第二四〇話、竜亜人
傭兵団ウェントゥスとバシュラ、その代表者による決闘は、三人目となった。
漆黒のドレス姿の少女が、決闘の場に出てきたことで、見守る傭兵や観客たちはざわつき、同時に不安の声を上げる。
バシュラ側の傭兵、首狩りの異名を持つクエリオは嘲るような笑みを浮かべた。
「オレ様の相手は、こんなメスガキかよォ。ウェントゥスってのはそんなガキまで使わないといけないほどの人数不足か?」
周囲から何人かは同意の笑い声が上がったが、バシュラのリーダー、ナルゾは笑わなかった。すでに団所属の二名が、ウェントゥスの女子に敗れているのだ。
「言っておくがお嬢ちゃん! オレ様は血を見るのが好きなんだ。殺さないようにしてやるけど、加減はしねえからなァ」
「あら、顔に似合わず、意外と優しいのね」
サターナは、逆に歳相応に見えないほど落ち着き払っている。そういえば、彼女の実年齢はいくつなのだろう、と慧太は思った。自分より年上なのは疑いようがないが、彼女を取り込んだ時、不要な情報だからとばっさり捨ててしまったから思い出せなかった。
「優しい……? とんでもねェ」
クエリオは、ゾッとする笑みを浮かべた。
「すぐその可愛い顔を涙でぐちゃぐちゃにしてやるからなァ。手足の骨を砕いて、遊んでやるからよォ! ケッケッケ!」
どうやら猟奇的な趣味をお持ちのようだった。慧太の視線はプロートルを避け、相手傭兵団のナルゾへ向けた。
「……よくあんなの手元に置いておくな」
「腕は確かだ」
ナルゾは腕を組んだまま言った。
「……なんだ? 相手を変えろというのか? それなら貴様が変えろ。あのお嬢ちゃんがかわいそうなことになる前に」
「お気遣いどうも」
慧太は視線を戻した。そのお嬢ちゃんは、サイコ野郎にビビるどころか、やる気満々の笑みを浮かべているのだが。
立会人のプロートルも、本当にいいのか、と言わんばかりの顔を慧太に向けてくる。慧太は頷きだけ返した。
「始め!」
先に動いたのはクエリオだった。抜刀――素早く突進。
「この刀はァ、刃を潰してある模擬刀だからァ! 斬れないけどォ、嬢チャンの骨、砕けちゃうからねェ!」
ガキン、と金属同士がぶつかる。サターナは悠然とスピラルコルヌ、螺旋を描く意匠の槍――その縮小剣版を目にも留まらぬ速さで展開し、クエリオの刀を受け止めた。
「あらぁ、大の大人がか弱い女の子を押し倒せないって問題じゃないかしら?」
サターナは煽る。……それもそれで問題あるような。
「へへ、嬢チャーン! オレ様の武器が一本だけだと思ってるなァ、大間違いってモンよォ!」
左手が外套の下に隠していた短刀を抜いた。それはサターナの右わき腹に迫り――再び金属音が響いた。
「あらあらあらぁ。ワタシ、あなたの剣、片手で防いでいたんですけどぉ」
サターナの左手にもう一本のスピラルコルヌ。お互い二刀流。
「やるじゃねえか、お嬢チャンッ!」
クエリオが素早い連撃を繰り出す。サターナは下がりながら、やはり二本の剣でそれを防ぎ切る。クエリオが押しているように見えるが……。
「ぜんぜん、遅いわねあなた」
サターナはつまらなさそうだった。
「お父様――ワタシの団長のほうがもっと速いわ」
「なんだとォ? ……フゴォっ……!?」
突然の横からの衝撃がクエリオを襲った。思い切り跳ね飛んだその身体はギャラリーたちの壁に衝突し、雪崩のように押し倒した。
「隠しているのはあなただけじゃないのよ?」
サターナのドレスのスカート、そこにするりと戻っていくのは竜の尻尾。
慧太は思わず額に手を当てた。……ドラゴンテイル。使いやがった。
ちら、と周囲に目をやる。彼女が魔人だってバレてしまうのではないか――
「ワタシは加減してあげたわよ、おじさん。竜族をなめないでよね」
竜――その言葉に周囲がどよめいた。
「竜族……って、まさかドラッヘル人?」
「あの伝説の――」
プロートルが驚きに目を瞠る。
え、ドラッヘル人? ――慧太はユウラを見た。
「竜人とも竜亜人とも言われる北方のさらに北に棲んでいるといわれる幻の種族ですよ。竜と人、どちらの姿にもなれると言われ――まあ、この大陸ではめったに見ることはない者たちです」
そこでユウラは声を落とした。
「彼女、策士ですね。ウェントゥスに幻の竜人がいるとアピールすることで、さらに箔をつけるとは」
「……オレは正体バラす気じゃないかとハラハラしたがね」
計算づくというのか。もともと頭がいいのは認める。伊達に魔人軍の将だったわけではないということだろう。
ナルゾが慧太に詰め寄った。
「どういうことだ!? 何故、竜人が、いや、どこで彼女を仲間に加えたのだ!」
「教える必要があるのか」
慧太は肩をすくめる。立会人が勝負ありを宣言すれば、勝者であるサターナが慧太のもとにスキップするようにやってきた。
「勝ったわよー、お父様!」
「お父様!?」
ナルゾはもちろん、プロートルや周囲も吃驚した。
「いや、血は繋がってないから」
慧太は即否定した。……まあ、血ではないが身体は繋がってたりはする。そんな若き団長の手に絡ませるようにサターナが飛びついた。そんなに仲良しアピールが果たして必要なのか。セラがこの場にいたら、どんな反応をしただろうか。
「竜人を飼いならす男――」
ざわっ、と周囲のざわめきと視線。飼いならすとか、失礼な話だが、なるほど箔がつくとはこういうことか。
ごほん、とプロートルが咳払いした。
「これでウェントゥス側が三勝したわけだが……まだ続けるかね?」
「無論だ!」
ナルゾが怒鳴った。
「まだ僕はこいつと決闘をしていない!」
そもそも、そこから始まった対決である。ユウラの提案で団体戦のようになっているが、実はそこでの勝敗は彼には関心がないのだろう。そっちはどう――と言わんばかりにプロートルが視線を寄越せば、ユウラが頷いた。
「もちろん、最後までやりましょう」
ウェントゥスの力を見せつけるというユウラの目論見からすれば、当然続行である。とはいえ、彼本人は出ないので何とも気楽なものであるが。
では次を、とプロートルが言えば、ナルゾは、控えていた団員のひとりに顎で「行け」と示した。
ブラウンの髪、真っ赤な唇が艶やか。妖艶な雰囲気を漂わせた長身の美女だ。武器なのだろう、腕や身体、脚に鎖をヘビのように巻きつけている。
「ゴーラ。『吊るしのゴーラ』と呼ばれている」
ナルゾが言えば、そのゴーラという美女戦士は、挑発するような視線をこちらへと向けてきた。美人ではあるが、少し化粧が派手過ぎないだろうか。
「……わたくしの相手が女なんて、ツイてるかしら」
シスター服のアスモディアが、ゴーラを流し目で見ながら前に出た。服越しにでもわかる豊かな胸。赤毛の巨乳シスターの登場に、周囲の男どもから妙な歓声があがった。
ナルゾが慧太を睨む。
「女ばかり出して、そこの男は出さないのか?」
ユウラのことだろう。慧太は鼻を鳴らした。
「魔法は使わないルールだろう? 魔術師を出す馬鹿がいるか」
ムッとした顔になるナルゾ。だが反論しなかったのは、そういうルールの取り決めだと自分も認めたからだろう。
「美女は美女だけど」
アスモディアは、どこか艶っぽくゴーラを見た。
「少し年齢が好みの上かしら。でも全身レザーで、鎖とか武器にしてるってのは……」
ゾクリときちゃう――
次話、『魔法武器』
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