第一八三話、シェイプシフターのお食事事情
長旅ともなれば、あらゆる物が消耗する。食糧その他消耗品、装備。
慧太も、シェイプシフターとしての能力の多用と消耗を予想し、ここ一年で蓄えてきた余剰分をアルフォンソと分担して、ライガネン王国への旅路にのぞんだ。
はっきり言ってしまえば、シェイプシフター体の余剰分の消耗は、慧太の想定の遥か上をいっていた。
旅の合間で、ちまちまと補充をして、グルント台地にいた頃は、むしろ出発前より増えたのだが、王都エアリアを離れてから、魔人軍ベルゼ連隊との戦いで、その余剰をほぼ全て吐き出す形になった。しかもその分身体は、戦闘によりほぼ全滅した。
ナルヒェン山では、二十メートル級の大蛇を喰ったことである程度の補いがついた。だが城塞都市ヌンフトで、再び消耗した。
慧太はトラハダス退治に『慧』を分離した。アルフォンソはサターナの身体を分離させ、ヌンフトでは囮の馬車に変身させた分身体を火薬倉庫に突っ込ませた分、丸々損失だ。
結果、慧太もサターナもアルフォンソも、小分身を作る以外の余剰分を残していない。仮にサターナとアルフォンソをあわせたところで、全員が乗れる馬車を形成すらできない状態だった。
微妙に上り坂が延々と続いている街道を歩く。そこまで急斜面ではないから、馬車があればそこそこ楽ができるのだが。
「どこかで餌を補給するか、乗り物を調達しないとなぁ」
街道を歩きながら、慧太は、ふと空を見上げる。雲が多く、風もそこそこ吹いている。ただ雨の気配はなく、時より差し込む日差しが穏やかだった。
「餌?」
隣を歩くセラが小首をかしげた。
隊列は、例の如くリアナが先導している。その後ろ、十メートルほど置いて、慧太とセラが続き、さらに三、四メートル後ろをユウラとキアハが、最後尾をサターナとアスモディア、アルフォンソがついている。
慧太は、後方のアルフォンソから視線を戻した。
「シェイプシフターは他の生き物を喰らう肉食系――正確には雑食だけど、それらを取り込んで力をつける」
少なくともオレはそうだ、と慧太は心の中で呟く。もちろん、セラの前でそれは言えない。
「アルフォンソは、これまで色々頑張ってくれたよね」
セラはしみじみとした口調だった。シェイプシフターという怪物であるアルフォンソに対しても忌避するそぶりは欠片もない。
「でも、そういえばアルフォンソが何かを食べているところとか、見たことがないわ」
「今までは襲ってくる獣とか、その他生き物の死骸を取り込んでいたんだが……」
何の気なしに呟き、しまったと慧太は思う。
その他死骸――いわゆる敵対者、魔人だったり人間だったりするのだが、それを言ったら、おそらくこのお姫様は気分を悪くするだろう。……特に人間、という部分に。
慧太は平静を装いつつ、内心冷や汗ものだった。銀髪のお姫様は少し考える仕草をとり、やがて言った。
「それって、マクバフルドを仕留めた影喰い、みたいな?」
「……ご名答。よく覚えてたな」
えへへ、とセラが嬉しそうに笑んだ。……何とか悪い方向にいかずに済んだようだった。慧太はホッとする。
マクバフルド――墓場モグラともいう地下に生息する巨大なモグラのような姿をした巨大な獣である。地下に落ちた時、慧太とセラは、大モグラと遭遇したのだった。
それはそれとして。
「現状、多少の荒事なら問題ないが、例えばゴルド橋の落ちたバーリュッシュ川を渡るとか、魔人軍の大軍に追われるような事態になったら……ちと面倒だな」
「そうそう起こることでもないけど……」
セラは、わずかに眉をひそめた。
「実際起きたことなんだよね。そう考えると、確かに少し不安ね」
「ああ、少し不安だ」
慧太はセラの言葉を真似る。
会話が途切れた。前を行くリアナが前方左右をゆっくり見回しつつ歩く。
特に問題なし――それを確認した慧太だが、ふとセラが口もとに手を当てながら小さく笑ったのに気がついた。
「どうした?」
「ううん、ごめんなさい。そういえば、色々あったなぁって思い出して」
「……色々?」
「地震に巻き込まれて台地の底に落ちたり」
セラの言葉で、ああ、と慧太は首を縦に振った。
ライガネンに行かねばならない――国を失い、魔人に追われる彼女と出会い、今こうして同じ時を過ごしていること。短いはずなのに、それこそ『色々』あった。
地下で墓場モグラや、古代の魔獣と戦ったり。
「エアリアでは変装したあなたと一緒に脱出したり――」
「あの時、君をお姫様抱っこしたんだっけ」
「!?」
目を細める慧太に反して、セラはビクリとした。
「初めて会った時は、おんぶしたし、お姫様抱っこもしたよなぁ」
かぁっ、とセラの顔が羞恥に染まる。
「もうっ!!」
その手が慧太の腕を軽く叩いた。慧太はわざとらしく驚く。
「なんで!?」
「そんな恥ずかしいこと言わないで」
「恥ずかしい……?」
ナルヒェン山では、お互い肌を重ねて――というのは言いっこなしか。あれは緊急避難的処置であるし。……思い出したら、こっちが恥ずかしくなってきた。
「だって、私はアルゲナムの王族なわけで。……その、人の前でそんな恥ずかしい姿を見せられるわけ、ないというか……」
あー、と慧太は何となく納得した。
そういえば、セラは抱っこやおんぶされることに抵抗があるようだった。ひと目を気にして、というか王族のプライドとかいうものだろうか。しかし、セラがそういう言い方をするのは珍しいな、とも思った。何せお姫様と呼んだら怒られた過去がある。
「ぜんぜん、気にしていなかった」
お姫様扱いされるの嫌だと思っていたから。
むぅ、と、セラは頬を膨らませた。
「もう……意地悪ね」
「そうか?」
「そうよ。ケイタは意地悪だわ」
拗ねてしまったのだろうか。あるいは照れ隠しか。慧太は隣を歩く銀髪のお姫様を眺めていると、後ろにいたユウラとキアハが少し距離を詰めてきた。
「男の子っていうのは、総じて女の子に意地悪なものですよ。特に、好きな子にはね……」
意味深な言い方をするユウラ。それはつまり、慧太がセラのことが好きで意地悪している、という解釈が自然に通るわけで――って、ちょっと待てぃ!
「な、バカ言うな! そうじゃなくてなぁ」
反論しようとする慧太の横で、セラの顔はさらに赤みを増した。
「……ケイタも、その私のことを意識してる、の……?」
「も、って何だ! ……え?」
慧太が目を丸くするば、セラは肩を震わせた。
「あ、いや……ううん、何でもない! 何でもない……何も言ってないから!」
嫌味ったらしくニヤニヤするユウラ。キアハは、何となく微笑ましいものを見る目になる。
なにこの微妙な生暖かな空気――慧太がそっぽを向き、セラは、さも今思い出したとばかりに言った。
「それはそうと、シェイプシフターの話。力を取り戻すには他の生き物を喰らうって言いますけど、狩りとかする必要があるということですか」
何故に敬語――と思ったが、そういえば口調が砕けたのは最近のことで、それまでは普通に敬語だったと改めて気づく。今でもユウラなどには敬語を使っているセラだが……。
「狩り、か……」
意外な言葉に慧太は視線を正面に向ける。……彼女の中では、シェイプシフターの食事は、肉食獣が他の動物を襲うのと同じような感じに捉えているようだった。
「うん、まあ……」
慧太は言葉を濁す。……本当のところを言う必要はないか。
「ライガネンに行く道中、遅れが出ない程度にやらせておく。そのうち、馬車に変身できるくらいにはなるでしょ」
慧太の予想では、おそらく道中、通行者を狙う盗賊やら獣やらが今後とも出てくると思っている。
かつてユウラが行っていた通り、旅というのは危険なものである。盗賊にもアルトヴュー王国に入ってすでに二度遭遇している。
返り討ちにした連中の死体処理である程度補えば――と、そんなこと、この清廉なお姫様に言えるはずもなかった。
たとえ事実だとしても。
次回、『トラウマ』
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