第二〇一話、倉井家、訪問
慧太はユウラをつれて、倉井が働いているという店を訪ねた。だがちょうど、彼が出てくるところに出くわした。
背中に荷物カバンを背負った彼は、今日は上がりだと言う。慧太は、古代魔術の専門家であるユウラを紹介すれば、倉井は顔に満面の笑みを浮かべて、彼の手を取った。
「ありがたいです! 文字はもう見てくれましたでしょうか? 呪文を教えていただけるのでありましょうか」
倉井の西方語は、馬鹿丁寧というか変な感じだった。先にあったとき、訛りがどうとか言っていたが……。
――訛りではないが、何か変かも……。
ユウラが、呪文は教えるが、その前に魔法の手順を確認したいと倉井に告げた。失敗があると、いかに呪文が正しくても危ないという専門家の意見に、倉井は少し考えたが了承した。
彼が見せた一瞬の間は、ユウラが信頼できる人間なのか判断するため、と思いたい。いきなり会った人からの善意について、この世界ではその意味を少しばかり考える必要がある。
世の中、善意でできていないのだ。
シアードの町外れ。スラム街一歩手前と言った雰囲気の場所。建物は薄汚れ、人の通りもあまりなく、たまに見かける人もお世辞にもお金を持っているようには見えない姿をしていた。
「……あまり治安がよろしくなさそうだな」
慧太はユウラにもわかるように西方語で喋った。倉井は日本語で言う。
「そう見えるが、案外ここの連中は大人しいよ。……もちろん、あまり大っぴらにお金の臭いをさせていると別だけど」
日本語がわからないユウラが首をかしげたので、慧太が通訳する。
「金持ちだと危ないとさ」
「なるほど」
さらに奥へと進む。くたびれた建物は減り、幾分かマシな建物が立ち並ぶ一角に、倉井が住んでいるという家があった。
古びた石造りの建物。だが周囲の家よりやや大きい。家の扉の近くには、ガタイのいい男が一人座り込んでいた。日に焼けた肌、そりあがった頭は陽光を照り返している。いるだけで、声をかけるのも躊躇うような迫力があった。
倉井はポケットから硬貨を出すと、男に「ご苦労様でした」と言った。硬貨を受け取り頷いた男はそのまま立ち去った。
「ガードマンってところですか? 倉井さん」
「まあな。警備員が必要な環境ってどうなのよ、って思うな」
建物の中から、子供らしき声が複数聞こえた。……子供?
「ああ、身寄りのないチビたちを拾って面倒見てるんだ」
意外な言葉だった。てっきり異世界にひとりぼっち……もとい一人暮らしだと思っていたのだが――
「ひょっとして奥さんとかいたりとか……?」
「いや、それはない。俺は独身だよ」
自嘲するように笑う倉井。
「ただ、何もないと無性に寂しくてな。テレビでもあればつけっぱなしにするんだけど――ここじゃチビたちがその代わり」
とはいえ、子供の面倒は大変だと思うのだ。
声からすると一人二人ではなさそうだ。生活費とか、足りているんだろうか? ……いや、何とかやりくりできているのだろう。そうでなければ当に生活は破綻しているだろうから。
「皆さん、お養父さまが帰りましたですよー」
倉井は西方語で、ただいまの挨拶。……これがわざとでなければ、現地語を教えたやつの顔を見てみたいと、慧太とユウラは顔を見合わせ苦笑した。
「オカエリー!」
面倒を見ているという子供が奥から顔を覗かせた。……男の子、男の子、女の子、女の子、女の子、男の子――
「何人出てくるんだ?」
ぞろぞろとやってきて倉井に声をかけたり、彼が背負っていたカバンを受け取ったり、抱きついたり。
「……んあ、十二人だよ」
「十二」
とっさに、慧太は胸の奥で嫌な感触に触れた。
十二人、召喚魔法の生贄――脳裏に浮かんだそれが顔に出たのか、倉井は苦笑いした。
「違う違う、生贄に使う動物は裏で飼ってる鳥たちを使うから」
「鳥……?」
「フン鳥って現地でいうんだが。……まあ、ニワトリみたいなやつだよ。ちょっと身体がニワトリより大きいけど」
「そうですか」
慧太は安堵する。さすがに子供たちを生贄にして魔法を使うなんて外道過ぎる。
「それで――」
ユウラが口を開いた。
「差しつかなければ、召喚魔法を使う場所とか拝見できないでしょうか? もう魔法陣はあるのでしょう?」
「ああ、それなら一応、地下室にそれを作ってありますよ、はい」
西方語で答える倉井は、子供たちに晩御飯の準備をするように言う。歓声をあげながら離れていく子供たちを見やり、慧太は顔をほころばせる。
「子供の面倒は大変ではないですか? 十二人も」
「気づけば、増えてた」
倉井は表情を沈ませた。
「道端で膝を抱えている子供を見るとな……。何か一人でいる俺自身と被ってしまって放っておけなかった」
何となくわかる――慧太は頷いた。
・ ・ ・
「ずいぶんと腰が低くくて人のよさそうな方でしたね」
帰り道、ユウラはそんなことを言った。荒れた貧民街を歩きながら、慧太は眉をひそめた。
「ありゃ、あの人の西方語に癖があるからだ。日本語で話している間は普通だよ」
「慧太くんは、どう思いました?」
「どうって?」
意味がわからずに聞けば、ユウラは事務的な口調で言った。
「彼、あそこにいる子供たちを生贄に使うと思いますか?」
「……」
慧太は顔をしかめた。倉井は否定したが、あそこにいる子供の数が十二人と聞いた時、とっさに嫌な予感がしたのは事実だ。これは単なる偶然だろうか。
彼の家の裏庭には、確かにニワトリをちょっと、いやふた回りほど大きくした鳥が十四羽いた。
「生贄にはフン鳥を使うと言っていた」
「ええ、僕もそう聞きました。でも同時にこうも聞かれました。フン鳥は生贄に不足していないかどうか」
それは聞き逃した、と慧太は思った。
「あんたは何て答えたんだ?」
「フン鳥を生贄に使った例は知りませんが、他の動物を利用した場合、総じて生贄数を増やしたほうがいい、という話は耳にしたことがあります、と」
「……要するに、魔素だっけ? それが足りないかも、って答えたわけだ」
「助言を求められましたから」
ユウラは視線を慧太に投げかける。
「で、どう思います? 僕がフン鳥では不足かもと言った場合、彼はあそこにいる子供たちを生贄に用いると思いますか?」
「……さあな。オレが知るか」
話したと言っても、わずかな時間。人のよさそうな大人ではあるが、彼がこの世界にきてどのような生活を送り、何を考えていたかなどわかるはずがない。
ただ――
「普通の人間なら、そういう子供の命を奪ってでも目的を果たそうなんて、思わないだろう」
「……彼が普通なら」
「何がいいたい?」
慧太は睨んだ。
同郷人を悪く言っているように感じた。普通ならそれは面白くないことなのだが、何故か慧太自身、胸の奥底にくすぶっているのを感じている。
「彼と会話をしていた時、僕はとても胸騒ぎがしました。フン鳥を使うつもりと彼は言っていましたが、本音は違うのではと感じられたのです」
「倉井さんが、初めから子供を生贄に使うつもりだったと?」
「そう感じられました」
不愉快な想像ですが、と青年魔術師は言った。
「ああ、不愉快だな」
慧太は不機嫌さを隠さなかった。彼はそんな人間ではない、と思いたいが、もしかしたら、という気持ちを拭い去れない。
「仮に、そうだとして」
表情なく、慧太は言った。
「十二人の孤児が死ぬだけだ。胸糞悪いが」
次回、『それぞれの気がかり』




