第二四三話、ゴールドランカー
登録から二週間経たず、新設の傭兵団がゴールドランクまで上がった例は、ライガネン王国の傭兵ギルドでは初めてのことらしい。
傭兵ギルドの所長室――プロートル氏が傭兵長と呼ばれているなら、傭兵長室が正しいか。その彼は、銀竜退治にはそれだけの価値がある、と言った。
そもそも銀竜ズィルバードラッケが災厄を振るったのは数十年も前の出来事であり、プロートル自身、まだ生まれてもなかった頃の話だ。もはや伝説の存在となった銀竜の強さは、やや誇張されている印象を与えたが、実際戦った慧太も強敵であったことに関しては異論を挟まなかった。
傭兵団ウェントゥスは、ライガネン傭兵ギルドからゴールドランク認定の傭兵団となった。他国出身で固められているこの傭兵団に対し、プロートルは傭兵ギルドのルールを説明した。
地域紛争や戦闘行為、他種族との争いなど、武力を必要とする事案や問題に対し、報酬で活動するのが傭兵。たまに君主などにも雇われ、戦争にも出かける。
だが金で雇われた傭兵たちは、いざという時、自らの命を優先した。傭兵は命あってのモノダネとよく言われる。雇われ傭兵たちに、雇用主への忠誠心など皆無に近い。
しかし雇用主からすれば、大枚はたいて雇ったのに、ヤバいと見るやさっさと職務放棄されるのはたまったものではない。……特に自らの命が掛かっているような場合は。
信頼できる傭兵――果たしてそんなものが存在するのか疑問であるが、雇用する側としては、きちんと仕事をこなす者であって欲しいというのが人の心というものだ。
そんな中、作られたのが傭兵ギルドである。
傭兵への依頼をここに集中させ、さらにその仕事を遂行できるのは、ギルドへ登録した傭兵のみ、という構造を作ったのだ。
専属契約や直接雇用以外の傭兵たち、特に新参や弱小傭兵グループはこぞってギルドに登録した。何故なら、依頼を探す手間が大幅に軽減されたのだ。ギルドを訪れればそこで適当な依頼を見つけることができるようになった。争いの起きそうな場所に赴いたり、有力者にコネ作りの売り込みなどをしなくて済むようになったのだ。
一方の雇用側は、ギルドを登録制にしたことで、容易に必要な質、量の傭兵を集めやすくなった。また登録傭兵にランクをつけることで、能力の高さや依頼の遂行度を測りやすくした。……肝心な場面で逃げるような傭兵は、ペナルティとしてのランクダウンや追放の処置を課した為に、軽々しく職務放棄をする傭兵も減らすことにも成功した。
「死守義務はないが、いい仕事にありつきたければ、簡単に逃げないことだ」
プロートル傭兵長は、そう慧太に告げた。
「とくにライガネンで傭兵業をしようというなら、専属契約でも結ばない限りは、まず依頼を見つけるのが困難だと思ってくれ」
傭兵長は部下を呼ぶ。机の上に金のプレートが置かれた。
「君たちの『ウェントゥス』の新しい傭兵証だ。見ての通り、ゴールドランクだ。適当に服につけても、首飾りにしてもいい。この前ギルドが発行した銅の傭兵証は……まあ悪用さえしなければ好きにしていい」
プロートルは自身の口ひげを撫でた。
「あと君を含めた団員たちそれぞれに銀竜退治の話や、先のバシュラ傭兵団との決闘での評価などから、ランクを付けさせてもらった」
次に渡されたのは、先ほどのよりやや短めのプレートだ。金が四つに銀が二つ。
「ハヅチ団長、ユウラ副団長、それとサタニア嬢、リアナがゴールド。キアハ、アスモディーネはシルバーのプレートだ」
ちなみに、サターナとアスモディアは偽名である。あまり変わらない気がしないでもないが、そのままというのも魔人貴族であることを思えばあまりよろしくない。
「この判定基準は?」
「ユウラ副団長とリアナは、リッケンシルトでの傭兵界隈で有名だった。ライガネンにもその名を知る者は少なくない」
魔術の天才、かたや狐人の暗殺者――なるほど、と慧太は思う。
「団長の君やサタニア嬢は、銀竜退治の働きはもちろん、バシュラのゴールドランカーに勝った。その実力はゴールドランカーと同等、いやそれ以上と判断した」
キアハとアスモディアは対戦相手がシルバーランカーだったのが影響したようだ。銀竜戦ではキアハは負傷でダウンしていたし、アスモディアは尻尾の毒で銀竜一頭を仕留めた――とは言えなかったので、仕方がない。何気にサターナを『嬢』呼ばわりなのは、竜人という扱いだから敬称なのだろうか。
「それで、ハヅチ団長」
改まってプロートルは言った。
「ひとつ、ゴールドランカー向けの急ぎの依頼があるんだが、引き受けてもらえないだろうか」
「オレたちが?」
何とも嫌な予感がした。怪訝に眉をひそめる慧太に、傭兵長は苦笑した。
「本当はバシュラあたりに依頼しようと思っていたんだが、先の騒ぎで依頼どころではなさそうだからな。……もちろん、報酬は弾む」
「オレたちは奴らの代わりですか?」
皮肉げに言う慧太。プロートルは眉を吊り上げた。
「君たちが持ってきた銀竜の頭を高額で買い取る。多少色をつけて」
「――だってさ」
慧太はユウラに確認をとる。青髪の魔術師は頷いた。
「いいのでは。特に急ぎの用件もありませんし」
「なら、決まりだな。……話を聞きましょう」
慧太はプロートルに向き直った。
・ ・ ・
依頼というのは大都市サンクトゥから、南西に一日の距離にある森の集落リントゥへの物資輸送、その護衛だった。
何でも森に得体の知れない魔獣や正体不明の黒装束の盗賊団が現れ、それが村を孤立化させているのだとか。当初は盗賊退治の比較的軽いものとして低ランクの傭兵たちが任務に就いたが、いずれも失敗。傭兵側に死傷者が続出した。
「何とも物騒な輩がいるものだ」
慧太は馬車に積み込まれる食糧などを見ながら呟いた。ユウラが隣に立った。
「浮かない顔ですね。依頼ですよ?」
「まあ、そうだが」
「当てましょうか?」
ユウラは笑みを浮かべた。
「王都に到着するのが数日遅れてしまう。……セラさんと早く会いたいんでしょう?」
「心配ではある」
慧太はライガネン王都があるだろう東の方向を見やる。
「最近、彼女の不安が手紙から伝わってきてるから。……そばにいてやりたい」
「……からかったつもりだったのですが」
ユウラは小さく首を横に振った。
「それは確かに心配ですね。……なら、何故この依頼を受けたんです?」
「村ひとつが孤立化している」
慧太は淡々と言った。
「数十人の命が掛かっているんだ。見ず知らずの他人と放っておくのは寝覚めが悪いだろ? それに、セラならこういう場合」
「見捨てない、ええ、そうですね」
彼女なら、わかってくれるでしょう――ユウラの言葉に、慧太は頷く。
真っ直ぐ見つめる東の空。その空の下にいるだろう銀髪のお姫様の面影を思い出しながら、慧太は心の中で呟いた。
――がんばれ、セラ。
最新の彼女の手紙の通りなら、今頃、ライガネン王城議会堂で、方針会議が開かれている頃だった。
次回、『されど、その意志は固く』
本日は、夜にもう1話更新予定です。
お楽しみに。
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