第二三九話、傭兵団バシュラ
傭兵ギルド前にいた傭兵たちの中で、銀竜の首を持ってきた慧太たちの実力を侮る者はそれなりにいた。
突っかかって返り討ちにあった二人の傭兵の次に絡んできたのは、ナルゾという名の伯爵家の三男坊だった。
「僕は寛大な精神の持ち主だ。君が非礼を詫びるなら、水に流そうと言っているのだ!」
非礼というが、無礼なのはそちらではないか――慧太は鼻を鳴らした。
「将来、爵位を相続するかもわからん相手に敬う精神は持ち合わせていないな」
ぷっ、と後ろでサターナが吹き出した。アスモディアも口もとに手を当てて笑みを噛み殺す。
……そういえば彼女たちも魔人の国では貴族だったような。確かサターナもアスモディアも王族の血を引く一族だから、人間的な階級でみれば、おそらく公爵相当、つまり伯爵よりも上だ。
貴族の出自を敬われるどころか、小馬鹿にされたのが癪に障ったのだろう。ナルゾはヒステリックに叫んだ。
「無礼者! 僕を笑ったな!」
「あら、ごめんなさい」
サターナがどこからともなく扇子を取り出し、口元を隠した。
「だってあなた、三男でしょ? お兄様方が健在なら、あなたはほとんど何も相続できないじゃない」
「そもそも貴方」
アスモディアまで嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
「騎士? それとも傭兵? 貴族なのに、そんな剣を振るう身分にいるってこと自体、貴方の余裕のなさが見え見えなのよねぇ。自分を偉く見せても、本当に偉くはならないのよ、ボク……?」
煽りおる――さすがに慧太は、目の前の貴族氏が気の毒になってきた。もう、そのあたりにしておいてやれよ……。というか、今の君たちも人のこと言えないと思う。
「僕を怒らせたな! おい、貴様!」
ナルゾがビシリと慧太を指差した。
「決闘だ! 貴様に決闘を申し込む!」
「……」
慧太は心底嫌そうな顔を浮かべて振り返った。サターナとアスモディアは途端にそしらぬ顔を決め込んだ。逆にリアナとキアハは前に出た。
「ケイタ、こいつを倒せばいい?」
「ケイタさん、私が捻ってきましょうか?」
二人とも殺す気満々だ。
こちらの団員が前に出たためだろう。ナルゾの傭兵仲間が数名、前に出て鋭い眼光を飛ばしてくる。
「ユウラ?」
「売られた喧嘩です。ぜひ買ってください」
青髪の魔術師は他人事のように言った。
「ねえ、プロートルさん。このナルゾ氏は、傭兵ランクどれくらいなんですか?」
「……いちおう、ゴールドランク」
場の勢いに呑まれていた傭兵長が答える。ゴールドということは、ライガネンの傭兵ギルドでは一番上のランクだったはずだ。
ユウラは慧太を見た。
「とりあえず上級者みたいなので、我らウェントゥスの実力を示す相手にはちょうどいいかと」
「……しょうがない。その喧嘩、買った!」
・ ・ ・
決闘である。
模擬戦ではない。だから命の保障はなかった。もちろん事前に相手の命は奪わない、という取り決めがかわされれば、降参もありうるが……。
対決は一対一。
だが代表者の件で、ウェントゥス側がもめた。慧太は自分で決着をつけるつもりだったのだが、リアナとキアハが互いに自分のやらせろと言ってきたのだ。
埒が明かないので――と、ユウラはいっそ団同士が競う団体戦にしては、と提案した。ユウラとしては、ウェントゥス傭兵団の実力を他の傭兵たちに見せつけおきたいという目論見があった。それは、傭兵ギルド内のランク上げにこだわった理由とも直結するのだが……。
ナルゾは他の団員が絡むことに難色を示したが、ユウラの軽い挑発に乗せられ、引き受けた。もうすでに軽く頭に血が昇っているナルゾである。
当初は殺人ありのルールだったが、慧太側が女性陣を出すと知り、女性に限り殺人はなしと、ナルゾは妙な配慮を見せた。……そのあたりは曲がりなりにも騎士道があるらしい。
まあ、男は対象外なので、ナルゾは慧太を気分次第では殺していいという免罪符を得たことになる。彼は微塵も自身が殺されるかも、とは思わないようだった。
ほかのルールは、魔法を使わない、というので両者意見の一致を見た
プロートル傭兵長が立会人となり、傭兵ギルド建物正面広場が決闘の場となった。
まわりには他の傭兵たちがギャラリーとなって、勝負の行方を見守っている。誰も止めなかったのは、一応貴族の出であるナルゾに恨みを買いたくなかったというのと、やはり慧太たちの実力に懐疑的というもの、単に娯楽としてなど様々だった。
先鋒はリアナだった。相手はナルゾの傭兵団バシュラの軽戦士ウモという男。このあたりでは見かけない、東洋風の暗殺者のような衣装。武器は――腰に三日月形の短剣。
「見るからに身軽そうですね」
ユウラがコメントすれば、慧太は口もとを軽くゆがめた。
「狐人の身軽さに勝てる人間なんているかよ。……リアナ、殺すなよ」
「……面倒」
無表情ながら、どこか嫌そうにリアナは返した。
始め! ――プロートルの開始の合図に両者は、一気に突進した。
瞬時に距離を詰める両者。周囲のギャラリーから「速い!」と声が漏れる。
ウモはダガーを抜き、横薙ぎの一閃。だがすでにリアナは飛び上がっていた。ウモが上へと飛んだリアナを目で追い、顔を上げた次の瞬間、狐人の足がその顔面を踏みつけ、そのままひっくり返るように地面に倒れた。
「何秒だった?」
思わず慧太は言ったが、ユウラは、数えてませんよ、とばかりに首を振った。リアナは心底つまらなそうだった。
プロートルが勝負ありの宣言をすれば、彼のそば――慧太からさほど離れていない場所にいるナルゾは顔をしかめた。
次の勝負はキアハだった。ユウラは彼女の手に革のバンドを巻いていく。
「あなたが本気出したら、相手は死んでしまうので金棒は使わないでくださいね」
「盾と、拳で何とかしろと?」
「そういうことです。……手を傷めないように巻いてあるので、まあ相手を殺さない程度に思い切りやってきてください」
「わかりました」
なんとも素直な返事である。キアハは慧太をみて「行ってきます」と言った。
キアハの対戦相手は身長二メートルをゆうに越える巨漢の戦士バーバー。丸太のように太い手足、全身鍛えられた筋肉の塊だった。
慧太は小首をかしげる。
「キアハが女としては長身だから、このチョイスなんだろうか?」
「さっき彼女が殴った男が軽く吹っ飛んでましたからね」
ちら、とナルゾを見やれば、彼は憮然とした様子で腕を組んでいる。
周囲が先ほどより盛り上がっている中、「始め!」の声と共にキアハとバーバーが相対する。
バーバーが巨腕を振るえば、キアハは盾でいなしつつ、固めた右拳でバーバーを殴っていく。……なんだか素手で殴っているとは思えない重たい音が連続して響く。
上がっていた歓声が逆に静かになっていき、キアハが十発殴る前にバーバーは意識を失った。
「やりました」
成し遂げた感丸出しの笑顔でキアハは帰ってきた。おう、と慧太は彼女とハイタッチをかわす。……中々強い一発だった。
「次の対戦者を」
プロートルが宣言すれば、バシュラ側は、緑色の外套をマントのように羽織った長身の男。目がほそく、口もとはいかにも残忍そうにゆがめ、笑みを浮かべている。腰に下げたのは二本の剣――いや片刃の長刀。
首狩りだ、と周囲の傭兵から呻くような声があがった。
どうやら二つの名のある男のようだ。プロートルが慧太を見る。
「ウェントゥス側は?」
「ワタシよ」
漆黒のドレスを風にはためかせ、颯爽と前に出たのは十代半ばの少女――の外見を持つ女魔人サターナだった。
次回、『竜亜人』
この世界には、竜人ないし竜亜人という種族がいるらしい……。
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