第二六二話、ドクトリン(戦闘教義)
「シェイプシフターの基本的な戦法は『奇襲』だ」
慧太は、三人の分身体に告げた。
奇襲とは、敵側の予想しない方法、時間、場所を攻撃することで、相手の反撃する余裕を与えないことを指す。
「姿を変え、大きさを変え、敵に見つからないように移動して、敵の不意を突く。……静かにあふれ出た水が、地面の上を音もなく流れるように。敵陣に浸透し、その無防備な部分に最大限の打撃を与える」
自身の左手に右手の拳を打ちつける慧太。ダシューが口を開いた。
「では、正面からは戦わないということですか?」
「物理に強い耐性を考えると、ある程度は正面からも対応できるとは思う」
慧太は、右目を閉じ、眉をひそめる。
「だが魔法――特に火には滅法弱いからな。敵に魔法を使う奴がいて、集団戦の最中にそれを当てられたら、こちらの被害は目も当てられない」
「確かに」
ガーズィが深刻ぶって頷いた。敵が魔法で反撃する前に叩く、あるいは反撃させない。そのための奇襲である。
「では我々は、正体の露見を避け、敵に正体をつかませないように振る舞うと」
「敵味方双方に。たぶん口に出さなくてもわかってはいるだろうが、改めて言ったのは重要なことだからだ」
言わなくてもわかってるだろう、で確かめもせず、なあなあになってしまうのはヤバい。シェイプシフター同士ならともかく、それ以外の、今後共闘するような者たちが現れた時、彼らにも正体は悟らせてはならないのだ。
どこから情報が漏れるかわかったものではないのが一点。化け物と判断されて後ろから撃たれる――おそらくその時にはこちらが致命的な損害を受ける時、というのが第二点だ。
「敵にバレれば対抗策をとられる。弱点がはっきりしているからな。逆に正体が露見しない間は、こちらが主導権を握ることができる」
ガーズィ、ダシュー、レーヴァの三人は頷いた。慧太は二杯目のワインをコップに注ぐ。
「我々は、変身、分身など変幻自在――」
ガーズィは言った。
「柔軟性が高い運用が可能です。我々は歩兵であり、騎兵であり、獣兵である――」
「銃? 鉄砲のほうか?」
ダシューが首をかしげれば、ガーズィは違う、と即答だった。
「獣、魔獣のほうだ。さっき慧太団長が銀竜って言葉を出したから、ふと思ったんだ」
「魔獣兵」
慧太は、なるほど、と呟く。
「確か、魔人軍が使ってたな。ベルゼ連隊の魔騎兵とか」
ゴルドルとか言ったか。四足の肉食魔獣を騎兵として運用していた魔人軍。魔獣に騎乗しての戦い――
「それなら」とダシューが相好を崩した。
「いっそ、トリケラトプスを並べて突撃ってのもありじゃないか? ほら、昔、戦象といって象を戦いで使ってただろう」
恐竜の名前が出て、慧太も微笑した。
リッケンシルト王都エアリアからの脱出時、アルフォンソを変身させて、守備隊バリケードを粉砕したのを思い出したのだ。
シェイプシフターが変身するわけだから、物理打撃に強いのはもちろん、一般的な動物を訓練する必要もなく、維持費もかからない。悪くない話だ。
「騎兵と共に、魔獣兵というのも面白いな」
慧太が言えば、レーヴァが白い歯を見せた。
「飛竜はどうです? 空輸だけというのももったいない話だ。魔人軍も飛翔兵ってのを使ってんですから、こっちも航空兵力を揃えておくべきでは?」
「銃があるといいがな」
魔人軍の飛翔兵との空中戦を考えたか、ガーズィが唸った。
だが慧太はもちろん、分身体たちも銃を作る技術は持ち合わせていない。学校で火縄銃がどうとか、というのをおぼろげに覚えている程度である。どこかに見本でもあれば、再現できるかもしれないが、この世界ではまだ銃にお目にかかったことがなかった。
「銃はなくても、爆弾を使った爆撃は可能だろう」
レーヴァが言った。
先の王都エアリア脱出の際、近辺に展開する魔人軍の野営地に爆弾とユウラの魔法を落としたことが脳裏をよぎる。
「攻撃だけじゃないな」
慧太は顎に手をあて、考える。
「移動手段にも使える。例えば飛竜を使って、空中から敵陣後方へ降下して、その背後をつくという使い方もできるだろう」
「空挺作戦ですな」
ガーズィが口もとに笑みをたたえた。
「いやはや、自分たちの身体は何とも便利なものですな。いま言ったことを普通にやろうとしたら、魔獣やら竜やらを捕まえて、調教し、それを維持するための設備やメシを手配しないといけない。だが自分らは――」
「変身することで、魔獣にも竜にもなれる。しかも戦力を余すことなく、その時に必要な兵科に集中することができる」
レーヴァの言葉に、ダシューも首を縦に振った。
「普通、汎用性というと、大抵のことが対応できる代わりに特化型に比べて能力が落ちるものだが、俺たちは変身能力で特化型になることができる」
「それが柔軟性だろ」
慧太はワインを口にした。
・ ・ ・
しばらく分身体たちと戦術話で盛り上がる。色々飛び出したアイデアを吟味しつつ、こちらの戦い方に落とし込む方法を話し合う。
ひとしきり話した後で、レーヴァが言った。
「団長。オレらで、ユニフォーム決めませんか?」
「ん?」
「分身体がいま三〇人ほど。でも今後、増えるんでしょ?」
レーヴァは、ダシューとガーズィを見た。
「オレたち幹部クラスはいいですが、百超えて、もっと増やすつもりだと、顔とか衣装のバリエーションが結構面倒だと思うんですよ」
「同感です」
ガーズィは頷いた。
「セラ姫や分身体以外の面子が増えた時に、顔を覚えられると戦場で人数を増やした時に違和感をおぼえられる可能性が……」
「――あんな人いたっけ?」
ダシューは言った。
「そう思われた時、全員の顔を覚えているわけじゃないから、で済ませられるように、幹部以外はあまり個性をつけないようにするべきでしょうな」
「統一されたユニフォーム」
慧太は少し考える。
「そう、増やした兵をいつ部隊に加えるか、というのはオレも考えてた。ある程度揃ってから、志願兵だといって増やすのか。……ガーズィが言ったように、戦場のどさくさに紛れて、数人ずつ増やすのか」
正体を隠すと言った手前、不自然な増員の仕方はよろしくない。シェイプシフターだとバラしていいのなら何の問題もないが、弱点漏洩にも繋がりかねない事なので慎重にもなる。
ガーズィはワインのおかわりを注いだ。
「状況をみて、柔軟に対応するしかないでしょうね」
「……そうだな」
とらぬタヌキの皮算用。案ずるより産むが易し。戦闘がはじまり、分身体の余剰を充分に確保できたあたりまでに考えればいいだろう。
「それで、ユニフォームなんですが」
レーヴァが話を戻した。
「実はオレらで、話し合って案を考えたんですが」
おい、とレーヴァが顎で合図すれば、ダシューがテーブルの下に手を伸ばし、足元においていたものを拾うとテーブルの上に出した。
次回、『兜と自動弓』
統一された装備は強者の証。戦争には、外観も重要な要素である――




