた液体を浴びて悲鳴をあげる。
「ダメだ、引け! 後退!」
いたずらに損害だけ増やしていると感じた歩兵隊の十人長が叫ぶ。そこへ機械音を響かせ二脚の戦闘兵器『ゴレム』が二台、駆けてくる。
崩れた瓦礫を軽くジャンプして避けると、やや距離を置いたところで胴体下部のフレイムガンを連続して放つ。紅蓮の炎弾は、触手を撃ち抜き、兵士らの退避を援護する。
「おお! やった!」
ゴレム――王都警備隊配備の改型の頼もしさに兵士らは歓声を上げる。
だがツヴィクルークは止まらない。地響きのような音をたて、少しずつだが移動を開始したのだ。その歩みはとても遅いのだが、動くとなればその脅威は跳ね上がる。なにせ、今のところ、あの化け物の進行を止める手段がないのだから。
「魔鎧機があれば……」
十人長は歯噛みする。新型ゴレムも、敵の行き足を遅くする程度。止めるまでにはいたらない。
その時だった。頭上から天使が降臨した。
光の槍が降り注ぐ。それは、ツヴィクルークの頭を立て続けに切断し、残った頭部から悲鳴のような軋み声を上げさせた。
地上に降り立ったのは、白銀の鎧をまとう戦乙女。彼女は光輝く騎兵槍を構え、ツヴィクルークを見据えた。
「ここから先は、通さない!」
・ ・ ・
あれこそ化け物だとキアハは思った。
植物なのか獣なのか、よくわからないその姿。トラハダスの魔獣研究している連中が口にしていた『キメラ』だか何だかに似ていると思った。
リアナは「ツヴィクルーク」と化け物の名前を口にしていた。以前、遭遇したことがあるという。だが、何故それがここに現れたのか、まったくわからないと言った。
「いい、キアハ? あなたは近接オンリーなのだから、前に出すぎないように!」
サターナが指示を飛ばした。オンリーってなんだろう、と思いつつ、キアハは「はい!」と返事する。
かつて、魔人軍の中でトップの将軍だったというサターナだ。慧太やセラがいない今、皆をまとめるのは彼女しかいないだろう。
とはいえ――キアハは槍のように突っ込んできた触手を左手の盾で逸らし、続いて金棒で叩く。……こちらも斧などがあれば切断できるのに。
どうも目の前の化け物は、自分とは相性が悪い相手に思えた。あの大きな胴体を金棒で殴ればそれなりにダメージを与えられると思う。だが問題はそこまで近づくには無数の触手があって、容易く踏み込めないことだ。
周りでは、つい先日味方として加わったジパングー兵が展開し、爆弾付きの矢をクロスボウで放ちながら、接近するツヴィクルークの触手を撃ち落していた。
……彼らのことについては、キアハはまだよくわかっていない。どれくらい頼りになるのか、そもそも会話もほとんどかわしていなかった。
「キアハ! 後ろへジャンプ!」
アスモディアの声。斜め上から迫る花型の頭。その口から涎のような液体を滴らせながら、キアハに迫り――ペッ、と透明の液体の塊を放った。
反射的に後ろへ跳んでいたキアハ。つい先ほどまで彼女が立っていた場所に、液体が着弾。ジュッ、と石畳が溶ける。当たったら、どうにも危ない液体のようだ。
「強酸性の唾液……」
サターナは吐き捨てるように言った。
「みんな! これからは殲滅戦に切り替えるわよ! アスモディア、得意の魔法でフッ飛ばしちゃいなさい!」
え、それって――キアハは、漆黒のドレスをまとう少女に視線を向ける。
「捕まった人を助けないんですか!?」
ツヴィクルークの触手に捕まり、喰われた王都の民。あの腹の中で生きているかも、と戦闘経験のあるリアナが言っていたが――
「もう死んでるわよ!」
おそらくあの腹の中は強酸性の液体に満たされ、捕らわれた人はすぐに溶かされてる。サターナの言葉に、キアハは絶句する。
シスター服の女魔人――アスモディアが宙に魔法陣を描く。
「灼炎の輪、我が手を離れ、焼き尽くせ!」
劫火が走る。ツヴィクルークの巨体を包み込むような凄まじい炎が吹き荒れる。
「……!?」
化け物を燃やし尽くすと思われた爆炎は、しかし、思ったほどの効果がなかった。ところどころ焼け跡はあるが、ツヴィクルークはその機能の半分以上が健在で、なお動き出した。
サターナが罵声を浴びせた。
「何やってるの、ド変態! あんたが得意の炎魔法でしくじったら何も残らないでしょうが!」
「そんなこと言ったってぇ……!」
何で燃えないのよ――アスモディアは失敗したつもりはないのに上手く行かなかった。恥をかいたと思ったらしく顔を紅潮させる。
大気が冷え込んでいるせいだろうか。雪の残る王都、火の魔法の効果が弱くなっているのか。否、ツヴィクルークの表面を、薄い粘液質の液体が覆っているために燃えにくくなっていたのだ。
ああ、もう――サターナは忌々(いまいま)しげに唸った。
「絶対なる氷の角! 我が意を得て、敵を切り裂かん。グラス・リコルヌ!」
ツヴィクルークの生えている地面の奥深くから、十メートル級の氷の角――氷柱が飛び出し、その化け物の身体を真っ二つに切り裂く。
溶解液が飛び、まわりのものや氷を溶かしたのは一瞬だった。切断箇所から霜が降りるようにツヴィクルークの身体は凍りつき、やがて力を失ってその場に崩れ落ちた。
次回、『シェイプシフターの槍』
この前はオレが飛び込んだ。今度はお前が飛び込むんだよ!




