第二一二話、三つ目の選択
コンプトゥスという二足歩行の小型の竜がいる。
体高は二メートルほど。トカゲというより小型の肉食恐竜じみた姿で、首が細長いシルエットは、ダチョウのようだ。
本来は雑食性でネズミのような小動物から中型昆虫などを食べている。赤茶色や灰色、濃紺や青など、生息域で皮膚の色は異なる。
そのコンプトゥスが五頭、岩のむき出している丘を疾走する。黒と灰色のまだら模様のそれらに背にはそれぞれ人の姿。街道をはずれ、道なき道を進むため、馬車から騎乗竜へと乗り物を変えた慧太たちだ。……なおコンプトゥスたちは、アルフォンソが分離変身した姿である。
銀竜ズィルバードラッケの行動により、街道を東進することができなくなった一行。
迂回、はたまた竜が退治されるのを待つという案のどちらも受け入れられない結果、未開地区である王国北東部を進むという、第三の選択が選ばれた。
『ライガネンまでの距離でいえば、北東部を行くのが一番短いんです』
ユウラはそう説明する。
『もちろん銀竜の存在があるため、北寄りは遭遇率が高いかもしれませんが、実際のところ銀竜がどこにいるのかわからない上に移動範囲も広いようなので、相当南方へ迂回しない限りは遭遇率は似たりよったりでしょう』
北東部ルートの問題点は――
『街道がないのでおそらく馬車が使えないこと。未開地なので、より危険な獣が多いこと。人間の集落がほぼないので、食料や物資の補充が見込めないことがあげられます』
しかし、メリットもある。
『人間がほぼいないので、盗賊の類はまずいません。アルトヴューの兵とも遭遇しないでしょうから、止められり迂回しろと言われることもありません』
『私たちは、ライガネンにたどり着かねばなりません。できるだけ早く』
セラは言った。
『他の二案より、早く目的地に着けるなら。多少の危険もやむを得ません』
『なら決まりだな』
この旅はセラの旅だ。彼女がそれを望んでいて、かつそれを実現できる程度の危険なら、慧太や他の者たちに反論する必要はなかった。
かくて、一行は進む。
先導するのは、ユウラとアスモディア。中央を慧太とセラ。最後尾をリアナが進む。
ちなみに慧太の乗るコンプトゥスには、馬やその他騎乗生物に乗ったことがないキアハが相乗りする形で乗っている。
キアハのたわわな胸が慧太の背中におしつけられ……何とも妙な緊張感に包まれる。当初は怖いからとしがみつかれ、その柔らかな肉圧を感じていたが、ここにきて慣れたのか、少し押し付け具合が弱くなっている。……完全に離れないのは、コンプトゥスに騎乗するというのが思いのほか上下の震動が強いからでもある。速度を出している時は特に気をつけないと落下の恐れがあるのだ。
「未開地というから――」
慧太のすぐそばでサターナの声。顔を下げれば、身長二十センチほどの小人サイズになっているサターナが慧太の前に、ちょこんと座っている。
まるで小さな妖精さんだ。シェイプシフターであるわけだから、サイズも自由自在である。
「もっと自然が混沌とした場所かと思ったけれど、とても綺麗なところなのね」
一行の左手側を流れるアーテム川は、太陽の光を浴びてエメラルド色に輝いている。対岸には無数の針葉樹が立ち並び、濃厚な緑を形成する一方、視線を遠くに向ければ、山頂を雪化粧したグリツェルーンの山々がそびえていた。
広大なる大自然。まさに絶景。もしこれが地球なら、きっと本などに掲載されるだろう美しき自然がそこにあった。
「ああ、綺麗だ」
あまり自然がどうこう思わない人間でも、これを目の当たりにすれば心に何かしら響くものがあるだろう。実際、慧太は周囲を見張るより、きらきらと太陽光を反射している川や森の木々の景色を眺めるほうが多くなっていた。……もちろん、油断はしていない。
――写真か何かに残しておきたいな。
「こういう景色が見られるのも旅の醍醐味よね」
サターナが笑みを浮かべた。
「豊かな土地だわ」
「人工の造形物がないからこその景色だな」
慧太も同意する。
何とも平和だった。ライガネンへ急ぐ旅でなかったら、ゆっくり散策したいとさえ思える。
先頭を行くユウラとアスモディアのコンプトゥスが足を止めた。続く慧太らの小型竜も追い越さない程度に止まった。
「では、少し休憩しましょうか」
ユウラは言った。慧太の背後でキアハが思い切り溜息をついた。慧太は苦笑すると口もとをゆがめた。
「お疲れさん」
・ ・ ・
アーテム川を眺めながらの休憩。五頭のコンプトゥスは、慧太たちを守る壁のように一定距離をとって、半円状に展開し休息をとっている。
この位置から、対岸までは二十メートルほどあるだろうか。静かに流れるアーテム川の流れは緩やかだった。
「うぁー……」
キアハがお尻を押さえて立っていた。
「しんどいです。竜に乗るって」
「本当に経験ないんだな」
慧太は小さく笑った。
馬でもそうだが、騎乗するというのは見た目と違い、結構しんどいものがある。乗れば歩かなくていいから楽だと思われがちだが、意外に上下に揺られるものだから、慣れないと膝やお尻が痛くなってくるのだ。慣れると皮が厚くなるから平気になってくるが、とかく初心者は降りた後にお尻が気になるというのがよくある光景である。
その点、キアハ以外の面々は大なり小なり馬に乗った経験があるようで、平然としていた。
と、そこへセラがやってきたのだが、心なしか、お尻まわりを気にしているようだった。ここしばらく馬に乗っていなかったのか、もしかしたら経験はあってもさほどでもなかったりするかもしれない。
「疲れた?」
慧太は声をかける。そばまでやってきたセラは「ううん」と首を横に振った。
「大丈夫。……綺麗な川ね」
薄緑色の川は陽光に照らされ、輝いて見える。
「この川を上っていけば、ジュルター山にたどり着く。ジュルターを壁を越えれば、ライガネンらしい」
「いよいよ……」
上流へと視線を向けながら、セラは呟く。
南北グリツェルーンの山々が、アーテム川を挟んで大峡谷を形作るように左右にそびえているため、ジュルター山はここからでは見えない。しかし、旅の終わりも近い。
聖アルゲナム国を出発したセラが目指すライガネン王国。それが目の前を流れる川を上った先にあるのだ。
慧太は、ユウラが説明した言葉を思い出しながら言った。
「何事もなければ、あと四、五日でジュルター山だ。山越えに二日ほどと見積もって、ライガネン王国に入り、そこから王都まで三日くらいって話だ」
「あと十日くらい」
「そう、十日くらい」
それで、セラは目的地へ。慧太は、お姫様の護衛もお役御免となる。
――あと、十日か。
この銀髪のお姫様と一緒に旅をするのは。
そう考えると、寂しさがこみ上げる。見つめる彼女の横顔も、どこか憂いを感じさせた。
――セラは、どうなんだろう……。
故国のために頑張ってきたセラ。その使命がいよいよ果たせるとあって、それは喜ばしいことだ。だが、それで慧太たちと離れることになる。彼女には彼女のやることがある。
おそらくアルゲナム奪還のために行動を起こすだろう。ライガネン王国に縋り、協力を仰ぎながら、自身でやれることは積極的に動くはずだ。
――力を貸してやりたい。
慧太は思う。もしオレ一人だったら、そうした。
振り返る。
背後の森を警戒するリアナ。
アスモディアと地図を広げて相談しているユウラ。キアハがいて、サターナがいる。
ハイマト傭兵団――その残党。それを束ねる立場に、慧太は置かれている。
まずは生きていくために仕事――報酬を得ないといけない。慧太はともかく、他の面々には食べるものが必要で、拠点もあったほうがいい。衣服や装備、生活用具、その他もろもろ揃えなければならないものも多く、それにはお金が必要だ。
セラには報酬はいい、なんて言ってしまった手前、何か他に稼ぐ手立てが必要だ。セラは当面お金を出せる状況ではないだろうし……そうなると。
『この旅が終わったら、あなたはどうするつもりですか?』
以前、ユウラが投げかけた言葉が脳裏をよぎる。セラを送り届けたら、その後どうするか考えたほうがいいとも。
「……」
慧太の一存では、どうしようもならない状況になる未来しか見えなかった。
次回、『ジュルター山への道』
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