第二六〇話、サージ・ヴェランス
第一軍第一騎兵連隊の指揮官、サージ・ヴェランスはコルドマリン人だった。
青い肌を持つこの魔人種族は、魔人と呼ばれる種族の中で、もっとも人間に近い姿をしている。
肌は青いがそれ以外は、角があるわけでも牙が生えているわけでもない。全体的に蛮族が多いとされる魔人の中でも、特に知能が高く、学術・魔術方面に才能が伸びる傾向にある。
とはいえ、個々の身体能力では人間よりもひと回り上であり、人間の上位種族と称する者もいるという。
そんなコルドマリン人は、魔人の国でも上位階級に位置する。ヴェランスもまた、第一軍の精鋭、騎兵連隊の指揮官を任せられている。
銀髪に美麗なマスク――故郷に戻れば周囲の貴族令嬢らから黄色い声援を浴びる美男子である。
だが彼はそれに応えることはない。ヴェランスの目に映る女性はただ一人、敬愛する我らが指揮官、シフェル・リオーネだけだった。
自ら堕天使を自称する変わり者という評判は、少なくとも第一軍の中にはない。神々しいまでの白き翼をもった美の化身。傲慢なまでの言動は、しかし口先だけでなく確かな実力に裏打ちされたもの。
人間たちが『ゲドゥート街道の奇跡』と呼ぶ、リッケンシルト国でのアルゲナムの姫と第二軍の衝突。その際、第一軍は駆けつけたが、それ以上の追撃はしなかった。
アルゲナムの姫の予想外の強さに、無策で突っ込むのは愚策とシフェルが判断したのだ。補給不足を理由にしたら、救出した第二軍のベルゼに愚か者呼ばわりされたというが……真に愚かなのは補給を疎かにしているベルゼの方だとヴェランスは思っている。この時の第一軍は充分な物資を持ち、しばらくの行軍が可能だったのだから。
体裁があるため、形ばかりに一個大隊をアルゲナムの姫追撃に出したが、それ以外の部隊は無傷で王都まで引き返すことができた。
この時、第四軍はリッケンシルトの王都を攻略中であり、第二軍に代わり第一軍がその支援を行い、無事に王都攻略を成功させたのだった。
かくて、リッケンシルト国の攻略を推し進め、今に至る。第一軍は次の目標、アルトヴュー王国攻略に備え、二個連隊による国境線の威力偵察を行っているのである。
アルトヴュー国境内、冬によって葉を散らした森の木々。そこに紛れるように、第一騎兵連隊第一大隊が伏せていた。目の前の平原に走る道を、アルトヴュー王国の軍隊が行軍していく。ネール城を出た、カラバン伯爵軍である。
敵は無防備な横腹を向けている。だがヴェランスはじっと待ち続けていた。……彼らがもっとも攻撃に弱くなる瞬間を――
「連隊長」
コルドマリン人の副官が、吐く息も白く、ヴェランスに声をかける。
直後、目の前を行くアルトヴュー軍が陣形を変え始めた。前を行く歩兵が大型盾を持ち、横陣に広がり、後方の弓兵部隊が、歩兵らの後ろにやはり横に広がる陣形を取りつつあった。どうやら、彼らの進路方向上に、飛翔兵の部隊の姿を捉えたらしい。
戦闘隊形への展開。戦う態勢を整えつつある人間の軍。奇襲のタイミングを逸したか? 否、まだ奇襲は可能である。
「大尉。では我々も狩りをするとしようか」
「ハッ!」
副官が後ろにいる信号兵に合図する。鳥笛と呼ばれる笛を吹く信号兵。傍からは鳥の鳴き声にしか聞こえない。魔人兵らはそばに伏せさせていた魔馬の背に次々に騎乗を開始する。
「前進、常歩」
ヴェランスは愛馬を進めながら森を出る。黒や灰色が多い魔馬の中でも珍しい白馬である。手には投げ槍、腰には爪剣と呼ばれるサーベル状の剣。右や左を見渡せば、部下たちが騎乗する魔馬が次々に森から姿を現す。
突撃隊形――横陣に広がるヴェランス率いる第一連隊、その配下にある第一大隊。その数およそ三〇〇。
人間の軍勢は空からの襲撃に備え隊列を組みつつあり、ちょうど魔人騎兵部隊に、側面を向けている格好だった。
ヴェランスは左手を挙げ、それを前に倒した。
突撃。
信号兵が、角笛を吹き鳴らした。
全軍突撃せよ――魔馬に跨る魔人騎兵は、雪上を突撃を開始した。
そしてその角笛の音色は平原に響き渡り、人間の軍隊――カラバン伯爵軍の兵たちも聞いた。
「敵、だと……!」
カラバン伯爵は馬上から、西に広がる森を見やる。そこから雪崩をうって迫る魔人軍の騎兵。それが壁のように押し寄せる。
「森に騎兵が潜んでいただと……! 馬鹿な!?」
自らの常識の範囲外からの襲撃に、伯爵は完全に動転した。配下の騎士たちは呆然とする者、兵たちに指示を飛ばす者と分かれた。
「歩兵隊、右翼へ移動! 急いで壁を形成しろ!」
「ゴレムはまだ起動せんか!」
牽引されてた二足機械兵器――空からの敵が現れたことで、操縦士が乗り込み起動させたが、まだ動くには至らない。稼働時間に制限があるため、戦闘の少し前に起動させるのが基本となっているからだ。だから移動時は、他の牽引手段で運んでもらっているのである。
「弓兵隊、敵騎兵を攻撃――隊列変更、急げ!」
距離のあるうちに、矢の集中射撃による弾幕。それにより敵騎兵の脱落を図るのだが、現在、弓隊は横陣で突っ込む敵に対し真横を向いている状態であり、矢弾の集中が不可能な状態だった。
慌てて、敵騎兵に対応すべく横陣へと展開する弓兵だが、隊列を組み直す頃には、魔人騎兵がすでに殺到していた。射撃どころではなかった。たとえ一撃を放っても直後にやられる――それがわかった兵たちは恐慌をきたし、逃げ出す。
前列の壁となるべき歩兵の展開も間に合わず、魔馬と騎兵槍の蹂躙が、カラバン伯爵軍兵士を襲った。
弾き飛ばされ、槍に貫かれ、兵たちは無残な屍となって雪原を血に染める。
最悪のタイミングだった。雪によって通常時よりも鈍い隊列変更は、機動性に勝る魔人騎兵の突撃を許し、一方的な殺戮が展開された。
「おのれぇっ――!」
カラバン伯爵は声を荒げ、剣を抜いた。従兵が兜を差し出したが、伯爵は見ていなかった。
魔人騎兵は兵たちを倒し、今だ動けずにいるゴレムの操縦士たちを討ち取る。そしてカラバン伯爵と、その配下の騎士たちに狙いを定めた。
「伯爵をお守りせよー!」
騎士たちが馬を駆り、前面に躍り出る。
一方、魔人騎兵大隊を率いるヴィランスは、自らの配下を連れ、カラバン伯爵の近衛隊に迫った。
「敵指揮官!」
勇猛なる魔人騎兵は突撃した。
レリエンディール内では、騎兵といえば第二軍にいるゴーグランの魔騎兵が有名だ。だがヴィランスや他のコルドマリン人らは、あの赤い鬼顔の魔人の騎兵が魔人軍一などという風潮は面白く思っていない。
奴らは蛮族だ。戦いがすべてとのたまい、血を喜ぶ。およそ優雅さに欠ける。多くのコルドマリン人同様、ヴィランスもまたゴーグラン人を見下している。あのような野蛮な連中は、我らがシフェル・リオーネの配下にふさわしくない。あの大飯喰らいのベルゼが奴らを重用しているがお似合いであると思える。そうであるなら、ゴーグラン連中に遅れをとるような真似はできない。
第一騎兵連隊第一大隊は、魔人騎兵の頂点、エリート部隊なのだから。
ヴィランスは突撃する。目の前に人間の騎士が操る馬が迫る。声を張り上げ、突撃する様は敵ながら勇壮。しかし――
ヴィランスは手にした槍を投げる。騎兵用の投げ槍の一撃は、常人のそれを上回るコルドマリン人の筋力と相まって、騎士の甲冑ごとその身体を貫いた。騎士が落馬し、すれ違う頃には、ヴィランスは腰の爪剣を抜いている。
魔人騎兵らは敵の近衛騎士たちを葬ると、指揮官であるカラバン伯爵に迫り、その首を爪剣が切り裂いた。
救援のはずのカラバン伯爵軍は壊滅した。
次話、『傭兵たち』
彼らは集う。主のもとへ――




