第二五八話、王都を目指す理由
慧太たちは港町コールムを出発、一路、隣国であるアルトヴュー王国を目指す。
フルーメン街道に復帰し、シェイプシフターの牽く馬車は、アルトヴュー王国東側国境へ。その客車の中では。
「懐炉ですか……?」
キアハが物珍しそうに、手のひらサイズの皮袋を持つ。ジンワリと温かな熱が伝わり、不思議そうに目を輝かせている。ユウラは皮袋を指差した。
「ちょっと面白そうなので物々交換で手に入れました。中に火の魔石を砕いたものが入っていて、それを袋の上から揉むと、魔石同士が接触して熱を出す仕組みです」
「揉む……」
キアハは皮袋をニギニギと揉んでみた。すると……。
「あ、少し温かくなりました!」
「寒い今の時期には打ってつけなんですが……色々と問題がありましてね」
「問題、ですか?」
「ええ、中のものが魔石なので値が張るんですよ。かといえば、魔石の中でも魔力が少ないクズ石の類を使っているので、あまり長くもたない。……一度使ったら一日程度もてばいいほうですかね」
ユウラが苦笑すれば、サターナは口を挟んだ。
「費用対効果が吊り合っていないのね」
「今のところ、お金持ちの使い捨て防寒品ですね」
それを聞いたアスモディアが小首をかしげた。
「魔石のクズ石……中の魔石を補充するなり変えれば、使いまわしができませんか?」
「できますよ」
「なら、火の魔石を作れれば、その懐炉を量産することも可能では?」
「魔石を……作る?」
セラが少し驚けば、ユウラは何故か意地の悪い顔になった。
「ええ、火の魔石を量産できればね」
「でも現実問題として、それって難しいのでは……?」
セラはユウラに問うた。
「そもそも、魔石って基本的に天然もの、地面などから採掘するものですよね? 人工的に魔石を作る技術は、魔術師たちが研究していると聞きますが、一般流通させられるほどの成功例は聞いたことがありません」
「確かに、一つ二つ作る程度なら、高度な技術を体得した魔術師なら不可能ではありません。質のいいものをたくさん製造というのは、まだまだ研究段階です」
「でもマスターなら――」
アスモディアが言いかけると、ユウラは視線鋭く睨みつけた。
「……いえ、何でもないありません」
何を言いかけたのか――慧太は視線を、交互に向けた。ユウラなら魔石くらい作れる、だろうか?
正直、彼ならそれくらい苦もなくやってのけるだろうと、慧太は思う。何せ、人間の魔術師界隈では、天才の名をほしいままにした人物らしいし。
――ああ、そういえば魔石といえば。
慧太はふと思い出す。
「セラも確か、魔石作ったことがあったよな?」
「え?」
当の銀髪のお姫様が驚いた。ユウラやアスモディア、サターナも注目する。
「セラさん、魔石を作ったことが……?」
「え、いや……私、魔石を作ったことなんて――ケイタ、私、魔石作ったっけ?」
本気でわからないようで訊かれた。慧太は答える。
「ほら、グルント台地の地下で、墓場モグラと戦った時あっただろう? あの時、アルガ・ソラスに魔力を溜めたけど使わなかったから、魔石に変換していたじゃないか」
「あ……あの時の」
セラも思い出したようだった。彼女はポケットを漁ったが――
「ないわ。どこかで落としたかも……」
「あれから色々あったからなぁ」
慧太は目を伏せた。旅の最初の頃だったから、あれから道中どこかで落としていたとしても不思議ではない。リッケンシルト王都でお姫様したり、狼人たちにさらわれたり、衣装を変えたこともしばしば。
ユウラはセラに言った。
「銀魔剣の魔石には興味があるので、もし機会があれば見せていただきたいものです」
「え……ええ。機会があれば」
セラはどこか歯切れが悪かった。
・ ・ ・
三日後、慧太たち一行はライガネン王国からアルトヴュー王国東側国境を越えた。
オーヴェルト街道は、アルトヴュー王都のある中部へと繋がる道……なのだが。
「何とも言えない感じだ」
真っ白な一面に慧太はそう声を漏らした。
馬車はソリへと代わり、街道があるとおぼしき道を西へと進む。たっぷり積もった雪が街道を埋めていて、左右が森で中央が開けているからおそらく街道だろうと推測しての移動だった。
「シェイプシフター様様ですね」
ユウラは言った。雪の上を滑るソリ。アルフォンソがシェイプシフターであるからこそ、その歩行もさまになっているが、普通の馬だったら雪に足をとられ、その速度も鈍ったに違いない。
「雪が積もっている中の移動ってのは、すこぶる大変そうだ」
慧太は他人事のように言った。ドロウス商会のカシオンが輸送距離の長さで難色を示したのもわかる気がする。
「いや、慧太くん。カシオン氏は冬の移動ではなく春先の話のつもりで言ってたと思いますよ」
ユウラが言えば、慧太はそんな青髪の魔術師を見た。
「やっぱり、冬に戦争仕掛けるなんて想像の外だったのか?」
「移動が困難なのは見ての通りです。街道でさえこの有様ですから。基本的に町や集落では冬は引きこもるものです。でも――」
「この冬に移動できる手段があるなら、それだけでかなり有利、だよな」
「ええ」
ユウラは相好を崩した。
「現在の世界の常識からみても、冬は戦争せず、春を待ちます。……慧太くんは、その常識の外から戦争を仕掛けようとしている」
「それが可能なら、仕掛けない手はない」
慧太は、視線をセラへと向けた。
「行き先は、アルトヴューの王都でいいんだな?」
「この国の街道を経由して、戦うための物資が通るわけだから」
セラはその青い瞳を真っ直ぐ向けた。
「アルトヴューの国王陛下にその旨を伝え、了承を得なければ。王族からの許可を取り付けることができれば、道中余計な妨害や横槍が入らないで済むはずだから」
「何もしらない地方領主に物資を取り上げられたらたまらないからな」
他所の国を通って戦争物資を運ぶなら許可が必要――全くもって正論である。
「アルトヴューの国王は、許可してくれると思うか?」
「目的がリッケンシルト国の魔人軍との戦闘。引いてはアルゲナムを取り戻すための戦いだから、認めない理由はないと思う」
少し考えながらセラは答えた。
「アルトヴュー自体、魔人軍の侵攻の危機にさらされているわけだから、私たちが魔人軍と戦うことで、間接的にアルトヴューを守ることにも繋がる」
「つまりは、利害が一致していると言うわけです」
ユウラは頷いた。セラは神妙な調子で言った。
「できれば、アルトヴュー王国からも何らかの支援を引き出せれば、こちらとしてもありがたいのですが」
「あちらさんが、我々をどう見るかによるでしょうね。勝算があるのを認めてもらえるならあるいは……」
ユウラは眉をハチの字に下げる。
「まあ、最悪、物資移動の件を認めてもらうだけでも充分と見るべきでしょうね」
「不安なのか?」
慧太は、セラの表情を見ながら訊いた。彼女は薄く笑みを浮かべたが、どこか強張っていた。
「アルトヴューの王族とはあまり面識がないので。上手く交渉できるか、少し不安」
でも――アルゲナムの姫は顔を上げた。
「国を取り戻すと決めたから。そのためなら私、頑張る。必ず、アルトヴューの国王陛下の許可を取り付けて見せるわ」
「頼もしいな」
慧太は視線を外に戻した。
「しっかり頼むぞ」
次回、『国境侵犯』
彼らは大挙してやってきた――




