第二五三話、ドロウス商会
港町コールム。
ライガネン王国北西部、フレル海に面する町である。同国北西部海岸線にある町の中で、一番規模が大きく、北部連合をはじめとした国々との貿易の中継点ともなっている。
雪が舞い、周囲の山々や野原は白一色に染まり、それはまた港町の建物の屋根も同様だ。灰色の空の下、慧太たちを乗せた馬車は港町へと到達した。
「ドロウス商会?」
これから向かう場所の名前を、セラは口にした。ユウラは頷いた。
「このあたりでは一番大きく、力のある商人たちです」
青髪の魔術師曰く。
「位と肉親以外は、何でも揃うと言われています。食糧や生活消耗品、武器、美術品や魔獣の部位を使った品々などなど。……あと、あまり大きな声で言えないものとか」
禁制品も扱っているということだろうか。慧太は黙っていたが、ユウラは続けた。
「そんな彼らですから、きっと銀竜の品々は興味を抱いてくれるでしょう。何せ数十年ぶりの珍品ですし、欲しがる人は多いでしょうから」
馬車は進む。地元民から目当ての商会の場所を聞いたあと、そのまま目的地へ直行した。
小雪がちらつく中、様々な品物が運び出され、騒がしい声が行きかう区画を抜ければ、見えてきたのは一軒の堂々たる屋敷。商人というより貴族の邸宅のように見える。
「いかにも金持ってそうな雰囲気」
「儲けているんでしょうね」
屋敷前には門があり、武装した見張り番が立っていた。当然ながら、馬車は止められた。
「何用か? 取引の申し込みなら右手奥の事務に寄れ」
「ドロウス商会の代表と話がしたい」
客車の戸を開け、ユウラは見張り番に告げた。
「本来の手順を無視しているのはわかっていますが、モノがモノですからね。直接、責任者と交渉したい」
見張り番は顔をしかめる。
「うちがドロウス商会と知ってきているんだろうな?」
「もちろん」
「では、さも自らが重要な品を持っていると言い、優先順位を上げようという無礼な商人がいるということは?」
「そんな商人がいるのですか?」
ユウラはさも驚いたふうに言った。見張り番としては、まさにこちらのことを遠まわしに皮肉ったのだが。……もちろん、ユウラはそれに気づいている。
「我々は商人ではないので何とも。……ただ、言葉だけでは信用できないのは道理。これをあなた方のボスに届けていただきたい」
ユウラはポケットから銀竜の鱗を一枚取り出すと、それを見張り番に放った。受け取った見張り番は、思ったよりも重量がありながら、白銀色のそれを見やる。
「銀竜の鱗です。それを大量に持っているのですが、ドロウス商会さんは、この手の品にも興味があると思っているのですが」
「銀竜、だと……?」
「分かる方に調べてもらって結構です。……まあ、おそらく鑑定された方の報告を聞けば、きっとあなたのボスも興味を示してくださるでしょう」
申し送れました――ユウラは改めて、一礼した。
「僕たちは『ウェントゥス』という傭兵団です」
「ウェントゥス……傭兵――」
見張り番は振り返る。門の後ろにある待機所らしき小屋、その中にいた別の見張り番の男が帳面を開く。いったい何が書いてあるのかは、こちら側からは見えない。ややして。帳面を調べていた男が門にいる同僚に頷いた。
「あった。銀竜退治したという新設の傭兵団だ」
「銀竜退治――」
それを聞いた見張り番は視線をユウラへと戻す。すっと背筋を伸ばした。
「失礼致しました。上司に知らせて参りますので、中へどうぞ」
おい、と見張り番が促すと、馬車の前に立って道を塞いでいた武装した者たちが道を開けた。
・ ・ ・
ドロウス商会の本部たる屋敷へと通された。
大理石の床は明るい魔石灯の明かりに反射して輝いている。品のいい調度品が並べられた屋敷内は、この世界の一般的なそれを凌駕し、慧太にはどこか懐かしい、元の世界にいたころの雰囲気を感じさせた。室内は、外とは異なり温かく、外套はむしろ暑さを感じるようで、ユウラもセラも脱いでいた。
お試しとばかりに渡した銀竜の鱗の鑑定が済んだのだろう。慧太たちは、屋敷の奥に案内された。全員でぞろぞろ行っても、リアナやキアハはおそらく話に絡むことがないので、アスモディアと共に待っているよう慧太は告げた。
かくて、ドロウス商会の代表と面談するのは、慧太のほかユウラ、セラ、サターナになる。
通された部屋には、まだ誰もいなかった。案内した商会の人間は、ソファーに腰掛けて待つように告げると、部屋を出て行った。
獣や竜の刺繍の入ったソファーは何とも豪華そうだった。慧太とユウラはソファーに座り、セラとサターナは壁に飾ってある絵画や飾り具を眺めて時間を潰す。
とても静かだった。美術館かあるいは図書館か、無意識のうちに音を立てるのを控えるような空気。
緊張しているのだろうか。それを感じて、慧太は自嘲したくなる。
やがて、ドロウス商会の代表者がやってきた。
「待たせたな、客人。俺はドロウス商会若頭のカシオンだ」
すらりと長身の黒人である。三十代だろうか。若々しく、中々甘いマスクの持ち主だ。黒髪に、鋭い目つき。……女が好みそうな男だが、まあモテるんだろうな、と慧太はそんな第一印象を持った。
ユウラが席を立つ。
「はじめまして。ウェントゥス副団長のユウラと申します。こちらは、団長の羽土慧太」
よろしく――手を差し出され、慧太はカシオンと握手する。武器を扱いなれている硬い手だった。続いて、ユウラとも握手を交わしたカシオンは言った。
「長たる親爺は、ちょっと席をはずしていてな。俺が代わりに話しを聞くことになった。あんたたちが銀竜退治を成し遂げたウェントゥスか。噂は聞いている」
「さすがドロウス商会。情報が早いですね」
銀竜退治が傭兵ギルドに認められてから、まだ一週間も経っていない。情報伝達手段が限られているこの世界では驚くべきことだ。
「なに仕事柄、情報はよき商売のために必須だ。いたるところに根は張っておくものさ」
カシオンは、机を挟んで向かいのソファーに座る。慧太とユウラも腰を下ろした。
「こちらとしても、そのうちウェントゥスとも繋がりを持ちたいとは思っていた。……こんなに早くそれが叶うとは思わなかったがね」
「こんな新設の傭兵団に?」
ユウラが驚いたように言ったが、慧太にはそれがわざとらしく聞こえた。カシオンは笑った。
「銀竜退治をしでかした連中だ。そりゃ興味は湧くさ。しかもこちらとしても、その貴重な品である銀竜の鱗を持ってやってきたのは願ったりかなったりと言ったところだ。……売ってくれるのだろう? 我々に」
「ええ、もちろん。……見せびらかしにきたわけではありません」
皮肉げに笑みを浮かべるユウラ。先ほどから、ユウラばかり話しているが、慧太は特に口を挟まなかった。複数で来たからといってバラバラに話すのでは、逆に交渉の妨げになるというもの。戦いならいざ知らず、こうした交渉事は頭のいいユウラに任せておくに限る。
「だが、ただ売りに来たわけではない、そうだろう?」
カシオンはソファーに肩をついて、足を組んだ。彼の後ろには秘書のように、鋭利な表情の美女が控えている。
「それなら傭兵ギルドに仲立ちしてもらえば済む話だ。もちろん、こちらに直接足を運んでくれたことは感謝してもいいが」
「我々は、あなた方ドロウス商会と取り引きがしたいと思っています」
「取り引き」
カシオンの眉がピクリと動いた。ユウラは事務的に告げた。
「単刀直入に言えば、食糧やその他消耗品などを買いたい。その手の品を一定量、問題なく集めることができるドロウス商会から」
次回、『ゲトゥート街道の奇跡』
慧太たちと魔人軍第二軍の戦いは、世間ではそう語られていたらしい……。
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