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第一話、昼寝少年と銀髪少女


 空はどこまでも青かった。

 遥か上空を緩やかに流れる雲。さわやかに吹き抜ける風が肌をくすぐり、芝草の上に寝転がっている少年は目を細めた。


 夢を見た。

 黒く、ドロドロねとねとした巨大な塊――大きさにすれば一メートル程度だが、タールの塊のような、スライムような、といえば十分大きいだろう。それに頭から喰われて殺される夢だ。


 本当のことを言えば、それは夢ではなく、かつてあった実際のことだったが。――そう、オレが死んだまさにその時の光景だ。


 十代後半。短めの黒髪の少年は、木陰で休んでいた。

 黒い上着に同じく黒の長ズボン。腕を守る小手、腰にはベルトとポーチ――と、辺境の見習い剣士か、あるいは盗賊の類といった服装だが、彼は『全裸』である。衣装を身に付けているように見えるが『全裸』なのである。


 少年の名は羽土はづち慧太けいた。日本に生まれ、特に能力もない高校生だったが、この世界に勇者として召喚され、理不尽に殺された少年少女三十人の中の一人だった。

 そうだ、死んだのだ。人間(・・)だった羽土慧太は、もういない。あの日、クラスメイトたちが殺されていく中、黒い塊に喰われて――


 それが一年前の彼。


 現在は、とある傭兵団に所属する傭兵である。一年前からは想像すらできない姿だ。

 異国の空、異世界の空。

 今日は天気がよかった。このまま昼寝するのも悪くない。


 本当なら、獣を狩って食料を調達するというお仕事の最中だ。だがそちらは頼りになる相棒がやってくれているので、ノンビリ過ごしていても怒られないようになっている。


 ゆったりと流れる時間。慧太は新芽の香りを楽しみ、そっと瞼を閉じた。だがそのわずか数秒後、耳が音を拾った。

 葉っぱが派手に揺れ、散る音。聞きなれない獣の声。木の枝が折れる音が響き、何者かの靴音が連続する。走っている――


 慧太は瞼を開いた。仰向けから体を軽く起こして、すぐにうつぶせ気味に姿勢を低く保つ。芝の上で這うような格好だ。音の方に顔を向け、それがやってくるのを待った。


 ざっ、と背の高い草を掻き分け、人が飛び出した。


 銀色の長い髪がなびいていた。少女の面影が強い横顔。青く澄んだ瞳をもった少女は、何者かから逃げるように広い野原に出た。……慧太が休んでいるそこに。


 距離にして三十ミータ(メートル)ほど離れているだろうか。

 銀髪の少女は、おおよそ十代後半、慧太と同い年くらい。青い服は村娘が着るものとしては上等な生地のようで、またそのスカートはやや短めで活発な印象を与えた。ただその右手に銀色に輝くショートソードが握られていた。見たところ、量産品のそれでなく特注の品のようだ。


 銀髪の少女は息を切らしていた。

 肩が上下に揺れ、かなり長い距離を走っていたようだ。その美しい横顔、頬を伝った汗がぽとりと落ちる。


 青い瞳が見つめる先に巨大な獣が姿を現す。トカゲの類を思わす鱗、その体躯は全長四、五ミータほどもある巨大なワニのようにも見えた。


「おいおい……」


 慧太は思わず目を瞠った。この近辺では見ない獣だ――いや、ひょっとしたら魔獣かもしれない。しかもその背中には、人のようなシルエットがあった。


 黒いごつごつした肌、それは石のように質感を持った顔だ。鉄製の鎧に黒いマントを羽織り、手には槍を持っている。まるで大ワニの魔獣に騎乗した騎兵のようだ。


 魔人――!


 地の底を支配する邪神が生み出したとも言われる人型の魔物――人間と敵対し、牙を剥く者。それが魔人だ。

 かつて南の大陸の果てに追い込まれ、本来ならこのあたりにいるはずのない魔人。それが姿を現し、銀髪の少女を追いかけている。……慧太の中で、ふつりと怒りが湧いた。


 魔人は一人ではなかった。大ワニに乗っている者のほか、徒歩で移動してきたと思しきトカゲ頭の魔人が二人、そして鶏頭の魔人が三人、遅れて現れる。

 連中は、たちまち銀髪の少女に追いつき、数ミータの距離を置いて対峙する。


「追いかけっこは、諦めたかい、お姫様?」


 大ワニに乗った魔人が、小馬鹿にしたように少女に言い放った。まわりの魔人も剣や斧を構える。


 銀髪の少女は息を整えながら、銀に輝く片手剣の切っ先を向けた。

 凛とした青い瞳は闘志を失っていない。魔人相手に怯えの欠片もないそれ。しかし体力は限界に近づいているらしく、返す言葉もその唇から出ることはなかった。呼吸を整えることを最優先にしているようだ。……戦う気だ。


 慧太はその身を地面に沈める。

 まるで伏せて隠れるような格好だ。それは騒動に巻き込まれないように小さくなる、とは違う。慧太の身体が地面に触れると共に、そこに吸い込まれるように沈んでいく。服も身体も溶けていくように見え、やがて影だけが残った。その姿は、もはや真上からでないと見えない。……さながら、一年前に慧太を喰らい殺した、あの黒い塊を思わす姿だ。


「……」


 すっと、その影の塊は動き出した。銀髪の少女と魔人たち、その対峙する場へ滑る。

 トカゲ頭の魔人が少女めがけて低姿勢で突進をかけた。トントントンと軽い足音で一気に距離を詰める。振り下ろされた小斧が空を切った。少女は後ろへ跳んでかわしたのだ。


「……仕方ない!」


 少女は呟いた。


「我は乞う。――古の銀天使の加護、闇を貫く光と成せ!」


 少女の身体が光を発する。銀の胸甲、肩部を守る鎧。腕、脛を守る銀甲。その銀髪の頭には、天使の翼を模した飾りのついた軽兜が現れる。

 まるで魔法少女の変身のようだ。慧太は接近しつつそう思った。もっとも光の中から現れた彼女は、フリフリドレスの魔法少女ではなく、例えるなら戦乙女――北欧神話のヴァルキリーだった。


 光に包まれ、戦乙女を思わす白銀の甲冑をまとった騎士と化した少女。彼女は地を蹴ると手近なトカゲ頭の魔人を手にした銀剣で切りつけた。魔人の血が飛んだが、その血が戦乙女にかかることはない。すでに彼女の身体は魔人の背後に回りこんでいたからだ。


 トカゲ魔人が奇声じみた声を上げ振り返る。だが銀髪の戦乙女の剣、その第二撃が、魔人の喉元を引き裂いていた。

 悶え、絶命するトカゲ魔人。しかし少女もまた、苦しそうに息を吐く。


「ち、脅かしやがってぇ……さすがに限界か?」


 岩のような肌を持つ魔人が吐き捨てる。


「野郎ども、女を取り押さえろ!」


 魔人らが戦乙女を取り囲む。少女は両手で剣を構える。立っているのもやっとという状態。しかし恐怖はなく、ただ最後まで戦い抜く覚悟を発散する。

 見上げた闘志。だからこそ――助けたくなる、よな……!


 慧太は影から浮上した。手ぶらだった両手に、それぞれ黒い獲物――ダガーを持って。

次回、『出会い』

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