第二五五話、運ぶだけでもお金がかかる
ドロウス商会から物資を買い入れる。魔人との戦いで得た戦利品を安く提供することで資金繰りの形も見えてきた矢先、交渉に当たっている若頭のカシオンは首を横に振ったのだ。
「よくよく考えればわかるが、あんたたちは、アルゲナムを奪還するつもりで魔人とひと合戦やらかすという。まずはリッケンシルトにいる魔人連中と事を構えることになるんだろうが……そこまで物資を運ぶのに必要な経費が馬鹿にならない」
要するに――カシオンは身を乗り出した。
「モノを運ぶのにもお金がかかるってことだ。馬車の手配はもちろん、運ぶ連中、馬、さらに盗賊の襲撃に備えて護衛もつける必要があるだろう。しかも問題になるのは」
カシオンが合図すれば、控えていた美女が地図を机の上に広げた。
「ライガネンからアルトヴューを経由してリッケンシルトへ向かうルート、その距離の長さだ。長距離輸送には街道上の都市にある拠点で馬を変える必要がある……そうしないと馬が負担で潰れてしまうからな。その上で、一度に運べる輸送量にも限界があるから、量によっては馬車を増やさないと対応できない。だがそれには金がかかる」
そうなるとだ――
「運賃で、せっかくの儲けが帳消しになっちまう可能性が出てくるってことだ。そちらが戦争にかかりきりになるだろうから、運ぶのはまあ、うち持ちになるだろうが、そうなるとやればやるだけこっちが大損になるってこった」
カシオンは顔をしかめるのである。
「銀竜の品も戦争の戦利品も悪くないが、その儲けを差し引いて、むしろマイナスになるのはビジネスとして成り立たない。そちらが一切合財、うちの手元まで運んでくれて、また必要な物資を運んでくれるっていうなら、うちも喜んで取り引きするんだがな」
もちろん、そんなことをすればウェントゥスは輸送の手配だけで破産だろうが――カシオンの言葉に、慧太はユウラに小声で言った。
「馬車での輸送って、そんなに金がかかるものなのか?」
「ええ。大量に運ぶには数が必要になるので、その分輸送にかかる人員が増えてコストが跳ね上がって行きます。馬だって食事しますしね」
「……アルフォンソに頼っていたから、そこまで馬車に金がかかるとは思わなかったな」
慧太は苦笑する。シェイプシフターであるアルフォンソの馬車が便利すぎるのだ。
馬と違って、食事をほとんど必要とせず、疲れ知らずのタフさ、そして馬車の客車自体、変身の賜物なので故障知らず。こと馬車がらみで金がかかったことはなかった。
だが、同時にそれは、カシオンが渋る理由に対する答えでもあるわけだ。
つまり、そういうことなのだ。
輸送の一切をこちらが――シェイプシフターが引き受ければいい。
食事も余計な人でもかからず、輸送に関する運賃はほぼゼロ。しかも昼夜を問わず行動できるタフさは移動距離を稼ぎ、つまりは輸送に掛かる日時も短縮できる。……いいことずくめだ。
輸送用に、シェイプシフターの分身体を相応に増やさなければならないという問題はあるが、一般的な輸送にかかる問題に比べたら些細なものだった。
「話はわかった、カシオンさん」
慧太は口を開いた。これまで副団長任せだった若い団長が発言したことで、カシオンは片方の眉を吊り上げた。
「わかった、とは?」
「輸送にかかるそちらの懸念を理解した。輸送に関してはこちらで引き受ける。それさえ解決できるなら、こちらが必要とする物資をドロウス商会は用意してくれるんだろう?」
「……話を聞いてなかったのか、団長さん」
カシオンは再び身を乗り出した。
「御宅にそれをやるだけの余裕と金があるのか? 戦争に必要な物資輸送ってのは、でかけりゃでかいほど負担が圧し掛かる。組織の大きい俺たちドロウス商会でさえ頭を抱える問題を、小さな傭兵団に過ぎない御宅らにどうやって解決できるって言うんだ?」
「実はある」
慧太はソファーから振り返ると、控えていたサターナを手招きした。
「こちらには輸送に関して、通常とは異なる方法を用いることができる。具体的な方法については言えないが、それでは納得できないだろう?」
慧太の言葉に、カシオンは頷いた。視線は黒髪ドレスの少女へと向く。
「彼女はサター……サタニア。ドラッヘル人だ」
「ああ、彼女が噂の竜亜人の――」
どうやら傭兵ギルドでの騒動もあってか、ウェントゥスの人員についてもそこそこ評判になっているようだ。……まあ、幻といわれる竜亜人では無理もないか。
「彼女の身内に、専門の輸送手段をもった者たちがいる。それにかかれば問題も解決できる――」
「ええ、任せて、お父様」
サターナが後ろから慧太に抱きつくように腕を回した。
「とびっきり優秀な運び屋連中を手配するわ」
「……いやはや、何と言えばいいか」
カシオンは苦笑するしかないようだった。
竜亜人といわれる少女が、若い団長に絡み、あまつさえ『お父様』などと呼ぶ光景を目の当たりにすれば。
後ろでセラが咳払いした。あまり馴れ馴れしくくっつくのはどうか、という牽制かもしれない。
「ぜひ、その輸送手段とやらを見たいものだが、竜亜人の秘密主義で教えてはくれんのだろうな」
幻といわれる竜亜人。その生活や習慣、種族については人間はほとんど知らない。
存在だけで神秘。同時に人間とは異なる不可思議な術があってもおかしくない――そう思わせるだけのものがあった。
ふふ、とサターナは笑みを返しただけで答えなかった。もっとも彼女は本当のところは竜亜人ではなく魔人なのだが。ただ、カシオンは彼女の反応から、秘密を打ち明ける気がないことを理解する頭はあった。
何とも言えない雰囲気に、静観していたユウラが口を開いた。
「まあ、どうでしょうか、カシオンさん。我々もすぐに大量の物資が必要というわけでもありませんし、こちらが信用できるまで、様子見をされては」
「というと?」
この中で、一番普通に見える青髪の魔術師の言葉に、カシオンは少しホッとしたような顔になった。
「僕らは魔人軍と戦端を開きますが、そこで得た戦利品については先ほど申し上げたとおり、お安く提供します。ドロウス商会さんのほうで、こちらを信用していただけたなら、その時に改めて食糧や物資を買わせていただくということで。……ああ、もちろん銀竜の品はすぐにでも取り引きしますが」
「なるほど。御宅らが口先だけでないことを判断する猶予をくれるというわけだな」
カシオンは不敵な笑みを浮かべた。
「輸送をウェントゥス側でやってくれるなら、普通の取り引きだからな。武器などは北方での需要が見込めるから、こちらとしても損はないわけだ」
「ええ、まずは信用ありき、でしょう」
ユウラは穏やかに言った。カシオンは目を伏せる。
「俺は軽々しく信用を口にする奴を信用しないが、信用してもらうために前向きな姿勢を見せる奴は嫌いじゃない」
ん、とドロウス商会の若頭が頷けば、控えていた美女が紙と書くものを差し出した。
「契約書を作ろうか。……ここまで規格外の相手というのは、正直初めてだよ」
だが――カシオンは唇の端を吊り上げた。
「御宅らウェントゥスとは、個人的にも関係を持っておきたい……そう思わせるだけのものは感じさせてくれるな」
かくて、書類の作成が始まった。傭兵団ウェントゥスとドロウス商会、物資供給と売買に関する契約書である。
「それと、せっかくコールムまで足を運んだんだ。今日はこちらで宿を手配しよう。……もちろん、支払いはこちらで済ませておく。あともしよかったら――」
カシオンは、慧太やユウラから、セラ、サターナへ視線を向ける。
「御宅らウェントゥスと、お姫様方も、ディナーにご招待したいのだが……いかがかな?」
次回、『バースデープレゼント』
え、誰か誕生日なんですか?
ドロウス商会の取引市場に繰り出した慧太たちは――
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