第二三七話、放たれる六つ子
夜中、例によって野宿をする慧太たち一行。
仲間たちが暖をとり、休息している頃。慧太はひとり離れ、街道そばの林にいた。……いや、正確には一人ではなかった。
慧太のほかに、円陣を組むように六人がそこにいたのである。
「まあ、話さなくてもわかってるよな?」
明かりのない闇の中、お互いの顔がかろうじて見えるが、正直その必要性を慧太は感じていない。何故なら、彼らは皆、慧太と同じ顔なのだから。
「言うまでもないってことだな」
慧太の一人がいえば、その隣の慧太も頷いた。
「それでも確認したってことは、ちゃんと記憶を引き継いでいるかの確認か?」
「わかってるじゃないか」
「そりゃ、お前の分身体だからな」
うんうん、と一同頷いた。
「考えていることなんて、手に取るようにわかるよ。わからなければ自分に問いかけてみればいい。それで浮かんだ答えが、オレたち皆が思ってる答えだから」
「はじめのうちはな」
慧太の一人が首をかしげた。
「だが、しばらく離れて情報の共有をしないと、たぶんその考え方にもズレが出てくると思う」
「経験はそれぞれ別だからな」
別の慧太が言った。
「意識を共有すれば、そのズレはたぶんなくなるだろうけど」
「今回は、長期の任務になる」
慧太は一同を見回した。
「根っこの部分は変わらないだろうが、いま現在意見や考え方の一致しているオレたちでも差が出てくるはずだ」
「……」
「やり遂げよう」
慧太が右手を前に出せば、六人の慧太も同じく右手を出して手を重ねた。
「三人が近場で分身体を増やし、残りの三人でリッケンシルト、アルゲナムなど他国の情報を収集する」
『おう』
慧太たちの声が重なる。
「幸運を」
「お前もなー」
慧太たちが手を離すと、ふいに背後に気配を感じて一人が振り返った。刹那の間があったが全員が身構えたそこへ現れたのは、サターナだった。
「盛大な独り言は終わった?」
「そういう言い方やめろよ」
恥ずかしい。慧太たちは一様に顔をしかめ、そのうちの一人が口を開いた。
「で、何か用か?」
「ワタシにはあなたたちの見分けがつかないんだけれど」
黒髪の少女――シェイプシフターは小首をかしげる。
「どの慧太が情報収集に出るか知らないけれど、もしレリエンディールに行くようなことがあるなら、ワタシの分身体も連れて行ってくれないかしら?」
「サターナの?」
慧太がかすかに驚けば、サターナは笑みを浮かべた。
「ワタシ自身、一年以上母国を離れているのよ? 近況を知りたいわ。……ああ、もちろん、いまはワタシはあなたの味方よ、お父様。なんなら、ワタシの思考を覗く?」
すっと手を伸ばすサターナ。互いに触れることで、情報や思考共有に使われるそれだ。
「レリエンディール関連なら、道案内できるわよ?」
「そいつは楽になりそうだ」
一人の慧太が言ったが、その響きは明らかに皮肉だった。サターナは困った顔をした。
「そんなに信用ないのかしら。まあ、無理もないけれど。ワタシは元魔人だし。ダメならダメって言っていいのよ? その時は諦めるから」
「わかった。許可する」
慧太は頷いた。……慧太たちは一斉に視線を向けてくる。どうせここで断っても、その気になれば、彼女は分身体を切り離してレリエンディールに行くことができるのだ。その考えが周囲にも浸透したようで、慧太たちは何も言わなかった。
サターナの右手から、だらりと黒い小さな塊が垂れる。それは地面に落ちると、姿を変え、黒い子猫になった。
「あら、可愛い」
慧太の一人が女口調で言ったが、一同の中ではその子猫が可愛いことは一致した意見だった。子猫は、女口調で声を上げた慧太のもとまでやってくると、素早くその身体を駆け登り、右肩の位置へ。
『それじゃよろしく』
サターナの声で子猫は言った。
「って、オレが担当かよ!」
「よかったじゃないか、クジ引きしなくて済んだだろ」
隣にいた慧太が小突けば、さざ波のように笑い声が広がった。どうやら分身たちは、誰が何を担当するかクジで決めるつもりのようだった。……ジャンケンで決めないのは、おそらく勝負がつかないと思ったのだろう。
慧太は彼らから離れると手を振った。
「しっかりな」
分身たちから離れて、サターナと共に仲間たちのもとへ戻る。
「……やっぱり国が懐かしいか?」
帰る道すがら問う。サターナは微笑した。
「それはそうでしょう? ワタシの故郷よ」
「いまは魔人と敵対している」
信じていいんだな――慧太がじっと自称娘を見れば、彼女は片方の眉を吊り上げた。
「前にも言ったけど、しばらく静観させてもらうと言った」
「もし人間に敵対する道を選ぶなら」
「本気で殺し合いましょう、とも言ったわね」
ワタシはね――サターナが神妙な表情を浮かべる。
「真実が知りたいのよ」
真実? ――慧太は、彼女の横顔を見やる。その紅玉色の瞳は、ここではない遠くを見ているようだった。その儚げな印象は、いまにも折れてしまいそうな花の如く。
「ワタシの、お父様のことよ……」
本当の父親のことだと、慧太は察した。そして記憶の片隅にそれが甦る。間違っていなければ、サターナの父親は――
何者かに暗殺されたのだ。
次回、「その名は『風』」
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