第二五〇話、再出発
夜になる前に慧太たちを乗せた飛竜は、森の集落リントゥに到着した。
すでにユウラたちウェントゥスの一団は村に到着し、積荷を村長と村人たちに引き渡していた。……何でも医薬品と若干の食糧だったらしい。村の中央広場から村長宅に隣接する木造の倉庫へとそれらを運び込む。
仲間たちが、セラの帰還を歓迎した。キアハ、サターナ、アスモディア――よく考えればキアハはともかく他二人は人間と敵対する魔人であるが、旅の仲間として友情を育んだ関係は、容易くそれを踏み越えた。当のセラも笑顔で彼女らと抱擁を交わすのだから、突っ込むのも野暮というものだろう。
……種族全体は嫌いだが、個人としては好む者もいる、と言ったところか。
彼女たちは、一様にセラが髪を切ったことに驚いていた。サターナとアスモディアは特に。綺麗な銀髪だったのに――と二人とも惜しがっていた。同じく髪を短くしているキアハに、セラが「お揃いかな?」と笑みを浮かべれば、大柄の半魔人の少女も照れたような笑顔を返した。
村長との会談を終えたユウラがやってきた。
「お帰りなさい、セラさん」
「ユウラさんも、おかわりないようで」
どうも、と青髪の魔術師は頷くと、慧太へと視線を向けた。
「団長、現状の報告をよろしいですか?」
副団長という立場を意識した口調だった。セラを前に、別に今までどおりでもいい気がするが、慧太は頷いて先を促した。
「村周辺に出没していた黒装束の連中ですが」
「ああ、こっちでも二十人程度と遭遇した」
慧太がマルグルナを見やれば、黒髪メイドが同意した。
「連中、ガナンスベルグの特殊工作部隊でした」
ユウラの言葉に、セラは驚いた。
「ガナンスベルグが……?」
「そうです。連中はライガネン国内で混乱を引き起こすことで、この国の戦力を北方戦線に集中させ難くするつもりだったようです」
「だろうな」
慧太が顎に手を当てれば、セラが青い瞳を向けてきた。
「知っていたの?」
「あ、いや――」
思わず言葉を濁す。実はセラを救援しに来た時、アルフォンソが黒装束を喰らい、その記憶から敵の正体が北方のガナンスベルグ出身の人間だと慧太は把握していた。
ユウラは続ける。
「捕らえた敵兵の話では、このあたりに展開していたのは六〇名。……僕たちはここに来るまでに四〇人を相手にしました」
「オレたちも二〇人を討ち取ったから……」
慧太はセラと顔を見合わせる。
「つまりはこのあたりに連中はもういないってことか」
「そうなりますね」
そいつはありがたい。帰りの心配をしなくていいし、放置するのも厄介なら連中を掃討しなくてはならなかっただろうから。
セラが口を開いた。
「その捕らえた敵兵は? ライガネン王国に引き渡せば北方戦線でも動きが――」
「残念ですが」
ユウラは目を伏せた。
「彼は死にました。逃走を図られてしまい、他の味方にこちらの情報を知らされると厄介と思いまして、やむなく射殺しました」
「そうですか」
セラは少し残念そうだった。慧太はユウラを見る。青髪の魔術師は片目だけを開いて見つめ返してきた。それだけで、彼が嘘をついたことを察した。
真実はおそらくこうだ。最初から捕虜などなく、サターナが敵を喰らって情報を獲得したのだろう。相手が投降すれば別だが、喰らったほうが尋問などしなくても必要な情報を得ることができるのだ。
「となると、オレたちはここでの用が済んだわけだ」
ギルドから回ってきた依頼も果たした。次の仕事もなく、これで堂々とセラの願いであるアルゲナム奪回に向けての活動をウェントゥス傭兵団は行うことができる。
視線を向ける。見ればリアナが村周囲の森を出て、こちらへやってきた。……そういえば先から彼女だけ姿が見えなかった。
「お帰りなさい、リアナさん。周囲はどうでした?」
「敵の姿はない。今のところ問題ない」
淡々と告げるリアナは、慧太に頷くと、セラに歩み寄った。
「お帰り」
「ただいま……」
銀髪の姫が軽く手を上げれば、リアナは自身の手でタッチした。ハイタッチ……と言っていいかわからない軽さだが、仲のよい挨拶は挨拶だろう。髪切った、と言うリアナにセラは苦笑する。皆に言われる運命である。
これで全員だな――慧太は声を張り上げた。
「みんな! 集まってくれ!」
少し離れていたサターナたちもやってくる。飛竜の姿のアルフォンソものっそりとやってくるが、やや離れたところでその様子を見ていた村人らが物陰へと引っ込んだ。悲鳴を上げないのは、傭兵たちが何の反応も示さず、飛竜を受け入れていたからだろう。
「ここでの仕事は終わった。で、オレたちウェントゥスの次の仕事が決まった!」
慧太は視線を走らせる。リアナ、ユウラ、サターナ、アスモディア、キアハ、アルフォンソ、そして黒髪メイドのマルグルナに。
「アルゲナムの奪回。魔人軍による支配から、セラの故郷を取り戻す戦いだ」
キアハ、サターナ、アスモディアが、銀髪のアルゲナムの姫へと視線を向けた。セラは頷く。
「ライガネンは動かない。オレたちが目論んだ、ライガネン軍の春の大遠征はなく、今のところ当てにできる戦力はオレたちしかいない状態だ。魔人軍の大戦力を考えれば、ちと難しい任務だ」
「少し?」
サターナが腕を組んで皮肉げに笑んだ。ユウラも苦笑している。
「元はといえば、オレはセラを助けたいと思って決めたことだ。で、ここで言うのもあまり格好が悪いが、敢えて言う。もし、今回の仕事を降りたいって言うならオレは止めない。傭兵は命あってのモノダネ――今回は特に命に関してかなりハードだからな」
降りたい奴は? ――慧太はぐるりと仲間たちを見回す。
「戦えるならそれでいい」
リアナは淡々と、しかし真っ先に口を開いた。
「わたしは、慧太と同じ戦場に行く」
「わ、私も!」
キアハが手を上げた。
「ケイタさんたちに拾ってもらった命です! 皆さんと一緒に、私も戦います!」
「まあ、愚問よね」
サターナは何の迷いも見せずに言った。慧太は漆黒のドレスの少女を見た。
「相手は魔人、お前の同郷だぞ?」
「ワタシは聖人ではないわ。戦場で対峙するなら、同郷人でも殺すわよお父様」
そうか――慧太は頷いた。
アスモディアは目線を逸らした。
「わたくしは、マスターのご意志のままに。……もとより逆らう権利など持ち合わせていないわ」
そのマスターであるユウラも苦笑する。
「まあ、我らが団長が望まれるのであれば、僕も力を貸しますよ。副団長ですから」
アルフォンソとマルグルナは――聞くまでもなかった。慧太から生まれたシェイプシフター、その意志は、慧太の意志とほぼ同じなのだから。
「……共に戦おう」
慧太が腕を前に出せば、アルフォンソとマルグルナを除く団員たちは円陣を組むように集まり、その手にそれぞれ手を重ねていく。
「まずは六人。だがアルゲナムにつく頃には人数は増えていくだろう」
慧太は言った。
「ここから増やしていこう」
「七人です」
慧太の隣にセラが進み出て、その手を一番上に重ねた。
「仲間はずれは、なしですよ」
「あぁ、そうだった。アルフォンソとマルグルナを忘れていた」
おどけるように言う慧太に、セラは頬を膨らませた。
「もう、意地悪ね、ケイタ」
アルゲナム奪回――セラの悲願。それを成し遂げるために慧太は力を貸す。仲間たちと共に。
彼らの、再出発の時。
次回、『ザームトーアの城』
遠く離れたリッケンシルトの地。進撃するは魔人軍第四軍。
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