表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
馬車調達編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

187/481

第一八六話、酒場にて


 席を譲ってくださらない? 

 サターナが小悪魔じみた笑みを浮かべて言えば、彼らは喜んで慧太たち一行のためのテーブル席を譲った。

 酒場の客連中は、酒や食べ物を注文し、いまある分を消化にかかっていたが、気になるのか視線が自然と集まってきた。

 はじめはリーダー格と思しきサターナ。……あれだけ派手に振る舞えば、そう判断されるだろう。次に半魔人のキアハ。

 そしてすでに格好だけで男連中の注目を集める踊り子衣装のアスモディアへと終着する。外套がいとうを羽織るように着ているので、前からだとそのたっぷりあるお胸が、横からでは、すらりと伸びた生足がお目見えである。


 ――酒に酔ってる連中でなくても刺激が強すぎやしませんかねぇ……。


 それに比べると金髪の狐っ娘や、銀髪の麗しいお嬢様は、さも普通に感じられてしまう。

 慧太はサターナから見て正面の席に座る。


「……ひとつ聞いてもいいかな、サターナ?」

「なぁに、お父様」


 ざわ、と周囲が一瞬揺れたような気配。聞き耳立てている連中がいるようだ。慧太は小声になる。


「……あの金、どうしたんだ?」


 シェイプシフターである彼女がお金を持っていると思えない。彼女がお金を稼いだり、手に入れたところを慧太は見ていないのだ。いつ、どこで――

 サターナは机に両肘をついて口元を隠すように言った。


「ヌンフトの守備隊から」

「いつの間に……!」


 というか、それ泥棒――


「慰謝料よ。だってあいつらはね――」


 こちらをスパイ容疑をかけて拘束した。キアハやアスモディアは手荒な尋問を受けたし、慧太たちは尋問なしで強制労働に放り込まれたのだ。


「クルアスに騙されたのだとしても、彼らは間違いに気づいていないし、気づいたところでワタシたちに謝罪も保障も何もなし。だから、些細ささいなお礼を頂戴したまでよ」


 サターナの目が鋭さを増した。


「ワタシがもし魔人軍にいたなら、宣戦布告と見なしてヌンフトを滅ぼしてやるところだわ」


 一瞬、ゾクリとしたものがテーブルの上を走ったが、サターナはすぐに表情を改めた。


「ね? 些細でしょ」

「君が寛大な心の持ち主でよかった」


 慧太が皮肉れば、サターナもまた「そうでしょ?」と流した。酒の入った木製のマグが店員によって運ばれ、テーブルに並べられた。

 ビールだった。それぞれに飲み物が行き渡ると、サターナは顎で慧太に合図した。音頭を取れというのだ。


「では……乾杯」

「乾杯!」


 七つのマグが軽く音を立て、それぞれが飲み始める。


 豪快に飲むのはサターナとアスモディア。

 アスモディアなどは一気飲みに近く、マグを持ち上げながら飲む都合上、彼女の大きな胸が突き出される形となり、周囲の男たちから妙な歓声が上がる。


 セラはそんな周囲に戸惑いながら、ちびちびと飲み、キアハも周りが気になるようだった。

 一方でリアナは、喧騒けんそうなど意に介せず淡々と飲み、ユウラはまた味が気に入らなかったのか小首を傾げていた。


 慧太は視線を戻し、ふとサターナが笑顔のままで「あまり味を感じないわね」と漏らすのを聞き逃さなかった。……どうやら彼女も慧太同様、味覚があまり役に立たない状態のようだ。ご愁傷様。


 無言で慧太は飲みかけのマグを突き出すと、サターナも意味を理解したか、同じくマグを軽く当てて答えた。


 旅の休息も兼ねて酒を飲み、温かな食事をとる。周囲の喧騒もまた、夜の酒場ならではだ。

 セラは興味深げにそれらを眺めていた。まるで都会に出てきた田舎娘のような反応に、慧太は微笑ましくなる。

 そんな慧太のにやけ顔に気づいたのか、セラは軽く眉をひそめた。


「なに?」

「別に」

「私、変だった?」

「いいや」


 その質問が変だとは思ったが、慧太はマグの酒ごと言葉を飲み込む。かすかに緊張を漂わせているセラは肩をすくめた。


「認める。こういう店は慣れていない」


 へぇ、と適当に相づちを入れる。


「食事というのは、もっと厳かで、静かにとるもの……そう思ってた」

「お城での生活の話?」


 慧太が問えば、セラはマグに口をつける。


「食事中は、普通お話はしない。……もちろん、来賓らいひんを招いての晩餐は別だけれど」

「こういうお上品ではない食事は、免疫がないと」


 なるほど、と頷いていると、テーブルに料理が並んだ。


 酒場の料理といえば、大抵メニューが店で決まっているので、食べたいもののリクエストはまず受け付けていない。よほど食材が豊富であり、ハイクラスな店でもなければ。

 選べるとしたら精々、酒の種類くらいか。……地酒かワインかビール程度だが。

薄く切った芋に焼けたチーズが乗っている、いわゆるチーズ焼きが皿の上で、かすかな湯気と強いチーズのにおいを漂わせている。他には魚だろう、肉が入ったスープがテーブルに並んだ。


「美味そうだ」


 思わず慧太は呟く。惜しむらくは、味を堪能できる舌がないことか。温かい料理を愉しめる者たちが羨ましい。

 ユウラやセラがチーズ焼きに手を伸ばす。手づかみで食べれるようになっているが、ふつうは溶けたチーズ乗っている上面からは触らない。

 慧太はスープを飲む。そしてセラがチーズ焼きを食べる瞬間を、じっと見やる。


「ん……」


 一口。薄くきられた芋は温かい。とろっ、と溶けたチーズが伸びて、彼女の唇に。セラは左手で垂れないようにすくい、そのまま口に。


「熱い」


 吐息も熱を帯びているようだった。慧太は「美味しい?」と問う。


「美味しい」


 セラは頷いた。……味を感じられたら。慧太はチーズ焼きをとりながら、何となくこんな味だろうと想像しながら、口に入れる。うん、ピザに乗っている具とチーズを食べた感じ。……何となく味を感じた、気がする。


「マスター! お酒おかわり!」


 アスモディアがマグを掲げて言った。

 彼女が動くたびに、その手薄でギリギリな衣装に引っ張られる形で、そのお胸が揺れる。ついでに周囲の客たちの視線も揺れる。……スケベどもめ。いや、男なら気持ちはわからないでもないが。


「ユウラ?」

「いや、マスターと言ったので、一瞬反応してしまいました」


 そういいながら酒を呷る青髪の魔術師。……いま彼女の胸を見てたよな、という突っ込みは野暮か。


「セラも、酒のおかわりは?」


 慧太が聞けば、彼女は自分のマグの残りを見る。


「まだ残ってる。ありがとう」

「今日はサターナの奢りだから、どんどん飲んでいいぞ。酔ったら膝枕してやる」

「え……。いや、別に私、お酒に弱くないですから!」


 突然赤面するセラに、サターナが意地の悪い顔になった。


「なに急に。……膝枕ってなに?」

「あー、それな。前にセラが――」

「何でもないです!」


 セラは慧太のそれをさえぎった。

 以前、地下亜人であるグノームの集落で酔いつぶれたセラである。目覚めたら慧太に膝枕されていたという出来事は、彼女にとっては恥ずかしい思い出らしい。


「じゃあ、オレが酔ったら膝枕してくれる?」


 意地の悪い冗談のつもりだった。その場の雰囲気に当てられたせいだと思いたい。ふだんだったらそんなこと言わないのだが。

 セラは「え……」と戸惑いながら、しかし何故か上目遣いの視線を寄越し――


「膝枕? して欲しいならワタシがしてあげるわよ、慧太」


 サターナが言った。ユウラと、無言を通しているリアナが酒を飲みながら視線を走らせる。慌てた調子でセラが口を開く。


「いや、ケイタは……その、私に膝枕をして欲しいって……言ったんですよね?」


 真顔である。顔は相変わらず赤いが、それが照れなのか、酒に酔ったのか、傍目からは判別できなかった。……まだ、そんなに飲んでいないはずだが。


「ぐはーっ!」


 アスモディアが奇声を上げた。見れば、おかわりを一気に飲み干し、こちらもまた顔を赤らめている。


「熱くなってきちゃった……」 


 外套を脱ぎ、その奴隷踊り子衣装を前だけでなく全面に露にする女魔人。おおっ、と周囲の酔っ払いどもがどよめいた。


「マスター、もっとお酒!」


 席を立ち上がり、マグを再び掲げるアスモディア。


「みんな、注目!」


 言われなくても、客連中は注目していた。


「わたくしと飲み比べする殿方はいらっしゃらない? 勝ったら、おっぱい揉ませてあげるわー!」


 うおおぉっ――客の半数以上が名乗りを上げた。アスモディアは酔っ払いのテンションだが、その口もとが邪な笑みを浮かべるのを慧太は見逃さなかった。


 ――こいつ、絶対、素面しらふだ。


 いったい何を企んでいるのか。まあ、面倒事にならないならいいか――慧太はマグのビールに口をつけ――もう空になっていたので、おかわりを頼んだ。

次回、『案ずるより産むが易し』


感想、評価、レビューなど待ってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ