第二五一話、ザームトーアの城
ライガネンの地で、慧太たちが新たな誓いを立てた頃、西はリッケンシルト国――その東南地方にあるザームトーア。
小雪のちらつく天候。一面の銀世界はしかし、砲声轟く戦場と化していた。
平地に築かれたザームトーア城は、リッケンシルト国の東南地方、オストクリンゲへと向かう唯一のルート上に存在する。その城壁は高く、ゆうに十五メートルに達し、建築以来一度も攻略されたことがない城として名を馳せていた。
魔人軍の進撃により国土の大半をすでに支配されているリッケンシルト軍残党は、東南地方に逃げ込み、いまこの難攻不落の城ザームトーアにて、魔人軍を迎え撃っていた。
攻めるのは、魔人軍の精鋭七軍に属する第四軍。ベルフェ・ド・ゴール伯爵の部隊だった。
「今まで陥ちたことがないというのは、単に攻められたことがないからでは……?」
雪原上に設営された観測台から、望遠鏡を覗き込むのは、緑色のローブをまとった小柄の少女だった。
茶色い髪を三つ編みにしている少女だが、その髪の間から熊の耳が覗いている。魔鏡をかけている十歳程度の少女――彼女が、魔人の国七大貴族は、ゴール家の当主となっているベルフェ、その人だった。……ちなみに七大貴族の家の子女たちの中で最速で家督を継いでいたりする。それもこれも親父殿がさっさと家督を譲って隠居したせいでもあるが。
「……」
望遠鏡で見やるザームトーア城、その高い城壁が飛来した砲弾によって砕かれていく。
魔人軍側の陣地には、塔のような台座に乗せられた大砲が、一定間隔で轟音と共に砲弾を吐き出し続けている。身長四メートル越えの巨人兵が砲に魔石交じりの巨大な玉のような砲弾を込め、同じく魔石加工された打ち出し棒をもった巨人兵が砲尾わきに待機する。
『撃て!』
砲指揮官の合図に合わせ、巨人兵が砲尾に打ち出し棒を力いっぱいにぶつければ、魔石同士の反発効果――属性の異なる魔石は接触させると磁石のように反発するのだ――により、小さな爆発音と共に装填された砲弾が撃ち出された。
ゴール式18ポルタ砲――聖アルゲナム国の絶対防壁と言われたトゥール防壁を粉砕した、対城壁用決戦兵器と称される大型砲である。アルゲナムはもちろん、リッケンシルトの邪魔な拠点を文字通り破壊してきた、ベルフェ自慢の玩具である。
城の西側に三門、北側にも同じく三門の18ポルタ砲が配置されている。その前面には複数列で固めた重装歩兵が整然と並び、敵の攻撃に備える壁として存在する。
その威力はここでも力を発揮した。いかに高い城壁でもたちどころに砕き、砲の二、三発に耐えられる分厚さを持とうとも、それ以上の数を撃ち込めばいいのである。移動や設置などの準備に数日かかる巨砲18ポルタだが、それに見合う働きは充分に見せていた。
「どう思う?」
ベルフェは、傍らに立つ青顔のコルドマリン人副官に言った。同じく望遠鏡で戦果を確認していた副官は答えた。
「北と西の城壁は反撃能力を失ったとみていいでしょう。欲を言えば、もう少し城壁の下のほうを砕けば、重装歩兵が楽に突入できるかと」
重い甲冑をまとい防御能力に優れる重装歩兵は、打たれ強い反面、動きが鈍くなりがちだ。多少の高低差でもその足並みは大きく乱れる。
「18ポルタは固定砲だ。多少の旋回と仰俯角は取れるが、そこまで器用ではないぞ」
幼い少女の姿の女魔人は、年上の部下にも遠慮はなかった。同じ七大貴族相手だと、妙な『なのです』口調だったりするが、貴族らしくどこか横柄――いや投げやりだった。
「小回りの効く6ポルタ砲を前進させて、突入支援をさせますか?」
「定石だな。まあ、それでやっておくれ」
「ハッ、ベルフェ様!」
副官は伝令を呼びつけ、ただちに待機している砲兵部隊――移動式の6ポルタ砲部隊とその護衛部隊に前進準備を命じる。
「ああ、それと副官、重装歩兵を前進させたまえよ。彼らは足が遅いからね」
望遠鏡から目を離し、ベルフェは告げた。いつもの退屈そうな表情には、何の感情の色も見て取れない。
大型砲である18ポルタが火を噴く。それらはザームトーアの北と西の城壁を砕き続ける。城の中に突入した巨弾は、おそらくリッケンシルトの兵たちをなぎ払い、押し潰しているだろう。
はたして彼らに戦意が残っているだろうか。ベルフェは少し考えたが、すぐに止めた。面倒くさくなったのだ。
・ ・ ・
投石器以上の破壊力を持った砲弾が、強固なはずの城壁を積み木の玩具の如くバラバラにしていくさまは、ただただ恐怖だった。
数百、千を超える敵兵をも防ぎとめるだろう城壁は、なすすべなく崩壊し、壁の後ろに待機していた兵たちを潰して肉片へと変える。
城の天守閣にいた、リッケンシルト国の姫君アーミラ・シャリナ・リッケンシルト王女は、祭壇に祈りを捧げていた。地響きのような音、瓦礫の飛び散る音、悲鳴、叫び声に、十三歳の幼い姫の心は押し潰されそうだった。
「姫様! ここにおいででしたか!」
親衛隊、たしかウィラーと言う名の十人長だ。小柄な彼は、しかし声を張った。
「ルモニー陛下から、城からの脱出命令が出ました。お急ぎください!」
「お兄様が!?」
現リッケンシルト国王ルモニー。先に魔人軍と戦い戦死したリーベル王子の弟であり、つまりはアーミラの兄である。正直、まだ王と呼ぶには慣れないものがある。
「戦況は……それほど悪いのですか?」
「正直、戦いどころではありません!」
ウィラー十人長はアーミラを促しながら、はぐらかしたりはしなかった。
「魔人軍は強力な大砲でこちらの防備を一方的に叩いております! 敵は歩兵部隊を前進させ始めました。砲で先制し歩兵でトドメを刺すいつもやり方です」
「いつものやり方なら――」
アーミラは三十代の親衛隊兵の脇を足早に抜け、礼拝堂を出た。
「対策を立てることはできないのですか!?」
「こちらにも砲があれば……」
ウィラーは幼い姫の後に続く。
「敵が砲を設置する前に叩こうとしても。強力な重装歩兵が守りを固めていて砲を破壊できません。また小型の砲でこちらの隊列を崩してきます。現状の装備では……」
「くっ……難しいことはわかりませんが」
自分から振っておいて理解しきれない自分を恨めしく思いながら、アーミラ姫は言った。
「このままでは、本当にリッケンシルトは滅ぼされてしまいますわ!」
何度、魔人軍の攻勢に敗北を重ねてきただろう。いくつもの拠点、砦、都市を奪われ、多くの者が死んだだろう。王都は陥落し、籠城した王都軍と共に前王である父も死んだ。
「せめて一矢報いることはできないのですか?」
「残念ながら」
ウィラーの沈痛な返事。
「……セラフィナ様、それとあの方をお守りする傭兵たちが、ここにいれば、あるいは」
「セラフィナ姉様」
聖アルゲナムの戦乙女。白銀の勇者の末裔であり、アーミラが公私共に尊敬する女性。果たして彼女は今、どこにいるのだろう……?
ゲドゥート街道の奇跡――追撃する魔人軍の二千名を超える大部隊を、わずか五〇名で防ぎとめ、壊滅させた戦い。その中心にいたのがセラ姫と傭兵たちだという。……アーミラ姫は知らなかったが、そばにいるウィラーは、そのゲドゥート街道の戦いを生き残ったうちの一人でもある。
あの戦い以後、魔人軍の進撃速度が目に見えて落ちた。だが一方で砲と重装歩兵の壁を利用した堅実な戦法に切り替えた魔人軍は、確実にリッケンシルトからその領土を奪っていった。
何か対策を立てなければ、リッケンシルトは滅んでしまう。
アーミラは天守閣のある本城を出た。攻撃を受けているのは北と西側。対して東と南側は無傷。そして城門は南側にあった。
すでに退却準備が進められ、先行する騎兵の部隊が城門の外へと駆けていく。騎兵たちは前路掃討と退却路の確保が役目である。
アーミラは思う。兄であるルモニーや将軍たちは、きっと知恵をしぼって有効な戦術を考え出そうとしているとは思う。だがこのままでは間に合わないかもしれない。
堅実な魔人に対して抵抗手段を考え付くのが先か、あるいはリッケンシルトが滅びるのが先か――それを思うと、アーミラの気持ちは沈むのだった。
・ ・ ・
その日、リッケンシルト国東南地方へと通じるザームトーア城は陥落した。
難攻不落を謳われた城は、準備期間三日、攻撃開始から三時間ほどで魔人軍第四軍に制圧された。
いかな強固な城壁を持とうとも、平野部にある拠点は強大な砲に対抗し得ないことを改めてリッケンシルト軍に思い知らせる結果となった。
なお、戦闘開始から三時間での城陥落は、第四軍単独での城攻めにおいて最短記録だったという……。
リッケンシルト軍は、もはや壊滅の瀬戸際に立たされていた。残す軍事拠点は、オストクリンゲ地方、グスダブ城のみ。
次回、『腹が減っては戦ができぬ』
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