第二五二話、腹が減っては戦ができぬ
森の集落から大都市サンクトゥへ。傭兵ギルドに顔を出した慧太は、傭兵長プロートルに依頼の達成と、ライガネンを離れる旨を報告した。
傭兵長は、ゴールドランク昇格早々に国を離れる理由を尋ねたが、慧太はあっさりとした口調で答えた。
「とある王族から、国を取り戻す仕事を引き受けてね。これから西へ行く」
それだけで、プロートルには魔人軍と事を構える仕事であることを理解した。無茶じゃないか、と言う傭兵長だったが、慧太たちの意志は固い。
残念だ、と彼は言ったが、同時に「幸運を」と送り出してくれた。
傭兵ギルドを離れ、サンクトゥ郊外に借りた民家を引き払う。仮の拠点のつもりだったが、結果的にほとんど使うことなく出ることになった。地下倉庫に隠しておいた銀竜の鱗や爪などの戦利品を改めて回収――これは当分の活動資金となるのだ。
かくて、フルーメン街道を西へ。アルフォンソの牽く馬車に乗る慧太たちは、かつて通った道を逆走する形で、まずは隣国アルトヴュー王国を目指す。
外の寒さを考慮してのボックス型の客車。暖房器具はないが、じかに風が当たらないだけで受ける寒さは段違いだ。長時間乗っているともなれば特に。
二頭に分離したアルフォンソが客車を牽き、御者台にはマルグルナがついている。残る七人は、客車の中である。
「まずはアルトヴュー王国」
ユウラが慧太とセラを正面に見据えて言った。
「アルゲナムへ向かう道すがら、アルトヴューを越え、次はリッケンシルト国を抜けなくてはなりません。現在わかっている情報では、レリエンディール軍はリッケンシルトのかなりの部分を制圧し、アルトヴューへの侵攻を窺っているようです」
「そうなると」
セラが口を開いた。
「私たちは、リッケンシルトの魔人軍と戦うわけですね」
「レリエンディール軍の目をすり抜け、密かにアルゲナムへ――という手もなくはないですが」
「現実的ではないわね」
サターナが口をへの字に曲げた。
「アルゲナムにどれくらいの戦力が残っているかはわからないけれど、まわりはレリエンディール軍だらけ。どこからか援軍が来るのならともかく、補給も思うようにいかないでしょうし、ろくな抵抗はできないと思う」
「そうはいうけど、サターナ」
赤毛の巨乳シスター――アスモディアは口を挟んだ。
「現状、リッケンシルトにはレリエンディール軍の二個軍が展開しているわ。対してアルゲナムには配置転換がなければ、第六軍のみ。現状、リッケンシルトの二個軍を無視する手も考慮してもいいと思う」
「考慮はいいけど、実行するかは別よ。そうでしょう、お父様?」
サターナは慧太に話を振った。
「相手は数万を越えてる。こちらは、ここにいるのが全員。まともにやりあえば、どうなるかは自明の理でしょう?」
「まともにやりあえば」
慧太が呟けば、ユウラも意味ありげに「まともにやりあえば」と繰り返した。
「追い込まれているとはいえ、今のところリッケンシルトの残党は健在。他にも抵抗勢力が存在するかもしれないので、我々だけと見るのは早計ですね。……それに」
青髪の魔術師は、慧太を見た。
「我々には、少数ながら援軍がある」
「援軍?」と銀髪の姫君は小首をかしげた。
――いま、それを言うのか。
慧太は少し迷う。おそらく先日放った分身体たちのことだろう。セラにはシェイプシフターであることを伏せているが……。まあ、いいか。慧太は平静をよそおって言った。
「馴染みの傭兵連中に声をかけたんだ。そいつらがアルゲナム奪還のために、オレたちと合流することになっている」
「味方がいる……! 人数は?」
期待のこもったセラの眼差し。あまり期待されても困るが――
「今、人を集めているからな。まだ少ないが、段々と増えていくはずだ」
嘘は言っていない。分身体には、ライガネン近辺の盗賊やら魔獣やらを狩らせて分身体を増やさせている。ある程度それで数を増やしたら、あとは衝突する魔人軍の兵を倒して、処理すればいい。それを繰り返せば、分身体の数は数百、数千におよぶことも決して不可能な数字ではなかった。
――とは言うものの、何か適当な言い訳を考えておかないとな……。
そうポンポンと兵の数が増えたら、いくら傭兵や志願兵に擬装しても怪しまれると思うのだ。セラは、慧太がシェイプシフターであることを知らないが、意外と敏いので、油断すると正体を看破されることもありえた。
「慧太くん」
ユウラの声が、慧太を思考の海から引き戻した。
「今後、味方が増えていくことを考えれば、こちらも兵站を整える必要があります」
青髪の魔術師は、真面目な顔で慧太、そしてセラを見た。
「食糧や消耗品、これらを継続的に確保できるようにしなくてはいけません。レリエンディール軍に抵抗しようとする人々が僕たちの仲間として加わった時、それらを食わせていくだけの物資がないと」
「腹が減っては戦ができぬ、ってやつだな」
「いい言葉ですね、その通りです。とかく武人は武器や兵器の性能ばかりに目が行きがちですが、兵を養う補給も重視してはじめて一流と言えるでしょう」
「兵站の重要性はわかるけれど」
サターナが考え深げに言った。
「現地調達という方法もあるわ。……これは魔人だからってわけじゃなくて、人間の軍隊もよくやっているようだけれど」
「食糧の保存技術、輸送の手間などを考えると、現地徴発は効率がよく、よく用いられる手段ですが――」
でもそれは――慧太が言いかける。徴発とは要するに有無を言わさず物資を手に入れることを意味する。ユウラも頷いた。
「ええ、徴発された集落は荒廃します。しかも今は冬ですから、現地住民も冬を越すので手一杯。この時期に徴発なんかしたら、現地民は飢え死にします」
「それは駄目ですね」
セラは首を横に振る。そのあたりの線引きは、実に明快な答えをお持ちの姫君である。
「なら、どうやって物資を調達する?」
慧太が問えば、ユウラは顎に手をあて、渋い顔になった。
「国なり貴族なりが後ろ盾になって資金や物資の支援をしてくれれば楽なのですが……残念ながらライガネンは北方に目が向いてますし、これから行くアルトヴューもおそらく難しいでしょう」
ユウラの目は、セラをじっと見つめる。
「アルゲナムの血筋、白銀の勇者――これらを利用すれば、という可能性もなくはないですが、協力を取り付けるにはそれなりに見返りが必要です」
「見返り?」
「勝つ保障、そして援助の見返りにセラさんやアルゲナム国が何を返してくれるのか――」
ユウラは目を伏せた。
「現状だと、何を言っても説得力に欠けるんですよねぇ。レリエンディールと戦って勝てるのか、といわれれば、おそらく皆が、セラさんや僕らウェントゥスにそんな力はないと考えるでしょう」
誰も、何も言わなかった。ユウラの言うとおりだろうと、皆が思ったからだ。重苦しい沈黙が馬車内に流れる。慧太は一息ついた。
「だが、あんたには考えがあるだろう?」
そうでなければ、兵站どうこうの話を始めないと思うのだ。ユウラは口もとに笑みを浮かべた。
「ええ。金を持っているのは、何も特権階級ばかりではありません。規模の大きい商人――そこから物資を買い付けようと思っています」
「買う、ということはお金がいるな」
「兵が増え、時間をかければかけるほど、莫大なお金がかかるでしょう」
「そんなお金が、オレたちにあると?」
「何も一括で払うわけではありません。それにお金でなくても物品の交換という手もあります」
まずは――ユウラの笑みは、不敵なものに変わった。
「銀竜の鱗や爪――これらの超絶希少品を手土産に、大商人と関係を持ちましょうか。後方支援の体制が整わなければ、戦争なんて無理ですから」
青髪の魔術師は席を立つと、御者台へ通じる窓を開けた。
「マルグルナさん、進路変更です。北へ――コールムという港町へ向かいます」
次回、『ドロウス商会』
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