第二四七話、フレーメン街道
リントゥ村近郊の森の中、黒装束集団に襲撃を受けた慧太たちウェントゥス傭兵団。だがそれを撃退したのもつかの間、鋭敏な聴覚を持つリアナが、森に潜んでいる敵の存在を告げた。
近くに敵がいる――そう言ったリアナだが、とくに構えも取らずに立っている。慧太も警戒はするが、それまでどおり気づいていない風を装う。
「敵は?」
「隠れているのは三……いえ、四人」
「そこから撃てるか?」
リアナは二本の短刀のほか、弓を所持している。元々狩人としての資質の高い狐人だが、彼女もまたその腕前はずば抜けている。
「撃てるけど、たぶん当たらない。連中もそこまで間抜けじゃない」
「……ふむ。どうしたものか」
慧太は、ユウラへと視線を向けた。
「オレたちの任務は、リントゥ村まで運ぶ荷物を守ることだ。連中の掃討は、依頼に含まれていると思うか?」
「向かってくるなら迎え撃つだけですが……」
ユウラは、死体の検分をやめ立ち上がった。
「とりあえず、リントゥ村へ行くだけ行きませんか? 村などの状況を見て、判断すべきかと」
「……そうだな」
慧太は首肯した。いま決めたところで、その通りに動かなければならないということもあるまい。臨機応変である。
――……。
気配を感じ、顔を上げる。深い灰色の雲に覆われた空。黒い鳥――鷹が東から飛来するのが見えた。伝書鳩ならぬ、伝書鷹。……シェイプシフターの分身体だ。
王都からだろう。最近ではセラからの手紙を運び、もはや日常の光景となりつつある。
赤槍を手にシスター服のアスモディアがやってきて、呆れも露に言った。
「またセラ姫からの手紙?」
依頼遂行中という緊張感のなか、恋文ないし業務連絡がきて、半ばしらけたのだろう。
慧太は手を伸ばし、伝書鷹を乗せると、慣れた手つきで手紙を回収。すると鷹はすぐに慧太の手を離れ、雪の上に降りた。……手紙が開けるように移動したのだ。
慧太は、筒の中でロール状に丸められた手紙を引っ張り出す。ユウラは何とも言えない顔で、我らが団長が手紙を読み終わるのを待った。まわりに敵がいるという話だが、それに気づいているリアナが警戒を強めない限りは、大丈夫だろう。
「マルグルナからだ」
慧太は眉間にしわを寄せた。
「セラが城を出た」
「何ですって?」
アスモディアが手紙に近づき、リアナ、サターナも視線だけを向けてくる。ユウラは慧太の正面まで歩いた。
「『ライガネン議会は、北部戦線に注力。西方アルゲナム救援は、北方問題が解決ないし、決着がつく見通しがついた後とする……』」
慧太は押し黙る。しばし文面を見つめたあと、手紙をロール状に丸めた。
「西部戦線は守りを固めるのみ――春先のアルゲナム遠征はこれでなくなったな」
「もしそれが本当なら」
アスモディアは腰に手を当てた。
「レリエンディールにとっては好機だわ。ライガネンが後ろを向けている間に、アルトヴューへ侵攻。もしそこで突破できれば――」
「早期のライガネン侵攻もありうる」
サターナがやってきた。漆黒のドレス姿の少女――かつて精鋭軍である第一軍を率いた将軍は断言するように言った。
「何もかもうまくいけば、夏前にはライガネンへ攻撃をかけられるのではないかしら。ワタシが軍を率いる立場なら、この好機を逃さない」
「……」
慧太は視線をユウラへと向ける。青年魔術師は頷いた。
「レリエンディールの精鋭軍を率いた二人の意見に同意です。この状況は――」
「いや、ユウラ。そうじゃないんだ」
ウェントゥス傭兵団団長であるシェイプシフターは首を横に振る。
「セラが王都を出たのは、一刻も早くアルゲナムへ戻るためだ。そしてオレたちと合流しようとしている」
「ええ、そうです」
「ライガネンが動かない以上、いまはそれに言ってもしょうがない。問題は、この近辺に例の黒装束連中が出没するということだ。……セラが襲われるかもしれない」
「すぐに彼女と合流すべきですね」
ユウラも頷いた。だが慧太は小首をかしげる。
「そうだ。だがオレたちは依頼を遂行中だ。物資輸送を放り出して迎えに行くわけにいかない……。そこで」
「わかりました。行ってください、慧太くん」
青髪の魔術師は笑みを浮かべた。
「ここは僕らで片付けます。あなたは、セラさんを迎えにいってあげてください」
サターナ、アスモディアが首を縦に振った。周囲を警戒しているリアナ、キアハを見れば、彼女らも頷いた。理解が早くて助かる。
「……すまないな。ここは任せるぞ」
アルフォンソ! ――慧太が声を張り上げれば、シェイプシフターの分身体である黒馬が馬車を離れてやってきた。
慧太はその背中に飛び乗ると、雪の森の中を東へと疾走した。
・ ・ ・
フルーメン街道は、一昨日の雪で真っ白だった。ライガネン王都から西へと伸びているこの道の行く先は、大都市サンクトゥ。
雪が積もり、ところによっては道脇に一定感覚で置かれている標石のおかげで何とか街道をわかるそれを、外套にフードを被ったセラとマルグルナが歩く。
わずかに馬車が通った馬の足跡や轍が見て取れるが、あまり数はなかった。一昨日の雪の影響で街道を使って移動する者が減っているのだろうか。
寒かった。マルグルナが手袋を貸してくれなければ、手を出して歩くのもきつかっただろう。
歩き続けているせいで、吐く息は白い。周囲に立ち並ぶ木々。それがわずかでも風を弱める効果があるかはわからない。
「馬があれば、もう少し移動が楽だったのかな……」
「城の抜け道を通るには馬では少々無理があるかと」
マルグルナは例によって淡々と、真面目に返事をした。セラは苦笑した。
「こうだだっ広い景色が広がっていると、そこを歩くことが忍耐を鍛えるトレーニングに思えてくるわ」
「多くの旅人は徒歩です。馬に食べさせる食糧などを考えれば、時間はかかっても懐には優しい」
「馬を維持するのにはお金がかかる」
「そういうことです」
マルグルナは頷いた。
城にいた頃は、ほとんど事務的な会話ばかりだったが、今こうして他愛のない話に付き合ってくれるメイドにセラは好感を抱く。黙っていても別に気まずいわけではないが、少し寂しいのだ、黙々と歩くのが。
「サンクトゥにはもう一日くらいかしら?」
「夜は動かないので、そうなると思います。……何事もなければ」
「何事もなければ」
セラは同意した。盗賊や獣――しかしこの寒さで、果たしてどの程度、それらが活動しているのだろうか。
「姫様」
マルグルナの声に緊張感が走った。セラもその青い瞳を正面に向ける。
街道の真ん中に、馬車が一台止まっているのが見えてきた。……そう、止まっている。少し前から何かあるのは見えていた。近づいていくことで、その形がおぼろけながらわかってきたのだ。
「立ち往生している、ように見えるわね……」
「人の姿は……見えませんね」
「荷台で横になっているのかしら……それとも向こう側か」
セラは歩を進めながら、しかし緊張感を漲らせていく。
「何かトラブルに見舞われているなら、助けてあげたいけれど」
何となく嫌な予感がした。
「……以前、街道の真ん中に人が倒れていたことがあったんだけど、それは狼人が私をさらうために仕掛けた罠だったのよね」
思い出しただけでも寒気が走る。さらわれ、拘束され、魔法も使えず捕らわれた苦い記憶。慧太が助けてくれなければ、今頃どうなっていたか。
「用心はすべきだと思います」
マルグルナはそう言ったが、表情に微塵も揺らぎはない。メイドにしておくには惜しい冷静さだ。いや、彼女も本当は戦士なのかもしれない。見たところ、彼女は武器を携帯しているようには――腰に短剣を所持しているのがバッグの陰から見えた。
「何か荒事だった時、あてにしてもいい?」
「お任せください、姫様」
マルグルナはいつもの淡々とした表情ながら、頼もしさを言葉から感じさせた。……かつてアルゲナムにいた頃、セラをサポートした親衛隊の副長らと同じ類の力強さを。
かくて、セラとマルグルナは、用心しながらも足早に街道に止まる馬車へと近づいた。
次回、『謎の黒装束集団』
先日、レビューをいただきました! 大変うれしいです。
(ランキングは遠いなぁ……)




