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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
銀竜の咆哮 編

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第二二九話、王都への道


 ライガネン王国。

 大陸西方諸国の中で北部連合と呼ばれる国々にあって、最大の国土と軍備を有する強国である。

 聖王の治めるこの国は、正義と平和の名のもと、北部連合国の守護者であった。ここ百年近く、一切の侵略を行わず、かつ連合に属する国が外敵からの侵略を受けたなら、救いの手を差し伸べてきた。


 国としての存在もまた古い。

 かつて人類と魔人の全面戦争の際、伝説の白銀の勇者、アルゲナム一族と共に魔人を追い払った過去を持つ。以来、聖アルゲナム国とは付き合いが続き、数百年経とうともその子孫たちは深い友好関係にあった。


 ライガネン王国に到達した慧太けいた、セラたちは、アルフォンソの馬車を利用して街道を移動、一挙に同国王都を目指した。

 道中、盗賊のたぐいに遭遇しなかったのは単に運がよかっただけかもしれないが、ライガネンに入ってから順調と言っていいほどの進み具合だった。


 ――この旅も、いよいよ終わるんだなぁ。


 慧太は馬車に揺られながら思う。

 セラ、キアハもジュルター山での怪我もえ、元気になっていた。


 ただ、セラがこちらと顔をあわせないようにしているように感じた。

 キアハとお喋りしたり、リアナやサターナ、あのアスモディアにさえ、景色の話やらをふっているが、慧太に対してだけは、それがまったくなかった。


 ――オレのことを嫌いになった……とは考え難いんだけど。


 嫌われる心当たりがなかった。ただ、目指すライガネン王国の王都が近づいていることが影響しているのではないか、と思うのだ。


 別れの時。


 おはようの挨拶、おやすみの挨拶、それを直接かけあった時、お互いにどこか、かみ合わない空気のようなものを感じた。ただの一言でさえ、それを口にする時、胸の奥がざわめき、ついで別れという言葉を意識してしまう。


 ――このまま何もなく、お別れか。


 慧太は、ジュルター山で死に掛けているセラの身体を抱きしめたことを思い出す。こみ上げてくるのは切なさ。


 ――もっと一緒にいたい。


 別れたくない。

 寂しくはなるが、割り切れるものだと思っていた。だが自分でも思った以上に、セラに肩入れしていたことをあの時思い知らされたのだ。


 ――オレはシェイプシフターなのに。もう、人間ではないのに。


 好きだと言った気持ちに嘘はない。怪物に生まれ変わっていなければ、彼女に本気で恋をして、その身を捧げていたに違いない。……シェイプシフターでなければ。


 ――彼女を幸せにしてやれない。


 それがわかっているから、慧太はよりはっきり彼女と向き合えなかった。好きな相手と結ばれ、子供を生み、育て、幸福な家庭を築く――人間にとって、一般的な幸せとするそれ。慧太には、それを用意してやることができない。特に子供を作るという将来に関して、彼女からその幸せを奪うことになるのだ。

 それについては、先日ケリをつけたつもりだったが……。


 ジュルター山での一件で、諦めていたそれが未練がましく甦ったということだ。そう簡単に諦めがつくものでもなかったということか。


 ――俺が人間だったら。


 シェイプシフター――姿を変える怪物、魔物。

 慧太はじっとその手を見つめる。どこからどう見ても人間のそれにしか見えない手。だがその中に血液はなく、骨もなく、黒くドロドロした塊で構成されている。

 思わずため息がこぼれた。



 ・  ・  ・



 あの時、言えなかったことがある。


 セラは馬車から見える流れ行く景色から、背後の慧太のほうへ視線を向ける。

 彼は考え込むように自分の手を見つめていた。……ここ二日、彼は元気がなさそうだった。

 挨拶は交わすが、それ以外の会話に入ってくることはほとんどなかった。こちらから声をかけようと思ったが、どこか距離を感じた。それに『もうじき彼と別れる』という思いがよぎり、切なくなって、結局声をかけずに終わってしまう。


 このままでいいの……?


 セラは、視線を転じた。流れ行く地平線の先まで広がる平原。アルゲナムの姫の青い瞳に映るそれは、ひどく無感動だった。


 彼と、慧太とはもっと一緒にいたい。


 故郷を失い、家族を失い、仲間も失ったセラにとって、彼の存在は今とてつもなく大きい。自分が生きていていい理由のひとつと言ってもいい。彼がいてくれたから、ここまでやってこれた。頑張れた。励まされ、支えられ、助けられた。……そんな彼に、まだ何もお返ししてあげていない。

 彼には一生分の恩を受けたと思っているし、その彼がいなくなると思うだけで、不安になる。自らの半身を引き裂かれるような痛み、孤独感にさいなまれる。


 ――別れたくない……。


 そばにいて欲しい――たったそれだけのことが言えない臆病な自分に、セラは自嘲する。

 自分がアルゲナム王家の生き残りでなければ。


 王族でなければ。


 奪われた国を取り戻す使命がなければ――

 一人の女として、彼に身を預け、愛を告げることができたかもしれない。


 だが、同時にそれも違うと思う。何故なら、セラがアルゲナムの姫でなければ、レリエンディールに国を奪われなければ、故国を救う使命がなければ……慧太に出会うこともなかったのだから。


 運命と言うのは皮肉としか言いようがない。


貴女あなたが、ケイタとどうしたいのか聞いてるのよッ! アルゲナムがどうとか、じゃなくて、ケイタとナニしたいのかって話でしょ!?』


 かつてアスモディアはそう叱った。サターナはこう言った。


『別に婚約とか結ばれることが全てではないわ。好きという気持ちを否定することも押し殺すことも別にないとワタシは思うの』


 お願い、してみたら――


 その言葉が、セラの胸を押す。同時に、思わず口もとが緩んだ。

 人類の宿敵である魔人、そのレリエンディール国の上位貴族出身だという二人が、セラの悩みに親身になって助言をしたという事実。これこそ皮肉ではないか。


 魔人は憎むべき敵。その考えに染まり、ライガネンを目指し、いまは仲間と呼んでも差し支えない程度に親しく、行動を共にしている。……何ともおかしな話だ。


 ――そうよね……。


 セラはまなじりを決した。

 このまま王都について、ありがとう、で別れても、きっと後悔する。アルゲナムを取り戻す戦いに身を投じ、個人の幸福を捨てる覚悟はあるが、後悔だけは引きずりたくない。


 自分勝手な想いなのはわかっている。


 でも、それで断られたら、その時諦めればいい。


 アルゲナムの姫君は顔を上げた。

 空は厚い雲が広がっているが、雲の隙間から差し込む陽光は、天からの祝福のごとく神々しく、美しかった。


「キアハ」


 セラは、傍らで同じく景色を眺めていた黒髪短髪の少女に声をかける。


「お願いがあるんだけど、いいかな」

次回、第一部、最終回。

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