第二六三話、兜と自動弓
ダシューがテーブルの上に置いたのは兜だった。
全体的に白を基調としたそれは、バイザーから面頬部分にかけて、ややロボットアニメのメカ顔じみたデザインであり、威圧感があった。目を引くのはバイザー部分から伸びる二本の角。クナイの刃じみた角が一対ついたそれは、鬼のようでもある。
「強そうだな」
中世ヨーロッパ風の兜というと、無機的で、バケツじみていて、無骨な印象がある。目の前のそれは無骨ではあるが、シルエットはやや近未来的でさえあった。
「何とかトルーパーにも見える」
某スペースオペラの兵士のヘルメットに角を生やしたようにも見えた。ダシューは頷いた。
「ベースはそれに近いですね。見た目の勇壮さというか威圧感を考えたら、こう顔に似た感じになりました」
「威圧感は大事です」
ガーズィが強調した。
「たぶん、似ているのは色のせいもあるかと」
「何で白なんだ……」
慧太はその兜を見やる。大抵の兜は鉄色だが――そこで気づいた。
「ああ、雪だからか。冬季迷彩か」
「そういうことです」
ガーズィは首肯する。
「この時代の人間はとかく派手に、見せびらかすのが流行りのようですが、自分らに言わせれば戦場で目立つのは言語道断ですよ」
現代人の感覚で言えば、彼の言うとおりである。現代の兵士を見れば、みな戦場の色に近い迷彩服を着込み、傍目から――特に正面からは個々の識別がつきにくい仕様になっている。
この時代の騎士や貴族のように、専用の煌びやかな装備を身に付けるというのは、どうぞ撃ってくださいと言っているようなものに感じるのだ。
慧太は兜を手に持ってみる。見た目ごついが比較的軽い。
はたして防御性能は――と考えたが、そもそも物理耐性が高いシェイプシフターには、あまり関係ないと思い直す。実際、現代のヘルメットだって破片防御程度の性能しかないのだ。
しかし――
「この角……走る時に空気抵抗になりそうだな」
「ええ、若干」
ガーズィは認めた。
「ただ、我々なら問題ないかと」
「一応、バリエーションとして、こんなのも作ってみたのですが」
ダシューがテーブルの下から、もう一つ兜を引っ張り出した。こちらはバイザーの上方に、まるでユニコーンのように一本の角がついている。
「騎兵や速度が必要な兵科での使用を考えてます」
「なるほど……いいんじゃないか」
慧太は兜を返した。ガーズィは口を開く。
「如何です? 団長」
「問題ないと思う。あとでユウラに話しておく」
一応、副団長にもお伺いを立てておこう。シェイプシフターのすることだから、特にどうこうは言わないだろうが、適切な助言があればそれも活かしたい。
レーヴァがテーブルの上に新たなモノを置いた。
「もうひとつ見ていただきたいものがあるんですが」
「……クロスボウか」
「オートボウガン、とでも言いましょうか。いや、ボウガンは和製英語だから違いますね。こいつは、一度発射すると台座についている引き手が後退して自動で弦を引くようになっています」
「ほう……」
慧太は、それをしげしげと見つめる。
クロスボウは、普通の弓に比べて狙いが付けやすく威力も高めの武器だ。だがその反面、装填動作に時間がかかる傾向にある。
一度矢を放つと弦を引く、その引いた弦を固定して、矢を装填、狙いをつけ撃つ、という動作が必要となる。
特に威力が高いものだと、弦が強力であり、それを引く動作で相当の力を必要とする。あぶみをつけて足を引っ掛け、身体全体の力を使って引いたり、あるいは簡単な機械式にして弦を引くなど工夫はしても、装填に少々時間がかかるため、速射性に劣る。
だが――目の前のクロスボウは、台座の『引き手』と彼らが呼ぶ突起が、勝手に弦を最大まで引く。すると操作する者は、矢を装填して狙いをつけて撃つだけ、と最も時間のかかるプロセスを省略することができた。
「つまり、速射性能が高いクロスボウということか」
「矢までクロスボウで装填できれば完全自動なんですが、とりあえず弦だけ」
レーヴァはクロスボウのトリガーを引く。引き絞られた弦が動き、矢が装填されていればそれを発射しただろう。台座の引き手が動き、レーヴァが何もしないでも勝手に弦を引っ張った。
「慣れると発射から三、四秒で構えて撃つところまでいけます」
慧太は笑みを浮かべた。
「いいね」
素晴らしい。古来より、クロスボウは威力と引き換えに、装填速度が伸びていくジレンマを抱えた武器だった。それが解決されたのであれば、現時点では銃に勝るとも劣らない。
「どうやったんだ? この引き手というのか……それが勝手に下がる仕組みは」
「分身体です」
レーヴァは背筋を伸ばした。慧太は耳を疑う。分身体――ということは。
「このクロスボウ、いわゆる生きた武器ということか?」
「そうなります」
なるほど――つまり機械的な解決方法ではなく、ただ射手が矢をつがえている間に、もうひとり、この場合クロスボウが、弦を引っ張っているということか。……種がわかれば何てこともない力技。なんだかぬか喜びで終わったような。
「まあ、少々感動は薄れたが……性能自体は悪くないな」
「シェイプシフターなら、こういうこともできる、という一例ですな」
慧太のがっかりした理由を察したのだろう、ガーズィは苦笑した。ダシューが口を挟んだ。
「実際に戦場で使えれば問題はないでしょう」
「そうだな。単純な方法だが、敵を早く倒せるなら使わない手はない」
あとはクロスボウ用の矢を大量に調達する必要がある。速射性能が高いということは、早く矢を消費するということだ。この分身体のクロスボウなら、矢のサイズが異なっても勝手に修正してくれるだろうから、魔人軍の矢とかも利用かもしれない。
あるいは、シェイプシフターの分身体から矢を生成するという手もある。……慧太が武器や爆弾を身体の一部から作るように。
「名前はあるのか、こいつは?」
「シ式自動弩、あるいはシ式リピーターボウ……とか」
「シ式というのは、シェイプシフター式、か?」
安直な気がするが、たいてい何々式とかというのは、それの頭文字だったりするから順当でもある。
「だが、シェイプシフター式と呼ぶのは、オレたちの間だけな」
分身体以外の連中に、正体を探るヒントになるようなものを教えてやる必要はない。
個々の装備について、一通り打ち合わせを済ませると、情報報告に移った。
「魔人軍はアルトヴュー西側に兵を集め、にらみ合っている状況です」
ガーズィはテーブルの上に広げた地図を指し示した。
「春先の侵攻は間違いないかと。ただ、アルトヴュー内では、例の邪神教団――トラハダスの動きが活発のようで、王国軍と頻繁に小競り合いを繰り返しているようです」
「トラハダスか――」
邪神を崇拝する教団。この大陸西方諸国での主な信仰は聖教会であるが、当然ながらそれらと対立している。
破壊活動のほか、生贄や儀式と称した誘拐や略奪などを行い、西方諸国を悩ませているのだ。さらに半魔人といった改造実験や魔獣製造などにも手を広げており、色々な意味で放置しておくのは危険な組織である。
半魔人といえば、キアハもまたトラハダスの犠牲者だ。……いま慧太の分身体である慧がトラハダス討伐の任に就いているが。
「オレたちはアルトヴューの国王に話をつけるために王都へ向かう」
慧太は三人に視線をやった。
「ガーズィの隊は、オレたちと来い。ダシューとレーヴァの隊は、アルトヴュー西側国境へ先行して情報収集と……できれば手駒を少々増やしておいてくれ」
「承知しました」
彼らは頷いた。慧太たちウェントゥス傭兵団一行に、ガーズィとほか十人の分身体が加わった。
次回、『殺戮の夜』
忍び寄るは銀髪の殺し屋――




