第二三一話、北方の侵略者
寒風吹く、北の大地。
すっかり雪化粧した針葉樹の森を、唸り声のような金属音がいくつも響き渡った。
どんよりと曇った空の下、小雪が散らつく中、姿を現したのは鈍色のボディを持つ鋼鉄の機械。それは高さにしておよそ三メートルほど。重厚な装甲板に囲まれたその機械は、重々しく雪の大地に足跡を刻んだ。
胴体から二本がっちりたくましい脚が伸び、同じく二本の装甲に守られた腕が胴体左右から生えている。頭に相当する部分は竜魚の鱗を利用した強化グラスで守られて入るが、むき出しの操縦席があり、軽甲冑をまとった兵士の姿があった。
機械鎧――古代文明時代の機械技術を発掘、再現しようと開発された戦闘用歩行機械だ。
これら機械の兵隊は数十もの数で森を抜けると、雪原を抜け、町へと迫った。その胸には赤い竜の紋章。北東の大国、ガナンスベルグ帝国の国章だ。
ゲネイオン王国東部スパシアの町に、ガナンスベルグ軍第一機械装甲連隊所属の機械鎧の大隊が迫った。三機で一個小隊を編成するローク部隊、それが全部で三十機ほどが横列を組む。その後方からは、精強な歩兵部隊が随伴する。
対するスパシアの町の手前には、ゲネイオン王国駐屯軍の騎兵が数騎と、槍兵が三百名ほど、長さ五メートルほどの長槍を携え、陣を組んでいた。
ガナンスベルグ軍、機械鎧大隊の指揮官ウーニムィ騎甲長は、ロークを前進させながら、思わず相好を崩した。――敵には砲もろくな飛び道具もなし、か。
ウーニムィはロークの右腕を上げ、それを前方に振り下ろした。
突撃の合図である。
小細工は必要なし。機械鎧の装甲と重さで敵の戦列を蹂躙するのだ。
ゲネイオン軍守備隊は槍を前方に倒し、防御態勢をとった。……騎兵突撃に対して有効なそれも、機械鎧の軍団には通用しない。
歩調を変えず、のしのしと迫る機械鎧部隊。それらが壁となって迫る様は、見るものを威圧し、直にその壁によって押し潰す未来図を予想させた。対峙する槍兵らの顔はみるみる強張る。
やがて、ガナンスベルグ軍とゲネイオン軍が正面からぶつかる――そのわずか前、とうとう我慢できなくなったゲネイオンの槍兵隊が崩れた。
後列が逃げ出し、それはたちまち隊全体に伝播した。身動きとれない最前列が後ろの兵らが逃げ出したことで、振り返ったまさにその時、機械鎧の部隊がその豪腕を振り上げ、あるいは長槍をへし折り、陣に踏み込んだ。
たちまち悲鳴が上がり、不運な槍兵が吹き飛ばされ、または槍を潰され戦意を失った。
一度崩壊した防御線は、もはや修復不可能だった。指揮官がいかに声を張り上げようとも機械鎧の横列は止まらず、その後ろからついてきたガナンスベルグ歩兵が一挙に躍り出て、守備隊兵を掃討していく。
かくて、スパシアの町を巡る戦いは、ガナンスベルグ軍の圧倒的勝利に終わった。
・ ・ ・
冬深まるライガネンの地。その王都フェルムランケア。
ノードゥス城の会議堂に、王国の貴族代表者らが集まっていた。円形の大テーブルを囲むのは貴族議会。その議題は――
「ガナンスベルグ帝国の大軍団は、破竹の勢いで大陸西方に魔の手を伸ばしてきた」
「すでにゲネイオン王国は国土の三分の二を失い、王都の眼前まで敵が迫っている始末」
「機械鎧――」
その単語に、一同の顔が曇る。
「魔鎧もどき……正直、魔鎧操者がいれば撃退するのは難しくない。だが普通の兵士では無理だ。剣も槍も、鋼鉄の鎧を破ることは困難。歩兵はもちろん、ある程度の数が揃えば騎兵も歯が立たん」
「機械鎧が奴らの快進撃の一翼を担っている」
老貴族が言えば、立派な口ひげをたたえた痩身の貴族が唸った。
「機械鎧だけではありませんぞ。奴らの兵は鍛え上げられ、たとえ機械鎧がなくともその精強さは、我がライガネンの精鋭にも勝るとも劣りますまい」
「北部連合は青息吐息の状態だ」
隻眼の貴族が、その無骨な顔をぴくりとも動かさずに言った。
「この冬でなければ、今頃ゲネイオンは陥ち、おそらく北部連合国の大半はガナンスベルグの支配下となっていただろう」
「……奴らの進撃が止まったのは、やはり冬だから、ですか」
痩身の貴族が言えば、恰幅のよい中年貴族が自身のひげを撫でた。
「何をするにも物資、食糧が不可欠。冬は食糧保存の問題から、どの国も本来戦争どころではない。ガナンスベルグの連中が初冬に入っても動いてきた時は、さすがに肝を冷やしたが」
「その進撃も今に至ってようやく止まった、と」
「春になって食糧事情が改善するまでは、どこも大掛かりに戦はできぬ」
老貴族は手を組んだ。
「我らにとっても、奴らにとっても準備期間というわけだ」
隻眼の貴族が、老貴族に向き直った。
「我が軍の先遣隊は善戦はしたが、手ひどくやらましたからな。来春以降、北部連合国への援軍はより大規模なものになるでしょう」
うむ、と一同の意見は一致しているらしく頷く。
貴族議会は、北方の大国ガナンスベルグ帝国の侵略を受ける北部連合国救援で動いている。
そんな彼らの様子を、やや離れた傍聴席で見つめている目がある。
長い銀髪を背中に垂らしている美しい少女だ。
少女の面影を残る幼さ、凛とした横顔の二つを併せ持つ彼女。
セラフィナ・アルゲナム。魔人の国レリエンディールによって滅ぼされた聖アルゲナムの王女だ。
アルゲナム国の象徴色である青いドレスをまとい、セラは背筋を伸ばしたまま議会のやりとりを見守る。笑えば可憐であるだろうその顔は焦りにも似た色を帯び、青い瞳は憂いに満ちていた。
ライガネン王国。
西方諸国の中でも有数の軍事力を持ち、西方諸国のなかで北方に面している北部連合の国々がもっとも頼りとしている国である。
西方諸国のなかでもさらに西に位置するアルゲナム国にとって、ライガネンは深い友好関係にあった。……故国を侵略されたセラにとって、ライガネン王国は最後の頼みの綱だと言える。魔人に対抗するためにも。そして国を取り戻すためにも。
――ライガネン議会は、北ばかり見ている……。
セラは議会の貴族代表らが、一言も魔人の国やアルゲナムに言及しないことが気になっていた。今は北方のガナンスベルグ侵攻の議題なので、ある意味当然なのだが、セラが気にしているのは、ここしばらくずっと北方での対応しか話し合いが行われていないことだった。一度でも西の――魔人問題が話題に上ったことがないのが問題だった。
――彼らは北部連合を重視している。
そう思うと、胸が苦しくなってくる。
アルゲナムをはじめ、すでに三つの国が魔人の国レリエンディールによって滅ぼされた。
そして今まさにリッケンシルト国が魔人によって滅びの瀬戸際まで追い込まれ、ライガネン王国の西に位置するアルトヴュー王国が戦火に巻き込まれようとしている。
北方も重要だが、西方も重要だ。疎かにすれば、北ばかり向いているライガネンは背中から魔人によって刺されることになるのだ。
セラは、すっと息を吸い込む。何度、彼らに西からの脅威を伝えようと声をあげようとしたか。
だがそれはできない。議会を傍聴してはいるが、今のセラに発言権はないのだ。
その時、右手の方から、静かに扉が開く音がした。傍聴席側通路に人がやってきたのだ。セラはそちらへと視線を向け、現れた人物に思わず席から立ち上がった。
聖王アルダクス。
ライガネン王国の国王にして、セラの父ルクス・アルゲナムの親友だった男だ。
五十代後半。その髪はすでに白髪となり、日焼けによって浅黒くなった肌。厳しい顔立ちは石から削りだした彫刻のように端整だった。白くなった口ひげをたくわえ、すっと背筋が伸びたその姿は、鎧をまとえばまだ若い騎士たちに劣るところがない貫禄に満ち溢れていた。
「陛下……」
「ここにいたか、セラ姫」
アルダクス王は、議会の邪魔をしないように傍聴席に現れると手招きした。
「少し話せるかな、アルゲナムの姫よ」
次回、『聖王と白銀姫』
第二部スタートです。本日2月6日は、夜に次話を投稿予定です。
お楽しみに!




