第二五六話、バースデープレゼント
カシオンの計らいで、宿を手配してもらった上に晩餐に招待された。
これはドロウス商会にとって、ウェントゥスはよい商売相手になるだろうことを見越してだろう。いや、単にアルゲナムの王族であるセラや、竜亜人(本当は魔人)のサターナと交友関係を持ちたいということかもしれない。……何でもいい。贔屓にしてもらえるなら。
それまで慧太たちは、ドロウス商会の品物市場に買い出しに出た。
魔人軍との本格的な戦闘がどのようなものになるかについては今だ不透明だ。リッケンシルトに行くまでに、二週間ほどかけてアルトヴューを横断する予定である。途中の拠点などで食事や休息はとるが、野宿に備えた携帯保存食や薬などの消耗品などをある程度、調達しておく必要があった。
慧太は、セラ、サターナ、リアナ、キアハと市場を適当にぶらついていた。異国の民芸品や貴金属、生活雑貨、武具や衣服、魚や保存肉といった食糧、馬車の部品などなど、さまざまなものがひしめいていた。
「ねえ、慧太。本があるわ」
サターナが本を置いている一角に足を向ける。革で加工された表紙を持つ分厚いそれは、見るからに硬く、そして重そうだった。……昔、RPGで本が近接武器カテゴリーにあるものを見たことがあるが、なるほど威力はともかく、一応武器になりそうだと思った。
サターナとセラは、どんな本があるか興味深げに表題に目を走らせたが、一方でリアナとキアハは関心がなさそうだった。慧太が視線をやれば、キアハは半ばお決まりのように「字が読めないので」と苦笑した。
字が読めないで思い出した。
「サターナ。お前、西方語の文字読めるんだな」
「なぁに、お父様。いまさら?」
サターナが一冊の本を抱きしめるように持ちながら、振り返った。
「前にセラの手紙、読んであげたでしょ?」
「え、ちょっと――!?」
びっくりしたのはセラだった。
「わ、私の手紙、あなたが読んだの?」
「ええ、とても微笑ましい、愛に溢れた手紙だったわね。……ねえ、あなたたち?」
リアナとキアハへ視線を向ける黒髪の少女魔人。だが狐娘は、すっと視線をあらぬ方向に逸らし、大柄の半魔人の少女は申し訳なさそうに視線を落とした。
「え、え……ケイタ!」
セラが顔を真っ赤にして詰め寄る。慧太は顔を引きつらせて、彼女の追及をそらすように両手をあげた。
「事故だよ! サターナが勝手に取り上げたんだ。別に見せびらかしたりしたわけじゃないから」
「そ……そう。……ホント?」
頬を染めながら上目遣いで聞いてくる銀髪のお姫様。慧太はないはずの心臓が激しく波打つような感覚にとらわれた。顔に熱を感じる。
「ほ、本当だ」
「……わかった」
セラは頷いた。なんだか幼い子供ようなその表情に、慧太は思わず彼女の髪をなでた。サターナは呆れ顔になった。
「あーあ、見せ付けてくれるわね」
「そ、そんなんじゃないから!」
セラが慌てれば、サターナはニヤリを笑った。
「ワタシも、お父様にナデナデされたいわ。……ワタシの中で一度もお父様になでられたことないもの」
「一度も、というのは、本当の親父さんのことか?」
慧太が聞けば、「そう」とサターナは頷いた。
「厳しい人でね。ワタシを褒めてくれたことは一度もなかったわ。武芸大会で一番を取った時も、第一軍の指揮官の座を勝ち取った時も……ほんと、娘には冷たかった。……ひどい人」
サターナは懐かしむように目を細めた。
「ああ、そういえば一度だけ、ワタシの誕生日にお父様がプレゼントをくれたことがあったわね」
「プレゼント、ですか……?」
キアハが口を開く。慧太もまた眉を吊り上げた。
「何をもらったんだ?」
「それが人間の書いた本でね。神への信仰を説いた内容だったけれど、幼いワタシには当然読めなかった。でも、これが読めたら、きっとお父様は褒めてくださるんじゃないかって、一生懸命、人間の言語を勉強したのよ」
へぇー、とキアハが感心したような声をあげた。彼女も今、字が読めない人間なので、共感するところがあったのだろう。
「でも、結局お父様は褒めてくださらなかったわ」
サターナは嘲笑を浮かべた。
「あの人はね、手に入れた人間の本を理解できなかったから、ワタシに押し付けたの。ちょうど、誕生日だったから、モノのついでというやつで」
「……」
周囲の空気が沈んだ。みな、どう声をかけていいかわからずに視線を彷徨わせる。まわりでドロウス商会に出入りする商人や、商品目当ての客の声だけが周囲に響いた。
「ちなみに――」
セラが沈黙を破った。
「サターナの誕生日っていつなの?」
「そうね。――人間の暦と魔人のは違うから……」
漆黒のドレスをまとう少女は少し考える。
「おそらく十日後くらいが、そうじゃないかしら」
「冬生まれ」
ぽつり、とリアナが言った。サターナは頷く。
「とても寒い日だったとお母様が言っていたわ。外に出るのも嫌になるくらい、色々なものが氷漬けになったそうよ」
それは相当の寒さだろう。サターナが魔法で氷を使うのはそこから……なわけないか。ただの偶然だ。それよりも――慧太は、目の前に並ぶ本を見やる。
「何か買おうか? 誕生日プレゼント」
「え、本当?」
サターナが紅玉色の瞳を見開く。
慧太は適当に本をとる。ずしりと重いそれの表紙を開き、中を見やる。……読めなかった。西方語ではなかったのだ。だが、おくびにも出さず慧太は言った。
「本当は直接、その日に何かできればいいが、当日、そういう余裕がないかもしれないからな」
「あら、ワタシに同情しているの?」
悪戯っ子のように笑みを浮かべ、慧太の隣に立ったサターナが、その顔を覗き込んでくる。
「別に。誕生日と聞けば祝うもんだからな。それに一応、オレはお前の『お父様』だからな」
「そう……それもそうね」
サターナは背筋を伸ばした。
「いいわ。今度二人きりで買い物に付き合ってくださらない、お父様? それで手を打ってあげるわ」
「それがお望みとあれば」
慧太は本を閉じて元に戻した。二人きり――セラがジト目を向けてきたが、慧太はただ肩をすくめただけだった。
一方で、キアハが何か物憂げな表情を浮かべる。
「誕生日……」
「ん?」
聞きとめた慧太が振り向けば、黒髪の大柄の少女は恥ずかしげに言った。
「いえ、その……私、誕生日とかわからないので……。少し、羨うらやましいなって」
幼い頃に邪神信仰教団、トラハダスに誘拐され、その身体を改造されてしまったキアハである。夜になれば肌の色が代わり、角を生やす半魔人の姿になる少女――そうなる前は、普通の女の子だったのだ。
「大まかな季節とかはわからないのか? 歳はどうやって数えてるんだ?」
「祝ってもらった記憶がないので、何とも。……歳はトラハダスにいた頃、年が明けたら一つ加算されていたので」
「そうか……」
手がかりになりそうなものはないか。慧太は思案する。それなら――セラが明るい声を出した。
「キアハの誕生日、決めましょうか。それで、その日はご馳走とプレゼントでお祝いするの! ね?」
「セラさん……」
照れたように顔を朱に染めるキアハ。慧太は微笑ましくなって、大柄の少女と銀髪のお姫様の様子を見やる。
すると、唐突に慧太は軽く肩を叩かれた。視線をやれば、いつもの如く無表情のリアナだった。
「……ちょっと話があるんだけど、皆には内緒で」
次回、『サイズ測定』
女性陣のなかでお胸のサイズが一番大きいのはアスモディア。次席がキアハ。
そのキアハの実際のサイズはどれほどのものだろう? 触って確かめよう、と狐娘は言った……。




