第二六一話、傭兵たち
オーヴェルト街道を西へ。アルトヴュー王国の中央を東西に走るこの道を進めば、やがて王都ドロウシェンへとたどり着く。
昼間なのに、薄暗いのは天候の悪化を予感させた。晴れ間が続くかと思いきや、またも雪の気配。外套をまとい、手袋などで防寒対策を施そうとも、太陽の光も届かず、外気が下がる一方のいま、セラたち人間の体力を奪っていく。
やがて、街道に添う形で一軒の建物が見えてきた。ユウラが口を開いた。
「昔と変わってなければ、あれはバルブ亭という宿泊所です。年中、旅人向けに営業していますが――」
吹き荒む風が、アルフォンソの牽くソリを前面から押し返そうとする。だがシェイプシフターはビクともしない。
が、ソリに乗る面子はがちがちと歯をあわせ、見るからに寒そうだった。慧太は訊いた。
「あそこへ避難するか?」
「賛成です。暖を取りましょう」
セラやキアハは、コクコクと首肯した。
すでに通常の身体とは違うサターナやアスモディアは平然としていたし、狐人のリアナもまた、どこか遠い目で銀雪積もる森の木々を眺めている。
悪化する天候。バルブ亭に到着した時、雪が降り始め、たちまち吹雪へと変わった。
外には、同じくソリや馬車が三台ほど。宿泊所の利用客がいるようだ。このあたりはしばらく何もなかったから、旅人たちが寄るというのも本当なのだろう。
バルブ亭は、丸太を組み上げて作られた山小屋という雰囲気だった。中へと向かう中、慧太はふと気配を感じる。……これは――
「どうかした?」
すぐ後ろにいたセラが問う。慧太は小さく振り返り「何でもない」と首を振った。
中へと入る。途端に、温かな室温と、もわっとした空気がすり抜けた。
石造りの暖炉には火が灯り、湯気をあげるスープの入った大釜が、冷え切った身体にささやかなぬくもりを感じさせる。……風が当たらないぶん、マシな程度のはずだが、それでもセラたちが、ホッと息をついたのを慧太は見逃さなかった。
「いらっしゃい」
髭もじゃの大男が無愛想に声をかけてきた。やや薄汚れた雰囲気であるが、スープの具をかき混ぜているところからして、ここの料理担当か、あるいは宿の主だろう。
「泊まりかい?」
「天気次第ですね」
ユウラが指先を揉みほぐして血流を良くしながら答えた。
「休憩よろしいですか?」
「そっちに席がある。……酒はあるが有料だぞ」
男が顎で指し示した先には、確かに酒場のようなテーブルと席があって、旅人と思われる者たちが、数名――
慧太はその中のひとつのグループの男たちと目があった。
傭兵のようだった。
標準よりやや高めの身長だが、がっちりした体躯の男。
かなり長身の男。
頬に傷あとがある、やはり屈強そうな男の三人だ。
彼らは、慧太をじっと見つめている。
「――食事は?」
後ろでユウラが、髭もじゃの大男と話している。
「普段は、食材は持ち込みだから食い物は出さないが、今日は大鹿を持ってきた傭兵がいてな。金を出すならスープくらいは出すぞ」
「それで結構です」
ユウラが満面の笑みを浮かべる。青髪の魔術師は振り返った。
「慧太くん――」
「悪いが、皆で勝手に休んでいてくれ」
「ケイタ?」
セラやサターナがキョトンとする。慧太は背後のテーブルの一角を親指で指した。
「ちょっと野暮用がある」
顔を見合わせる仲間たちと別れ、慧太は歩を進める。テーブル席のひとつを占領する三人組のもとへ。
テーブルに行儀悪く足を乗せていた長身の男が、椅子に座りなおす。
「大将」
「よう、お前ら」
慧太は口もとをわずかに笑みの形に歪める。頬に傷のある男が隣のテーブルの椅子を掴むと、慧太が座れるように置いた。
バルブ亭に入る前に感じた気配――その正体が彼らだ。シェイプシフター――慧太が先日放った分身体。六人のうちの三人だ。
「首尾は?」
「あまりよくないですね」
他の二人に比べて特に特徴がない男が答えた。
「盗賊や獣の多くが引っ込んでいるので、思ったより成果が上がらなかったといいますか……しかし、予想より早くライガネンを出ましたね?」
「春先を見込んでいたからな」
慧太が言えば、男はコップに瓶入りの酒を注いだ。
「集めた分身体は、ダシューとレーヴァ、自分も含めて、だいたい三〇くらいと言ったところです」
ダシューに、レーヴァ――慧太は相好を崩した。
「そういえば、それぞれ名前をつけたのか」
暗に自己紹介を促せば、男は背筋を伸ばした。
「自分はガーズィ。そっちのデカいのがダシュー。頬に傷があるのがレーヴァです」
ガーズィと名乗った分身体は、元は慧太と同じはずなのに、上官に対する部下のような調子で言った。
慧太は、長身のダシューを見た。
「その名前と身体、シャンピエン盗賊団のボスじゃないか? ダシュー――」
「ヴァデラー、そうです。一人くらいデカいのがいてもいいかと」
ライガネン王国を目指す道中で、襲ってきた盗賊の頭。目じりは鋭く、角ばった顎に、がっちりした体躯の持ち主だが、人好きするような微笑を浮かべている。
「まあ、いいけどさ。……本人を知る人間がいたら面倒だぞ?」
「そこは、他人の空似というやつです。世の中には三人、自分と同じ顔がいるっていうじゃないですか」
「三人どころか、俺たちはもっといるけどな」
頬に傷にあるレーヴァが、くっく、と笑った。慧太は顔を向ける。
「レーヴァ、その傷は?」
「ええ、飾りです」
レーヴァは右頬の傷を指先でなぞってみせた。
「他はともかく部隊長クラスは見分けがついたほうがいいかと」
「怖そう」
慧太が直球で言えば、ガーズィとダシューが笑った。
それで――と、ガーズィが口を開いた。
「今後の方針を聞かせてもらえますか、慧太団長」
「手始めにリッケンシルトを目指す」
慧太はコップの酒――赤ワインを飲む。
「……そこで魔人軍と戦いながら、連中を喰らいこちらの兵力を増やす。手に入れた戦利品はライガネンのドロウス商会に買い取ってもらう。……ああ、そうだ。専門の輸送部隊を立ち上げないとな」
ドロウス商会の若頭カシオンの言葉が脳裏をよぎる。街道を通っても長距離輸送にはコストがべらぼうにかかる。
「専門の輸送部隊?」
レーヴァが他の二人と顔を見合わせた。
「ドロウス商会は、輸送の運賃でこちらの要請を渋ってな。まあ、こちとら疲れ知らずのシェイプシフターだ。その気になれば、この世界で一番早い輸送手段を使うことができる」
「そのための専門部隊ですか」
ガーズィが、どこか皮肉げに言った。慧太は頷く。
「せっかく銀竜を喰らって飛び方を覚えたんだ。それを有効活用しないとな」
「……空輸ですか」
一同の表情が真剣身を増した。
「規模のある空輸となると、ひょっとしたらこの世界で初かも――」
「どうかな。この世には竜人がいるらしいし、翼を持つ亜人や魔人もいるからな」
慧太は三人を見回した。
「そういうわけだから、輸送にも人員を何人かまわしてくれ。本格的な衝突の後、輸送部隊にはリッケンシルトとライガネンを縦横に飛び回ってもらうことになるから」
「承知しました」
ガーズィが首肯した。
「それで……こちらの戦い方についてですが――」
分身体たちは考え深げに言った。
次回『ドクトリン(戦闘教義)』
軍隊には得意とする戦い方があり、そのための思想、訓練、編成が行われる――




