第二四一話、魔法武器
バシュラ傭兵団ゴーラと、ウェントゥス傭兵団アスモディアが対峙する。
「あたしの相手は、シスターさんかい?」
ゴーラはふふんと鼻を鳴らした。
「傭兵団にいるっていうのは、はぐれシスターさん?」
「なに? この格好じゃやりにくい?」
アスモディアは楽しそうだった。余裕である。
「いいえ。その神様を信仰する服をズタズタにしてやるのは、ギャラリーも喜ぶだろうと思って」
「愉快な趣味をお持ちですこと。わたくしと気が合いそう」
でも――パチリ、とアスモディアが指を鳴らした瞬間、シスター衣装は、彼女の戦闘服たるビキニアーマーもどきの露出の強いものに変わる。観客の男どもが獣のような雄叫びをあげた。
慧太は口をへの字に曲げる。
「寒くないのかね、あれ」
今は冬である。町並みにも雪が残っている。……それとも魔力構成体の召喚奴隷であるアスモディアは、そうした寒さを感じないのだろうか。
慧太のぼやきをよそに、ナルゾが眉をひそめた。
「彼女、シスターではないのか? あれはハレンチな格好ではないのか?」
「あれはなんちゃってシスターだから、本職じゃないんだ」
溜息がこぼえる。
立会人であるプロートル傭兵長の「始め」の合図で決闘が始まる。ゴーラの振るわれた腕から巻きついていた鎖が飛ぶ。アスモディアは赤槍を構え、鎖を叩き落す。
「こんなもので……! 隙だらけよ!」
アスモディアは距離を詰める。だがゴーラは唇の端を吊り上げた。
「フフ、この鎖をただの鎖と思わないことね!」
「!?」
まるで意志をもった生き物のように鎖が突然進路を変える。弾いたと思っていた鎖が二本、左右から迫る。右からの一撃を槍で弾き、左の一撃は身をそらしてかわす。……アスモディアの大きな胸が揺れ、周囲がどよめく。
慧太は視線をナルゾへ向けた。
「魔法は禁止じゃなかったか?」
あの空中で向きを変えた鎖。どう見ても、通常の物理機動を無視している。
「魔法は禁止したが、魔法武器は禁止していない」
ナルゾは腕を組んだまま、ぶっきらぼうに答えた。慧太は「あー」と小さく頷いた。
「確かに、禁止していない」
「物分りがいいな」
「別にあれくらいで卑怯とか思わない」
そもそも召喚奴隷――すでに通常の生き物と違う身体になっているアスモディアが死ぬなんてことはないので、たとえ彼女が苦戦しようとも慌てることはないのだ。
「あの鎖、何本あるんだ……?」
見つめる中、ゴーラの放った鎖が四本、いや五本か。ヘビのように動きながら四方八方から迫る。
「ところでナルゾさん」
慧太が改まって声をかければ、貴族の三男殿は怪訝に「なんだ?」と返してきた。
「あんたのその剣、それも魔法武器か?」
「……わかるのか?」
「ああ、ついてる魔石が上物みたいだ。剣自体も高価なんだろう?」
「ふふん、貴様にこの価値がわかるとはな」
ナルゾはゆっくりと剣を抜き、見せつけるように蒼く輝く刀身を見せた。ユウラが口を開いた。
「ペリン金属ですか。鋼より硬い魔法金属の」
「その通りだ。古代の地下亜人の工匠が作り上げた業物だ」
上機嫌で、慧太やユウラにその剣先を見せる。突きつけたりするそぶりもなく、普通に見せてくれる。
「貴様は? 得物はその短剣か?」
ナルゾが聞いてきた。慧太は腰の短剣を抜いた。
「まあ、あんたの名剣ではないが頼りにはなる」
「ふむ……」
慧太の短剣――シェイプシフターとして構成される体の一部からなっているものなので、その気になれば長さはもちろん、短剣以外の形に変えることができる。が、それを彼に教えてやるつもりはない。
「安物だな。……そんな武器で僕に挑もうというのか?」
「悪いか?」
「僕が剣を貸してやろう。我が魔法剣には劣るが、使い勝手と硬さは保障する」
……本気か、この男は。慧太は片方の眉を吊り上げた。だがナルゾは大真面目で、何か企んでいるようには見えない。
「敵に塩を送るって、あんたに何の利が?」
「塩……? どこの言葉か知らないが、貧相な武器の相手と戦って勝っても僕に何の誉れもないからな」
無礼だ、何とか言って命を懸けた決闘まで申し込んでおいて、その言い草である。貴族様の考えることはよくわからない。
ひときわ大きな声が周囲から上がる。戦いか――見れば、アスモディアが鎖に縛り上げられているところだった。そのきめ細かい素肌を金属のヘビが絡みつき、彼女の身体を締め上げていく。
「くぅ……くあぁっ!!」
悩ましげなアスモディアの苦悶の声。もがくたびに、その胸が揺れ、周囲から妙な声が上がる。
――何やってるんだ、あいつは。
慧太は首をかしげて、呆れる。次の瞬間、ゴーラの持つ鎖がアスモディアにぐるぐると回り、ついでピンと張った瞬間、彼女の首を絞める。
「吊るしのゴーラ、ね」
なるほど、と慧太が感心している横で、サターナが口もとに皮肉な笑みを浮かべた。
「まるでペットの首輪みたいだわ」
つまりはいつものアスモディアか――慧太は髪をかくが、瞬間、ゾクっと寒気が走った。
ユウラが笑みを貼り付けつつ、しかし怒りのオーラを発していた。
「アスモディア、あんまりみっともないところを見せないでくださいね」
それが聞こえたのか、アスモディアが苦悶に歪む表情を見せながらも、ちらとこちらを一瞥した。
次の瞬間、地面に落ちていた赤槍が意識を持ったように動き、アスモディアとゴーラの間に張られていた鎖を一撃のもとに断ち切り、彼女に呼吸の自由を取り戻させた。
「な、槍が勝手に!?」
ゴーラが驚く。
「まさか、魔法!?」
「いいえ、魔法武器よ……!」
アスモディアがニヤリとすれば、赤槍は赤い大蛇へと姿を変え、ゴーラを襲った。突然の現れた化け物ヘビにゴーラは悲鳴をあげ、あっさりとその身体に捕まった。そして締め上げられれば、あっさりとゴーラは失神した。
確か、大蛇の締めつけって人間の骨を軽く砕くくらいあるんだっけ。いつの間にあんな技を身に付けたのか――慧太は目を閉じれば、ユウラは笑顔のまま言った。
「サターナさん。あとでアスモディアに適当な罰与えておいてください」
「あらあら、彼女のマスターは相当お怒りのご様子ね」
苦笑するサターナ。慧太は、うんと伸びをした。――次はオレの番だ。
「やるか!」
ナルゾは頷くと、決闘の場へ。バシュラの団員にゴーラが運び出される中、慧太はアスモディアとすれ違う。
「お前、あとでお仕置きらしいぞ」
うっ、と顔を引きつらせたのも刹那、顔を紅潮させるアスモディア。ドMめ。彼女を無視し、慧太は右手に具現化したガントレットを装着するふりをしながら、ナルゾと向き合った。
「いちおう確認するが、本当にやるのか?」
「決闘を申し込んだのは僕だ。うちの団員がやられているのに、決闘を撤回するのは臆病者の誹りは免れられない。それに、僕は貴様を倒す!」
青みかかった魔法剣を抜き、慧太へと向ける。
「それよりも貴様は本当に短剣一本で僕と戦うつもりか?」
「気にするな、負けた時の言い訳にするつもりはない。……オレが勝つからな」
「ふん、その減らず口。後悔させてやる!」
右手の剣を下ろし、左手には盾。典型的な騎士――前衛装備。ナルゾのあの高そうな甲冑は堅そうだが、重量は見た目ほどはなさそうだった。つまり、そこそこ動けるということだ。
――おまけに魔法剣だもんな……。
果たして、何か効果があるものなのか。先のゴーラの魔法鎖同様、魔法武器の付加効果なら魔法としてカウントされない。
本来、能力が奇襲向けなシェイプシフターにとって、衆目の中の決闘など不利なフィールドである。影は使えないし、分身もダメ。怪物認定である自身の正体を明かす愚は犯さない。
――まあ、だからこそ、やることはもう決まってるんだけどな。
両者、構え――プロートル傭兵長が決闘者に促した。
次回、『鎧袖一触』




