第一九一話、八対多数
カーフマンの馬車が止まる。じきにその周囲を、盗賊どもが取り囲むだろう。
前方十数メートルには、大トカゲの魔獣が五頭と十数人の盗賊歩兵。右の土手の上に、盗賊騎兵が十。さらにこちらを追跡していた敵騎兵がやはり十幾つ。
遠巻きに包囲された。
馬車が止まってしまった以上、再び動き出せば、スピードに乗る前に敵に襲われる。つまり、この状況から脱するには、盗賊どもと一戦交えるしかないということだ。
慧太は素早く思考をめぐらせる。こちらの数が少ない以上、全周に対応しようとすればこちらの戦力は分散し、各個撃破されるのがオチだ。
慧太ら化け物組の半分はどうということはないが、セラやユウラ、リアナら普通の人間や獣人には、一つの傷が致命傷にもなりかねない。
「アスモディア!」
シェイプシフターベッドで横になっていた赤毛のシスターをたたき起こす。うー、とダルそうにしている女魔人に、慧太は吠えるように言った。
「いますぐ土手の斜面に火を放て。即席のバリケードだ!」
「……いま、どうなってるの?」
「包囲されてんだっ!」
その声に押し出されるように、アスモディアが馬車の後尾にまわり、そこから斜面の草を、得意の火の魔法を用いて焼き払った。さらに炎の壁を形成し、騎馬が不用意に突撃させないようにする。これでまず土手の上からの突撃はない。
「ユウラ! 前方の連中を、いつもの爆砕魔法で吹き飛ばせるか?」
「やるやれないで言えば、できますけど」
しかしユウラは顔をしかめた。
「ただ加減が難しいですね。相手は魔法を警戒しているようですし……この配置だとまとめては吹き飛ばせません。こっちも巻き込んでいいなら話は別ですが」
「それはダメだ」
慧太は頷く。――まとめて吹き飛ばせないなら、オレたちの出番だ。
「援護を頼むぞ。……キアハ、来い!」
慧太は御者台側から、外へと飛び出す。カーフマンが身をすくめる横を慧太が、そしてキアハが続く。
「とりあえず、正面はオレたちで切り開く!」
「わかりました、ケイタさん!」
キアハが金棒を握り込む。その怪力があれば、目の前の魔獣でも打撃では負けないだろう。
トカゲ、いやどちらかといえば丸々と太った肉食恐竜のようなスタイル。腕は貧弱そうだが、一方で足が異様に太く、がっちりしている。全体的に、デフォルメされた恐竜の玩具じみた不恰好な魔獣だ。だがその肉食恐竜のような面は凶暴で、開いた大きな口からは、涎が糸を引いていた。……トカゲの餌は御免こうむる。
「ケイタ!」
セラの声がした。馬車の後ろ、追跡していた敵騎馬が向かってきている。側面だけでなく、後方にも炎の壁を展開しておくべきだったか、と一瞬思ったが、ふと、平地なら馬が炎の壁を越えてくる可能性があることに気づいた。
とりあえず、オレはいま前の敵を何とかしなくちゃいけない――後ろの面倒は見ていられない。だから――
「セラ、後ろの敵を任せる!」
任せていいか、ではなく、任せてしまった。聞いたところで、彼女なら断らないだろうと思った。
だが言ってから、十数の騎馬相手に立ち向かえというのは無茶ぶりもいいところだと気づく。
しかしセラは、恐るべき魔人騎兵の中隊に単身立ち向かおうとした胆力の持ち主だ。彼女は逃げない。その逃げないということがわかるだけで、どれだけ安心して背中を預けられることか。
「……! 任せて!」
案の定、セラは後方の敵に対処すべく向かった。
……当然、彼女ひとりを戦わせたりはしないよな? 慧太がそう心で呟けば、もちろんよ、とサターナの声が聞こえた気がした。サターナ、そしてアルフォンソが後方の敵の対処に向かうのがわかる。シェイプシフター同士、いや慧太の身体から作られたからだろうか。
「さて、キアハ」
慧太は前方の敵、太っちょのトカゲ魔獣を睨みながら、唇の端を吊り上げた。
「怖いか?」
「……いえ」
キアハは、やや顔を強張らせていたが、口もとを笑みの形にゆがめた。
「こういう魔獣とは施設で散々戦わされましたから!」
「そいつは結構」
切り開くぞ――慧太は手に斧を形成すると正面の魔獣めがけて突進した。
・ ・ ・
後ろの敵は任せる――彼がそう言った時、不謹慎かもしれないが、セラは心臓がドクリと跳ね、飛び上がりたいほどの歓喜が心を満たした。
圧倒的に不利な状況、盗賊たちによる包囲。負ければ最悪死、捕まれば悪夢にも等しい目に遭うだろうことは避けられない危機。そんな時でも、ケイタのかけた『任せる』という言葉に、ひどく感動していた。
重要な時に、彼から任せてもらえたのは初めてではないか――とセラは思った。なにせ出会って間もない頃、先導しようと言ったら彼は突っぱねた。
お姫様だから――セラが否定しても、彼はいつも守ってくれた。過保護かもしれない、と思うこともあるくらいに。
信頼されている。
危険を任されるということは、そういうことだ。セラは、それがたまらなく嬉しかった。
「慧太は簡単に言うけれど――」
対してサターナは表情が硬い。
「この状況で任されても、というか荷がかちすぎるわね」
わかってる? ――とサターナは荷物を避けて馬車の後尾から外へ向かいながら言う。
「敵は騎兵。徒歩で立ち向かうのは正気の沙汰ではないわ」
「確かに」
無謀と言えるかもしれない。セラは白銀の鎧を具現化させ、羽付き兜、白銀に輝く鎧を身にまとう。
「でも、ここは守らないと」
ケイタに任されたのだ。その信頼に応えたい。いや応えなくては。
「戦場では敵の得意な戦法に付き合わないことが鉄則よ」
サターナは馬車後部から飛び降りる寸前、身体を変化させる。身長がセラと同じくらいにまで伸びた。
「敵騎兵の得意といえば?」
「速度と突進力」
セラが即答すれば、サターナは口もとに笑みを浮かべた。
「では、これを封じる必要があるわね。あなたならどうする?」
「馬車の近くで、その馬車を背にして戦う。そうすれば騎兵は突進をかけられない」
突き進めば馬車に激突するため、騎兵の得意とする突進も一撃離脱も困難。サターナは馬車から飛び降りた。
「ご名答。でも根本的な解決ではないわね」
こうかしら、と呟くと、その身体にセラの白銀の鎧を模した胸甲、肩当などを装着する。シェイプシフターの変身か。あまりに白銀の鎧と同一のものをサターナが装着したことで、セラは目を丸くする。
「突撃できなければ、下馬歩兵として挑んでくるでしょうね。結局、数で押し込まれることは変わらない。……敵に主導権があるのが気に入らないわ」
拗ねたような顔をするサターナ。セラは馬車を降り、戦乙女衣装をまとう漆黒の髪の美女の隣に立った。
「では、どうします?」
「ここはワタシたちの利点を用いて、積極的な機動防御に出ましょう。……あなたは、空は飛べるわよね?」
「空……? ええ」
白銀の鎧には翼を展開することで飛行が可能だ。
「あなたに魔人流の空中戦術を伝授してあげてもいいけれど……教えを受ける気はあるかしら?」
魔人流――その言葉にセラがわずかに眉をひそめる。だが考えている余裕はなかった。何故なら盗賊の騎馬隊が、こちらへ向かって来るのが見えたのだ。悩んでいる暇はない。
この状況を少しでも有利に持ち込めるなら。
「お願いします」
「いい返事ね。セラフィナ訓練生」
外見上、年齢は変わらないはずなのに、サターナは年上の余裕を見せる。彼女の白銀の鎧は、次の瞬間、漆黒に赤いラインの入ったサターナの個人カラーに変わった。背中に展開した翼も、カラスのように真っ黒だ。
「やっぱり、ワタシにはこちらの色が合っているわね。……アスモディア!」
元同僚を呼びつける。赤髪の巨乳シスターは手に紅槍を具現化させて、馬車を降りたが、相変わらず顔色はよくない。
「召喚奴隷の癖に、だらしないわね」
「うっさい! 頭ガンガンする……気持ち悪い」
「飲みすぎるからよ、バカ。あなたはここに残って馬車を守りなさい。いい? 死守よ、死守!」
「死守?」
頭を押さえつつアスモディアが言えば、サターナは背を向け、迫り来る敵を睨む。
「まあ、どうせあなたは死なない身体なのだから、二日酔いでもそれくらいはできるでしょ?」
「バカにしないで……! うっ」
吐き気をこらえるシスター服の魔人。サターナは右手に、一角獣の角を模した槍を作り出しながら言った。
「さあ、セラ。ワタシたちで主導権を取りに行くわよ」
次回、『逆襲』
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