第二三六話、準備期間
ズィルバードラッケの解体は、狩猟の名手であるリアナの主導により順調に進んだ。少し手間取ったのはドラッケの図太い首を落とす時で、これは慧太が担当したが、一苦労だった。
鉄より硬いと言われる竜の鱗で覆われている。しかもそれの太さが二メートル近いとあれば、刃物でどうこうなる代物ではないのだ。
『刃に熱を与え、溶かして切るんです』
青髪の魔術師は、慧太にそう教えた。
『考え方としては、セラさんの銀魔剣。光の力を剣の刃に宿らせることで、大抵のものを一振りで切断します』
考え方はわかる。某ロボットアニメの武器――ヒート剣とかと同じだろう。問題は『魔法』として、それができるかどうかだ。
結局、斧の刃に充分な熱を宿らせるまでに小一時間。あまり熱すると火になって自身が燃えてしまうのではないかという、体質上の恐れがそれだけの時間をかけてしまった原因だった。
が、何とかズィルバードラッケの首を落とし終えた。その頃には、リアナらも銀竜の他の部位で有益なものを剥ぎ取り終わっていた。
日が落ちる前に、慧太たちは下山した。
ドラッケの頭と集めた部位は、主にアルフォンソが竜へと姿を変えて空輸する。……さすがにあの大きな頭を運びながら山を下るのは無理だ。慧太も飛行訓練とばかりに竜の姿となり、リアナとキアハを背中に乗せて飛行。サターナは自前の翼でそのまま飛んだ。
ユウラはアスモディアにひとつの訓練を課した。
それは召喚奴隷――魔力の構成体である彼女に、シェイプシフター同様の変身能力を持たせるというものだ。魔人の特徴である角や尻尾を消すことが可能なアスモディアは、ユウラの理論上ではシェイプシフターほどではないにしろ姿形を自在に変えられる身体になっていた。
かくて、シスター服の女魔人は、紅蓮の鱗を持つ竜に化け、マスターであるユウラを乗せて山を降りた。
山を下って、一晩を野宿で過ごす。翌朝は陸路でライガネン王国西の大都市であるサンクトゥを目指して出発した。
平地に出てしまえば、ドラッケの首も馬車で運べる。それに昼間から竜が空を飛ぶのを目撃されれば最悪、騒ぎになるので避けなくてはいけない。
荷物の関係上、馬車は二台になった。
一台はいつのもアルフォンソ。二台目は……アスモディアだった。先日の変身訓練の一環で、今度は元魔人貴族である彼女を馬に化けさせ、牽引させたのである。
さすがのアスモディアも、はじめは嫌がるそぶりを見せた。だがサターナがかつての同僚に対して放った言葉に結局従うことになる。
『あなた、鞭で叩かれるの好きでしょ?』
アスモディアは顔を紅潮させたが、反論しなかった。とんでもないドMである。
御者台に乗ったサターナが、アスモディアの尻を思い出したように叩き――字ずらにするととんでもない表現だが、馬だからセーフだろう。慧太たちは見ないふりで通した。
アルフォンソの馬車の御者台に座る慧太とユウラ。
前を行くアスモディアの馬車の荷台にはリアナとキアハが、ドラッケから剥ぎ取った戦利品の袋と共に乗っていて、なにやら話している。ちなみにアルフォンソが運んでいるのがドラッケの頭部である。
「――仮に、ライガネンがセラさんの要請を受けてアルゲナムへと動いたとしてもです」
ユウラは言った。
「いま季節は冬ですから、本格的な出兵は二、三ヶ月ほど先になるでしょう。人員、装備、食糧などの兵站、これらのすべて準備を整えるのは相応の時間とお金がかかるわけです」
「ふむ」
「先にも言いましたが、いま季節は冬。出兵に時間がかかるのは食糧確保が難しい時期だから、とも言えます。もちろん、春になればすぐに食糧が増えるわけではありませんが、冬眠していた動物たちも活発に動き始めますし、自力確保できる手段が増えますからね」
「つまり、アルゲナムへの出兵は春以降になるということか」
慧太は御者台から後ろへ寝転がる。巨大な竜の頭が視界の端にあるが、晴れた空からは青空がのぞいていた。
「ライガネンがアルゲナム救援に動けば、の話です」
ユウラは眉をひそめた。
「マルグルナやセラさんからの手紙の内容からすると、かなり厳しい状況と言わざるを得ない」
「セラも落ち着かないだろうな」
助けを求めてライガネン王国へたどり着いたのだ。だが苦労の末の結果が、援助を得られず、ではセラが味わうだろう絶望はどれほどのものか……。
あの旅が無駄になる――そう考えただけで、慧太は虚しさがこみ上げてくる。
「もし、ライガネンが動かなければ――」
「おそらく、セラさんはアルゲナムへ戻るでしょうね。……たとえ一人でも」
「ああ、彼女はそういう人間だ」
慧太は目を閉じる。国は滅びても、元王族。自身を送り出してくれた仲間や国の人間のために、おそらく最後まで戦うだろう。そう、たとえ一人だとしても。
「もちろん、セラさんのことですから、このまま黙っているつもりはないでしょう」
ユウラは視線を遠くへと向けた。
「ライガネンを動かすために必死に説得を試みると思います」
「それでライガネンが動いたら、春には軍と共に出兵か。オレたちも傭兵として随伴する」
慧太の中では確定事項である。セラがアルゲナム奪還に行くならば、共に行動して戦う――それが彼女と交わした約束なのだ。
「そうであるなら」
ユウラは隣の慧太を見やる。
「今からでも、僕らに出来ることをしませんか、団長」
「提案を聞こう、副団長」
慧太は微笑した。青髪の青年魔術師は頷いた。
「第一に情報収集。現状、聖アルゲナムがどうなっているか不明です。魔人軍はリッケンシルト国にいて、アルゲナム遠征には当然、この国の魔人軍を撃破しなくてはなりません」
「リッケンシルトの今の情報も欲しいな。魔人軍の支配下がどうなっているかも」
「そういうことです。遠征の前に、できるだけ多くの情報を集めなくては」
敵を知り、己を知れば百戦危うからず……だっけか、慧太は思う。
スポーツでも、対戦相手のことを知っているのと知らないのでは戦術や気持ちに大きな差が出る。それは戦も同じだ。
そう考えるなら、もう動き出しても早すぎるということはないだろう。
「第二に、独自の戦力を持っておくべきだと思います」
「独自の戦力……?」
「ベルゼ連隊との戦い――」
ユウラは告げた。リッケンシルト王都から離脱した慧太たちは、街道を追ってくる魔人軍第二軍の騎兵連隊と衝突した。こちらには一個小隊程度の親衛隊兵しかなく、まともにぶつかれば数分と経たず全滅必至の戦力差だった。
だが森に誘い込み、慧太の分身体やユウラの魔法などを縦横に活用して何とか切り抜けたのだ。
「ああいうことが起こらないとも限らないので、こちらの意志で活用できる戦力をある程度揃えたほうがいいのでは?」
「うちの団に新人を募集するのか?」
いまは金がないぞ――慧太が言えば、ユウラは意地の悪い顔になった。
「頭の悪いふりはしなくていいですよ。……僕が言いたいのは、あなたの分身体のことです」
「分身体ねぇ」
炎に弱いという弱点はあれど、シェイプシフターは物理的な攻撃に対しての耐性が高い。それというのも身体を構成するのが黒くドロドロした塊であり、それを自由自在に形を変えて分離、変身するという特性上、内臓や骨といったものが存在せず、つまるところ急所がないのである。
こと物理で殴り合う限りでは、シェイプシフターやスライム系の不定形生物というのは打たれ強い部類になるだろう。
「姿を変えるという特性を活かすなら、敵陣への侵入や後方かく乱など、正面から殴り合う以外にも色々できると思うんですよ」
ユウラは口もとを歪めた。
「作戦を考える立場から言わせてもらえるなら、物凄く面白いことができるでしょうね。シェイプシフターの部隊は」
遊撃部隊的な扱い――そう考えるなら確かに一考の余地がある。分身体に振り向ける配分にもよるが、今の自分並みのシェイプシフターが例えば百もいれば、かなりのことができるのではないか。……確かに面白そうだ。
「ライガネンがどこまで戦力を割いてくれるか不透明だからな」
慧太は起き上がった。
「こちらである程度使える戦力を整えるって考えには賛成だ。つっても、分身体だってエサがなけりゃ無限に増えるわけじゃない」
モノには限度というものがある。
「それなら、今のうちにエサを摂っておくべきでしょうね」
ユウラは肩をすくめた。
「僕らがアルゲナム遠征に出発する前に」
次回、『放たれる六つ子』
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