第二三八話、その名は『風』
三日後、慧太たちは、サンクトゥにやってきた。
王都から二日の距離にあり、西部方面の街道が集結する交通の要衝だ。囲む城壁は王都ほどではないにしろ堅牢。その正面門から入る際、当然ながら現地守備隊の審査がある。
町に入る前に、郊外に借りた家に立ち寄る。春までおそらくこの近辺で生活することになると思われたから仮の拠点としたのだ。
といっても今のところはほどんと手付かず、かろうじて掃除はしたが特にモノもない有様だ。とりあえず、銀竜から狩った鱗や爪などの金になる戦利品を地下倉庫へと隠した。これから行く場所には、銀竜の頭部があれば問題なかったからだ。
荷物を降ろしたあと、一行はようやくサンクトゥ内へと向かった。
幌を被せているとはいえ、ズィルバードラッケの首を運んでいるので、慧太たち一行は周囲からは大変目立った。ライガネン傭兵ギルド発行の傭兵証がなければ、より審査に時間がかかっただろう。
数日晴れが続いたためか、積もる雪も少なくなっていた。道行く人々は、幌から除く巨大な口を持った魔獣――竜の姿に目を瞠り、注目を集めた。
慧太たちはそれらを無視して、傭兵ギルド本部建物がある南区へ。幸いなことに大通りに面している場所にあるので通行できないことはなかったが、まわりはそっと道を譲るなど、竜の頭を運ぶこちらにずいぶん遠慮してくれた。
石造りの砦じみた偉容を放つ傭兵ギルドだが、すでに表にはギルド職員や傭兵たちがいて、こちらの到着を待っていた。……ドラッケの頭を運んでる一団が来たなんて噂は、あっという間に彼らの耳に届いただろう。何せ、竜退治の仕事が張り出されていたくらいだ。
注目を集める中、慧太は幌をはずす。銀竜の頭――その迫力に満ちた巨顔が晒された時、周囲がどよめいた。
「本当に、ズィルバードラッケかよ……」
鱗の一枚や角の欠片とは違い、疑いようがない。ユウラは馬鹿でもわかると言ったが、確かに偽物を疑う声は上がりようがないな、と慧太は思う。
一人のひげを生やした中年男性が、銀竜の頭をまじまじと見つめながら前に出た。身なりはよかった。やや太めではあるが、鈍重さはなく、むしろ服の下はそれなりに鍛えている身体の動きだった。
「これを君たちが仕留めたのか? ええっと……」
「ウェントゥス。ウェントゥス傭兵団だ」
慧太が立ち上げた新たな傭兵団、その名前を告げる。登録してまだ一週間と経っていないのだ。知名度などほぼないと同じである。
「あんたは?」
「ここのギルド所長をしているプロートルだ。皆は傭兵長と呼んでる」
一番偉い人のようだった。前に団の申請をした時は受け付けの職員が対応したから、これが初顔合わせである。
「はじめまして、プロートルさん。傭兵団ウェントゥス団長の羽土慧太だ」
慧太は馬車を降りる。
「約束どおり、ズィルバードラッケを退治した証拠を持ってきた。報酬とランク上げの約束、はたしてもらいたいんだが」
「ああ、もちろん――」
プロートルは銀竜の頭を見ながら、慧太と握手してきた。
「いや、凄いな。俺も伝説に聞くズィルバードラッケ、その首を見たのは初めてだ。竜殺しをこなす傭兵は本物だろう。歓迎する」
「どうも……」
すごく汗がついた手だった。竜の首にひどく緊張と興奮を覚えているのかもしれない。
「さっそく手続きをしよう。あと、できれば銀竜退治の話を聞かせてくれ」
慧太はユウラへと振り返る。青年魔術師が頷いたので、慧太はプロートルに笑みを向けた。
「わかりました」
ついいつもの口調になっていたが、目上の人なので口には気をつけようと思う。……ただ西方語だと細かなニュアンスに自信はない。
プロートルは職員を使って、竜の首を馬車から下ろす作業をはじめる。彼らから離れ、慧太とユウラは、女性陣と合流する。
「ランクアップの件、上手く行きそうだな」
「銀竜退治を手柄にしているわけですからね。新設とはいえ『雑魚』や『新人』と侮られることもないでしょう」
ユウラの言葉に、サターナは腰に手を当てた。
「個人の力でいえば、ワタシたちは一騎当千の猛者ぞろいよね。新人扱いされるのは面白くないわ」
「貴女は第一軍、わたくしは第五軍」
シスター服のアスモディアは嘆息した。
「一個軍を指揮する立場にいた身ですもの。格下に見られるのは確かに不愉快」
それを聞いたキアハは反応に困ったように苦笑し、狐人のリアナは関心なさげだった。
和やかな雰囲気。周囲は銀竜に釘付け――だと思ったのだが。
「……ほんとに、お前さんたちがドラッケを仕留めたのかね」
「あ?」
トゲのある言葉に、慧太は視線を向けた。
見れば革鎧を身に付けた男がふたり、こちらに意地の悪い笑みを浮かべていた。片方はひどく人相が悪く、もう片方は顔に赤い線の刺青が入っていた。小悪党じみた風貌だが、ここにいるということはどこかの傭兵だろう。
「男はガキだし、女は……へへ、美人ぞろい。ちょーと、お前さんたちがあのドラッケを倒したなんて、信じられないんだよなぁ」
「なんだ、僻みか? 冷やかしなら他所に行ってくれ」
「ああぁ、ガキのくせにでかい口叩くじゃねえか、え! なんつったっけ……聞いたことのない傭兵団だったような」
いかにも馬鹿にした口調。安い挑発である。慧太はそれとなく、周囲の目がこちらに向きつつあることに気づく。
「お前らみたいな名無しが竜殺しなんてできるわけがねえよなぁ。勝手にくたばったのをさも自分が倒したみたいに言いふらしているだけじゃねーの!?」
なあ、相棒、と刺青の男に言えば、男も頷いた。
「誰もお前たちが銀竜殺したところを見てねえんだ」
「だいたいさァ……」
人相の悪い男が、つかつかと慧太に歩み寄る。
「お前みたいなひよっこが団長なんて務められるかっていう話なんだよなぁ。つか、そんな安いお遊び集団かよ」
「……なあ、ユウラ。オレはこんな安い挑発をいつまで聞いてなきゃいけないんだ?」
「つまりは、こちらの実力のほどをこの方たちにお見せすれば済む話でしょう」
ふん、とすました顔でユウラは言った。慧太はあからさまに嫌そうな顔になる。
「こいつらと力比べして何の得があるってんだ? 興味ないよ」
獣人傭兵団にいた頃から、他の傭兵たちからの罵声や中傷を受けていた。こういうのも初めてではない。
「興味ない? おまえビビってんのか、ああっ!」
人相の悪い傭兵が慧太の前に立つと、突然のボディブロー。
声を上げる間もなかった。腹を殴られ、ぶざまに倒れるさまを予想した彼だが、慧太はピクリとも動かない。
腹に一撃ぶちこんだのに、まったく効いていなかった。
「いきなり何するんだよ、おっさん」
慧太は頭突きする勢いで相手の額に、自らの額をぶつけた。
「傭兵ならわかってるよな? よそに拳骨振るえば、お返しがあるってことくらいよ……」
「……!?」
慧太の顔が離れる。反撃――するより早く、突然横から拳骨が襲い掛かり、傭兵の男は文字通り吹き飛んだ。
大の男が飛び、地面に派手に転がるさまに驚き、周囲が声を上げる。
「――何やってるんですか……?」
殴ったのはキアハだった。その目は血走り、鬼もかくやの形相で殴り倒した男を見下す。
「なにケイタさんに手をあげてるんですか、あなたは……? 死にたいんですか?」
キアハはプッツンしていた。相方が殴り飛ばされ、刺青の男は真っ赤になる。
「この女ァ! よくも――」
「よくも、なに?」
スッと男の首筋に白き刃。いつの間にかリアナが彼の後ろに回りこんでいた。
「そのナイフ抜くなら、いまここで殺してあげるけど、どうする?」
「……」
刺青の男はベルトに刺していた短剣から手を離した。リアナも音もなく抜いた短刀『光牙』を鞘に収める。
「おい!」とプロートルが戻ってきた。
「いったいこれは何の騒ぎだ!?」
刺青の男は顔を強張らせた。慧太は鼻を鳴らす。
「ちょっと絡まれただけだ」
「本当か?」
プロートルが刺青の男を睨めば、そこに割ってはいる声があった。
「プロートルさん、彼は、そこの新人くんが嘘をついているんじゃないかって疑っていたんですよ」
爽やかな男の声だった。見れば、真っ白な甲冑をまとった金髪碧眼の優男がやってくる。
二十代半ばか。その高価そうな鎧といい、裕福な臭いがした。穏やかに振る舞っているが、どこか嫌味をその男から慧太は感じる。
「えっとウェントゥス傭兵団と言ったかな? 君たちを見ていると、そこに刺青くんが言ったとおり、銀竜を退治したとは少し信じられないんだよねぇ。とくに……この見目も麗しいお嬢さんたちばかりだと」
「仲裁する気がないなら、失せろよ」
うちの団員にちょっかいかけるつもりならお引取り願おうか――慧太が睨めば、優男は眉をひそめた。
「感心しないな。君は僕が誰だか知らないようだけど」
「ああ、まったく知らない。……こいつ誰です?」
慧太はプロートルに聞いた。プロートルはちら、と優男の顔色を窺う。
「コンテーレ伯爵家の三男、ナルゾ氏だ」
「そう、ライガネン王国において由緒正しいコンテーレ家の男だぞ! 敬え、少年! 今なら許してやってもいいぞ」
ナルゾ・コンテーレは自信たっぷりに胸を張った。……なんだ、三男坊か。
面倒くさいのが現れたものだ。
次回『傭兵団バシュラ』
バジュラじゃないよ。
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本日は夜にもう1話投稿予定です。お楽しみに。




