第一八二話、ちょっとした問題
「ワタシはサターナ、よろしくね!」
唐突な自己紹介だった。城塞都市ヌンフトを出てから、サターナは、アルフォンソの中に戻らず外に出たままだった。
慧太は、いつ彼女が戻るだろうと見守っていたが、サターナはクルアスに対する私刑を見届けた後、皆の前で名乗りを上げた。
昨夜、ユウラとリアナには、サターナのことは顔合わせ済みだ。セラ、キアハ、アスモディアは初めて彼女から声をかけることになるのだが。
「ええ……サターナ・シェード、姫……?」
セラは直接会っていないが、リッケンシルトの王都エアリアで、慧太の変装だがサターナに出会っている。だから初めて、という気はしないが、冷静に考えれば初めてかと戸惑う。
「あの、サターナ様? 本物?」
アスモディアは、魔人の国レリエンディールの出身という繋がりから、ここの誰よりもサターナのことは知っている。さらに先日、ちょっとした夜遊びでサターナとも会っているが、その時はあくまで慧太の分身体が化けていると思っていたので、今回紹介を受けた際、一番びっくりしていた。
まったく面識のないキアハは、そうとは知らず手を差し出し握手を交わす。……元魔人軍の将軍にして、魔王の血縁であるお姫様であることなど知る由もなく。
「よろしく、キアハ」
「あの、町で私たちの馬車を先導してくださった仮面の騎士さまですよね? あの時はお世話になりました」
「どういたしまして。あなたも大変だったわね」
広場からの脱出。魔馬に化けたアルフォンソを駆り、都市を疾走。途中、囮役として守備隊をひきつけると、分身を倉庫にぶち込んで一同全滅を演出したのは、サターナとアルフォンソである。
「で、とりあえず、ワタシのことを説明しておくと、今ワタシはシェイプシフターなの」
「はい……?」
セラとアスモディアの声がハモる。サターナは堂々と胸を張る。
「ワタシは一年前、レリエンディール魔人軍第一軍団を率いていた将であり、七大貴族筆頭のリュコス家の娘だった」
「魔人軍……!?」
セラの表情が強張る。
彼女の国を滅ぼした魔人の国レリエンディール。その軍にいたともなれば、セラにとっては『敵』である。だがとっさに剣に手をかけなかったのは、やはり王都エアリアで、慧太がサターナという女を演じ接した影響が強かった。
「元、魔人軍よ」
サターナは、セラがレリエンディールに憎しみの感情を抱いていることを知りながらも涼しい顔だった。
「そこのアスモディアとは同僚という関係になるわね。だからもしワタシのことで詳しく知りたいなら、そのド変態さんに聞くことね」
ド変態――アスモディアが絶句する。サターナは悪戯っ子のような顔をする。
「アイレスの町では楽しかったわね、アスモディア。また溜ったらいいなさい。ワタシが躾けてあげるから」
「……」
すっと目を逸らすアスモディア。何の話だろう、と首を傾げるキアハに対し、セラは何とも言えない微妙な表情。
サターナは続けた。
「それで、ワタシは今シェイプシフター……魔人の国では下等生物といわれる種に生まれ変わってしまったわけだけど」
ちら、と視線を慧太に向ける。
「一年ほど前、ワタシはここにいる慧太と戦い、敗れてシェイプシフターの餌になった。ワタシはそこで死んだの」
「ケイタが、サターナと戦った……?」
セラの青い瞳が慧太を見た。当の慧太は肩をすくめ、傍らに立つ仮面をした人型の姿のアルフォンソを見やった。
「本当なら、ワタシはそこで人生終わっていたところだけど、何の因果か甦った。シェイプシフター……あなたたちがアルフォンソと呼ぶその身体の中に」
一同の視線がアルフォンソに集まった。彼は無言でたたずんでいる。
「それで一応、いまはワタシは彼の主人である慧太に従っている。まあ、アルフォンソ同様、使い魔みたいなものね。そういうわけだから、今のところ、ここにいる誰とも争うつもりはないし、お父様――慧太の味方でもあるわ」
お父様――その言葉に、キアハは、よくわからないけど凄いのかな、と言いたげな視線を寄越す。……たぶん、サターナの話の半分もわかっていないと思う。
サターナが前に出た。その正面に立つのはアルゲナムの白銀の姫。
「そんなわけで、あなたにとって魔人は殺したいほど憎い相手であることは知っている。おそらくこの中で、ワタシが同行するのを嫌がるのはあなただと思うから、そのあなたにお伺いを立てるわ。ワタシはあなたの前にいてもいい? 嫌ならアルフォンソの中にいるけれど」
「……」
セラは押し黙る。その胸中は、様々な思いが駆け巡っていることは想像に難くない。
じっと、サターナを見つめるセラ。そしてそれを堂々と見つめ返すサターナ。
「……否応もないですね」
セラは口を開いた。
「仮に私が嫌だといっても、アルフォンソの中にいる以上、一緒にいることは変わりませんし、その……あなたにはエアリアで助けてもらった恩もありますし」
「あれは慧太よ。ワタシじゃないわ」
「それでも、その姿のあなたは、憎めないというか」
気恥ずかしげに頬をかきながら、セラは視線を滑らせる。サターナは肩越しに振り返る。
「どうやら、あなたに借りを作ってしまったようね、お父様?」
あの時はこんなことになると思っていなかったから借りなどと言われても困る。偶然だぞ、としか言いようがない。
「でも、ワタシは元魔人よ。今でも魔物に変わりないわ。それでも平気なの?」
サターナはセラに問うた。セラは首を横に振った。
「でもあなたは味方――少なくともケイタの味方なのでしょう?」
「ええ」
「なら、それでいいです。同じシェイプシフターでもアルフォンソを受け入れているのに、あなたを受け入れないというのは妙な話ですし」
それはオレが正体を明かしても受け入れるということだろうか――慧太は、ふと思ったが、口は閉ざしたまま。……何となく、それは言わないほうがいい気がした。
「……正直に言うと」
サターナは少し不満そうだった。
「シェイプシフターの地位って凄く低いのよね。だからアルフォンソと同格に見られるのは面白くない」
そのアルフォンソが、そうなの、と言わんばかりに慧太に顔を向けてきた。とりあえず頷きだけ返す。……最近、独自の意識を持ち始めたらしいが、その思考はそれほど発達していない。下等な種と言われるシェイプシフター、その本来の成長をしているのかもしれないとも思う。
それまで黙っていたユウラが、彼女らに近づく。
「とりあえず、これからお仲間ということでいいわけですね。改めてよろしく、サターナ嬢」
「ええ、よろしく」
サターナは目を伏せた。そっけなかった。ユウラはセラに向き直る。
「でも意外でした。セラさん、魔人嫌いですから、もう少しこじれるかと思ったのですが」
「魔人嫌いって……まあ、否定はできませんけど」
セラはばつの悪い顔になる。
「私の本心は、先ほど言ったとおりです。ケイタが従えているなら、なおのこと信用できますし」
「アスモディアの時は、相当根に持っていたようですが」
そうだそうだ、と言わんばかりにアスモディアが渋顔を作る。
「彼女は直接、剣を交えましたし。散々追い回されたりで恨みがないなんて嘘でも言えないです!」
「……う、否定できない」
アスモディアが俯いた。セラは腰に手を当てた。
「ユウラさんが支配しているからいいようなものの。……でも、そういう例もありますから、元魔人が一人二人増えたところで今更ですし。サターナに関しても、アスモディアと同じようなものでしょう?」
「いや、このド変態と一緒にされるのはご免被るわ」
サターナが露骨に嫌そうな顔をする。「そんなぁ」とアスモディアは肩を落とした。
それらを眺め、慧太は微笑する。サターナが正体を明かした時は内心ヒヤヒヤしていたが、大事にならずホッとしている。
「ああ、そうそう」
サターナが、いま思い出したとばかりに仲間たちを見回した。
「ワタシがわざわざ出てきたのは、ただ自己紹介するためだけじゃないの。実はこれからのことなんだけど――」
これから? ――セラをはじめ、皆キョトンとする。サターナは小首をかしげ、微笑した。
「いま、ワタシもアルフォンソも余剰分がないから、現在、馬車は使えません」
ごめんなさいね――可愛らしく謝るサターナ。
え? 一同は固まった。
次回『シェイプシフターのお食事事情』
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