第二六六話、アルトヴュー王フォルトナー
アルトヴュー王国の王都ドロウシェン。
同国最大の人口を誇る大都市。
四角い石造りの建物が無数に立ち並ぶ町並みは、季節のせいもあって雪化粧されている。
王都の中心にそびえるアリシリーニュ城は、かなり離れた場所から見ても、その天守閣を見ることができた。何故なら他の建物に比べてとても高くそびえていたからだ。まるで天へと伸びる塔のような偉容がある。
街道から繋がる王都へ入るための門。そこで慧太たちは、王都守備隊に「アルゲナムのセラフィナ姫が貴国の国王陛下との会談を望まれている」と説明した。
突然の訪問であり、事前の連絡がない事態である。門を守る守備隊指揮官は、王への報告の間、待機するよう慧太たちに告げた。
さて、ここでどれだけ待たされるか。王族の名前を出せば、最優先で通されるというわけでもない。本物かどうか疑わしいところがあれば、慎重に審査されるものだ。
王都前の門には、理由はわからないが入れずに野宿している集団がいくつか見られた。ばらけているが、合計したら百くらいはいくのではないだろうか。……どこかの集落から逃げてきた難民のようにも見えた。
慧太たちウェントゥス傭兵団もどれくらい待たされるか見当がつかないまま、一応野営のための場所の確保をはじめた。
が、どうやらかなり高い優先度で、王に話が届けられたのか一時間程度で、王都へ入る許可が下りた。
都市内の主な道は石畳に舗装されており、また通行が多いためか、積もった雪は道の利用側にどけられていた。
案内の騎士らに導かれたのは、王都の中ほどにある宿泊所。いや、ホテルと言っても差し支えない建物で、どうやら諸外国の賓客や大商人が泊まるような豪華なものだった。
「セラフィナ殿下と数名のお連れ様は、こちらに」
騎士は恭しく告げた。
「残るお供の方は、隣の宿泊所へ」
全員を泊めてくれるわけではなく、兵士や下っ端の小間使いなどは別建物のようだった。ここでいう兵士とは、ガーズィが率いる白い軽甲冑をまとう兵士たちのことを差すのだろう。……人間ではない彼らは当然ながら文句も言わず、交代でセラたちの部屋の外を警備する許可だけ得て、宿泊所へと移動して行った。
部屋は三部屋。中央にセラ。左右の二部屋はお供の部屋兼、護衛の宿直室扱いだった。
久しぶりにふかふかのベッドで眠れる――とセラが羽を伸ばす……間もなかった。
アリシリーニュ城から、迎えの騎士がやってきたからだ。
「お初にお目にかかります、セラフィナ姫殿下」
柔らかな物腰の女性騎士だった。
「アルトヴュー王国フェルラント公爵家の娘、ティシア・フェルラントと申します。王都警備隊所属の魔鎧騎士をしております。この度は、姫殿下を王城へと案内するために参りました」
金髪碧眼、年は二十歳前後だろうか。絹のような金髪は美しく、その美麗な面立ちもあって優雅だった。白銀に輝く鎧は、なるほど騎士というだけある。
それよりも――慧太は首をかしげる。
マガイ騎士。いつぞやユウラが言っていた魔鎧のことだろうか。人が入る機械製の大鎧だか、鋼鉄の巨人兵だとかいう古代文明時代の遺産。そういえばアルトヴュー王国の城塞都市ヌンフトでは、そういった古代技術の発掘を行っていような。……あまり思い出したくない場所だが。
「それと、ウェントゥス傭兵団の団長はいらっしゃいますでしょうか?」
ティシアは、セラの後ろに控える慧太たちを見た。
「オレだが」
慧太は小さく手を挙げてみせる。ティシアは微笑んだ。……もし女神様がいるとしたら、こういう女性なんだろうな、と思った。
「あなた方にも、国王陛下が会談を要望しております。ご同行いただけますでしょうか?」
「断る理由はない……ですね」
慧太は、敬語を意識して少しどもった。王様と会うとなると、さらに言葉遣いには気をつけなければならないだろう。――オレの西方語で大丈夫か……いやダメな気がする。
かくて、慧太は、セラ、ユウラと共に王城へと向かう馬車に乗り込んだ。
・ ・ ・
フォルトナー王は、五十代の紳士然とした雰囲気を漂わせる人物だった。
太くも細くもない身体つき。髪は白いものが混ざっていて、もう数年もすれば完全に白くなるだろう。
会談の場所は王座ではなく、晩餐会にも使われる王室専用食堂だった。
上座にはフォルトナー王。向かい合う形で――それでも数メートル離れているが――にセラ。その左右に慧太とユウラが座っている。
それぞれグラスが用意され、控えている従者が芳醇な香り漂う赤ワインを注いだ。
自己紹介のあと、フォルトナー王は、まずアルゲナムを襲った悲劇に哀悼の意を表明した。リッケンシルトを襲う魔人軍、そして次の標的がここアルトヴューであることも。
「つい先日、魔人軍が我が国土に侵入した」
王都に訪れる前、すでにガーズィの口からそれを聞いていたセラは驚かなかった。
「して、現状は?」
「うむ、将軍たちの話では、魔人どもは春の侵攻に備えての下見をしたのだと言う。砦が二つ陥ち、救援に向かった後詰めもまた壊滅させられた」
王は、ワインを口にした。
「その後、魔人はリッケンシルトの国境まで下がった。現在、二個から三個連隊規模の敵が国境に張り付いている」
逆侵攻に備えてだろうか――慧太は思考する。春になればさらに増援を得て、アルトヴューへ乗り込むのは間違いないだろうが。
「我々は、魔人の侵攻を防がねばならない。ライガネン王国が北方に掛かりきっているあいだ、我が国は戦力の大半を西側国境に集結させる。いわば、防壁だ。ライガネンが北方問題を解決するまでの」
フォルトナー王は苦い顔をする。
「何とも面白くない話だ。ライガネンは小規模ながら援軍を派遣してくれるという。我が国も、機械兵団や魔鎧機などの発掘兵器を用いて、断固魔人軍と戦う。だが戦力について、不安もある」
王の視線はセラへと向く。
「聖アルゲナム国を陥落させた敵なのだからな。油断は出来ん」
「おっしゃるとおりです」
セラは首肯した。
「魔人軍は強力です。警戒に警戒を重ねても、し過ぎるということはないでしょう」
「ふむ。……私も、『ゲドゥート街道の奇跡』については聞き及んでいる。セラフィナ姫とわずかな傭兵が、数千の魔人軍を撃退した、という話」
ちら、とセラは慧太に視線を向けてきた。頷きだけ返す。特に何か言えということでもないだろう。
「ウェントゥス……君らだろう? ゲドゥート街道で魔人軍と戦った傭兵というのは?」
フォルトナー王は慧太を見た。
「さらに、あのズィルバードラッケをも仕留めたという。ライガネン側からの情報だが、まあ間違いあるまい」
「ええ、はぁ……そうなります」
柄にもなく緊張してしまった。相手が一国の王だけあって、その言葉はより慎重になる。どうかヘマをしませんように。
「そのような腕利きの傭兵なら、ぜひ我が国で召し抱えたいところであるが――」
「閣下、それは――」
慧太が答えるより早くセラが口を開いた。王は手のひらを向ける。
「ああ、言わずともよい。すでにセラフィナ姫殿下のもとで戦っているのだろう。私としてもぜひ君らとは直接交渉したいところである」
「光栄です、閣下……」
何とか言えたかな――慧太は言った。銀竜退治の効果は、充分過ぎるほどあったと言える。国の王からその腕を認められているのだから。傭兵としてはこれ以上ない評価と言える。
フォルトナー王は続けた。
「経験のあるウェントゥス、そしてセラフィナ姫殿下が、ここに留まり我が国の防衛強化に協力してもらえるのなら、ライガネンが北方にケリをつけるまで、守りきることもできるというものだ。……頼めないものだろうか?」
アルトヴューの王の要請だった。亡国の姫と新設の傭兵団に。これは異例のことだろう。慧太がユウラへと目を向ければ、彼もまた小さく肩をすくめてみせた。
セラは慎重に切り出した。
「お話はわかりますが、こちらもフォルトナー国王陛下にお願いがあって参った次第。どうか、お話を聞いていただけないでしょうか……」
「おお、そうだった。尋ねてこられたのは、姫殿下のほうだったな。これは失礼した」
フォルトナー王はテーブルの上で両手を組んだ。
「どうぞ。話を聞こう」
次回、『通行許可証』
これを勝ち取らなければ、国を取り戻すための計画が破綻する……。




