第二一六話、恋愛の形
サターナは『後継者』と口にした。
そうだ。ただ国を取り戻すだけじゃない。いつか、セラは子供を生んで、アルゲナム王家を復活させなくてはならないのだ。白銀の勇者の血を引く子供を残さなくてはいけない。
気分が重くなってきた。
「そう考えると、セラ。あなた、アルゲナム奪回以前に、子供作ったほうがよくない?」
サターナはそんなことを言い出した。
「ライガネンに王子がいて、婚約とかその手の話があれば、一番理想的ではないかしら」
何とも打算的な話であった。ライガネン王国の王子と婚約して、子供を作り、そしてアルゲナム奪還に引き込む。形は異なるが、それはリッケンシルトの王子が、セラと婚約しようとしたそれに似ている。今度はセラのほうが誘う側であるが。
打算的だ。セラは好きになれなかった。だが国家間の、特に王族貴族の婚姻では、よく聞く話である。同盟、人質――婚約も政治の駆け引きの場。
アルゲナムの元姫という立場を持つ自分を売ることで、手に入れるもの……むしろそれしか方法がないなら、それで民が救われるのならば。……リッケンシルトに一度は売ろうとしたこの身。いよいよ自分の番が来たということか――
「変な話ね」
アスモディアがセラの隣に座った。
「白銀の勇者の血なんて絶えてしまえと思ってる魔人が、その勇者の血筋が残るように勧めるなんて」
「ああ、そういえばそうね」
サターナは苦笑した。
「何故かしら……いいえ、理由はわかってるわ。ワタシもアスモディアも、セラのことが好きだからよ」
「え?」
「はぁ!?」
驚いたのはセラだけでなく、アスモディアもだった。
「わたくしが、セラ姫を……? 馬鹿言わないで」
「そうなの? ワタシはてっきり」
サターナはいたぶるような顔で、元同僚を見た。
「セラの悩みに親身になってぶつかるから、彼女に友情を持っていると思っていたわ」
嫌いな人間には関わらない。無関心で通す――そうではないからセラに関わる。サターナはそう指摘したのだ。
「まあ、嫌いではないわね。もっともセラ姫はわたくしのこと嫌っているみたいだけれど」
アスモディアはしぶしぶ認めた。セラはこれまでの彼女に対しての態度を思い出し、何とも言えない微妙な気持ちになる。
「うーん……」
リアナがひょこひょこと自身の狐耳を撫でた。何とも難しそうな表情を浮かべて。
「わたしには、政治とか難しい話はよくわからないけど……セラはケイタのことが好きだけど、つがいにならないっていうことでいい?」
「……」
いいか悪いかって言われて、素直に頷くのが何だかとても嫌だった。サターナがうん、と伸びをした。
「まあ、セラは慧太との関係は現状維持ってことね。親しいお友だち――それ以上でもそれ以下でもないと。それ以上はお互いにやることがあるから、たぶん無理っていうので決着よね」
でもね、セラ――
「別に婚約とか結ばれることが全てではないわ。好きという気持ちを否定することも押し殺すことも別にないとワタシは思うの。……もちろん相手に好きな相手がいるのなら、自重したり、身を引くことも必要かもしれないけれど。そうでないのなら、ね」
「でもそれって、相手からしたら、はっきりさせたほうがよくないかしら?」
アスモディアは言った。
「ほら、相手もこの娘、自分のこと好きなんだなって思って独り身貫いていたら、実は結婚する気なかったって後でわかってショックだったり……。そういうのって、相手を不幸にしない?」
「……」
はじめてサターナが黙り込んだ。アスモディアの言うことに一理あると思ったのだろう。これまで黙っていたキアハがポツリと言った。
「難しいんですね、恋愛って」
・ ・ ・
女性陣のあとは、男性陣の番だった。とくにユウラが入りたがっていた。
「いやあ、湯に浸かるなど、いつ以来ですかねー」
青髪の魔術師青年は、線は細いが、引き締まった身体の持ち主だった。
現代日本での印象をいえば、魔術師といえば体力が低いだの頭脳職などという印象であるが、実際のところ重い甲冑をまとう騎士などが異常なだけで、人並み以上の体力を持っているものである。
慧太も湯に浸かる。
温泉といえば――この旅で、地下亜人のグノーム人らの温泉に入ったことが脳裏をよぎる。兄弟、と言いながら酒を飲んでいた頑強なグノームの野郎ども。……それほど古い話でもないのに懐かしい。死んだグレゴの旦那の豪快な笑い声が聞こえた気がして、慧太はしんみりとなった。
「それで、慧太くん」
ユウラが湯で顔を洗った。
「先日も聞きましたが、進路――というか今後の方針に目処はつきましたか?」
「あ? ライガネンに着いた後のことか?」
「もう十日もありませんよ」
「そうさな……」
慧太も顔に湯をかける。そうやって、少し間をとった。
「今のところは、傭兵団を立て直さないとな。今回の無報酬で、って言った手前、稼がなきゃ食っていけないわけだし」
「傭兵団、ですか」
「転職する当てがあるのか? 明日から鍛冶屋をやれって言われたって無理だろ?」
「なんで鍛冶屋なんですか?」
「何となく」
慧太は首を振った。
「それとも、ユウラは何かあるのか? もしあるなら、聞いてもいいぞ」
「いまさら俗世社会に戻るつもりはないですね」
ユウラは水面に視線を這わせる。うっすらと立ち上る湯気は、その向こうのものを見えづらくした。
「特に、魔人との本格衝突が遠くない未来に繰り広げられるような状況ではね。魔術の才能を戦争に利用されるのは面白くないですから」
「……戦争か」
もうすでにレリエンディールの侵攻は始まってる。アルゲナムは陥落し、リッケンシルトももしかしたらすでに落ちているかもしれない。アルトヴューはもちろん、ライガネンだって魔人との衝突は不可避だろう。
「傭兵としては忙しい未来図だな」
「仕事があるということはいいことです」
ユウラは他人事のように言った。
「ただ、僕らは獣人傭兵団ですから、いい仕事は回ってこないかもしれませんね。これを機会に、団の名前や内容を変えますか? 獣人傭兵団と、獣人がいる傭兵団では人間社会での受けも変わりますよ?」
「ハイマト傭兵団は、ドラウト親爺の傭兵団だ」
獣人による、獣人や亜人、はぐれ者のための傭兵団でもあった。どこまで引継ぎ、そしてどこまで自分たちの色に変えるのか。
「思案のしどころではあるな」
そうですね、とユウラは頷いた。
「セラさんのことは、どうします?」
「あ?」
どういう意図の質問か、わからなかった。
「もし、彼女が一緒にいたいと行ったら、どうしますか?」
「アルゲナム奪回を頼んでくるってことか?」
そんなの――慧太の答えは決まっていた。
「頼まれれば助けるさ。ここまで一緒に旅したんだ。放っておけないだろう?」
「そういう意味ではなく……あなたが彼女に抱いている好意のことです」
「は?」
「好き、なんでしょう?」
何を言い出すかと思えば――慧太は一瞬口を開きかけ、呆れ顔になる。
「それはあれか? オレが彼女に恋をしているとか、恋愛感情のことを言っているのか」
だとしたら、見当違いもいいところだ――
「オレの気持ちなんてどうでもいいさ。だってそうだろう?」
慧太は天を仰いだ。
「オレがどうこうしたって、彼女と結ばれるなんてことは、ないんだからな」
彼女はお姫様で、オレはシェイプシフター――人間ではないのだから。
これを恋愛に当てはめるなら、最初から成立しないと決まっているのだ。……相手のことをいくら好ましく思っていたとしても。
次回、『本音と建前』
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