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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
城塞都市の罠 編

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第一八一話、復讐の形


 キアハの叫びは、しかしクルアスには理解できなかった。


「私が、貴様に、何を言えと?」


 自身が改造した少女の怪力をもって殴られ、魔術師の顔は歪んでいた。だが泣きもしなければ、慈悲を請うこともない。


 ――こいつは、自分がしてきたことをまったく悪いと思っていない。


 慧太けいたは腕を組んで、二人の様子を眺めていた。

 想像だが、キアハはクルアスを殺したいほど憎んでいる。だが、諸悪の根源とも言えるクルアスから引き出したいものがある。

 自らの非を認め、キアハや半魔人にされた被害者に対する謝罪の言葉だ。

 もちろん、それで許される可能性はゼロに近い。彼が謝ったところで、キアハの人生は元には戻らない。多くを失いすぎた。彼女の人生を無茶苦茶にした罪は、どこかで償わなくてはいけないはずだ。 


『感情の整理ですよ。あなたの』


 以前、ユウラがアスモディアをその手駒に加えた時に放った言葉が慧太の胸によぎる。

 この世界で慧太の家でもあったハイマト傭兵団を壊滅させたアスモディアに対し、慧太はすんなりと仲間だと思えなかった。契約によって不死になった彼女に、ユウラは慧太に言ったのだ。


『敵討ちがしたいのなら、一回分殺すのもありです』


 復讐。

 キアハがクルアスに対してどう始末をつけるのか――慧太は黙って見守った。

 いわば私刑。

 だがこの場で、それを躊躇う者はいない。皆、このトラハダスの魔術師に大なり小なりの借りがあるから。誰も彼に同情などしていない。口には出さないが、皆が彼の死を望んでいるだろうことは想像に難くない。


 ――本当にそうなのか……?


 慧太は、先ほど何か言いかけたセラを見やる。

 銀髪のお姫様はどこか青い顔をしていたが、何かに耐えるようにじっと、キアハとクルアスを見守っている。


 本当は、こういうやり方を見たくないとか思っているのかもしれない。何せ彼女は清く正しいアルゲナムのお姫様だ。

 だが同時にこの件で、セラは口出しができない、はずだ。


 何せこの私刑は『復讐』が根底にある。


 そしてその復讐をセラは否定できない。いや、していい立場ではない。

 国を滅ぼした魔人、レリエンディールという国への恨みを彼女は抱えている。

 召喚奴隷となり、いまは行動を共にしているアスモディアに対して『仲間』として見れない原因も、セラ自身が抱えている魔人に対する怒りや復讐心があればこそなのだ。


 ――そういえば……。


 ユウラがアスモディアを契約のもと召喚奴隷にする寸前も、セラはアスモディアにトドメを刺そうしていた。魔人への憎悪、敵意に突き動かされ、失ったアルゲナム国の仇を討つために。


 はたして、セラは今どんな心境で、この私刑を見つめているのだろうか。


 今のキアハの姿は、魔人に復讐心を抱くセラの姿と重なる。それに気づいているなら、それを傍目から見たことで、彼女の心境に何かしら変化が生じるだろうか? ……魔人というだけで『敵』とするような認識が変わってくれれば。


 ――いや、それはオレも人の言えないか。


 アイレスの町で、サターナと交わした会話を思い出す。


 私は人間を殺すことに躊躇いを覚えたことは一度もない――そんなサターナが慧太に投げかけた言葉。


『あなた、魔人を殺すことに何かしら躊躇ったことがある? 魔人の血がいくら流れてもいいと思ってる?』


 シェイプシフターである。だが元は人間であり、魔人とその使役する魔物に殺された慧太だ。魔人に対する敵意の感情は持っていたし、事実、魔人の命を奪うことに躊躇いは覚えたことがない。

 それがどうだ。

 今ではアスモディアに敵意はないし、サターナに対しては奇妙な友好関係を持っている。

 傭兵団の仲間たちの仇、この世界に転移直後の同級生、二十九人の死に間接的に関わっている相手にもかかわらずだ。


「お前は、人の皮を被った化け物だっ!」


 その声に、慧太はビクリとした。

 見ればキアハがクルアスの肩に、金棒を当てていた。憤怒に染まった彼女の顔――物思いにふけっている間に、また何かクルアスが挑発したのかもしれない。


 いよいよか――


 慧太は静かにその時が来るのを待った。

 キアハは金棒を振りかぶった。


 その手は震えている。


 待ちに待った復讐がを果たせる喜びか。それとも、化け物と罵る相手でさえ、その命を奪うことに後ろめたい感情がよぎっているのか。


「……ッ!」


 最後のそれは、彼女の抱える複雑すぎる恨みで声にならなかったようだった。


 首が飛んだ。


 非道な人体実験を繰り返してきた邪教教団の魔術師は、高速で叩きつけられた鋼鉄の塊によって胴と首を引きちぎられ、その命を絶たれた。

 ひとつの復讐に決着がついた瞬間。

 キアハはその場で崩れるように膝をつき、延々と泣き続けた。



 ・  ・  ・



 膝を抱え、泣いているキアハの姿は、お世辞にも復讐を果たした満足感に満たされているとは言い難かった。ぼろぼろと涙をこぼし、何がそんなに悲しいのか泣き続けている。

 セラはそんな彼女に寄り添って肩を抱いている。リアナとアスモディアが、時折キアハに声をかけながら慰めにまわっている。


 一方で、慧太はその場から離れていた。


 ユウラがいて、サターナがいて、アルフォンソが仮面を被った大男の姿で立っていて、さらにもう一人。


 けい――慧太によく似た、しかしややつり目で、その胸も慎ましやかな少女だ。

 セラと入れ替わり、聖教会の司祭と思われていたディリー――本名キャハルのもとにいた分身体だ。

 金髪碧眼の少年は、トラハダスの一員だった。

 慧から事の顛末を聞いた慧太は、分身体の少女に言った。


「トラハダスを放置しておくつもりはない」


 だが、いま慧太は、セラをライガネン王国へと連れて行くという依頼、いや約束をこなしている最中だ。彼女の傍から離れるわけにはいかない。

 だから――


「お前に、連中の始末を任せる」

「任された」


 慧――分身体の少女は両手を腰にあて、首の骨を鳴らすようにこきこきと。


「殺し屋『K』の復活ってわけな。悪党狩り」

「……言うなよ。オレそれ言うの恥ずかしくて黙ってたんだから」

「わかってる。だからオレが代わりに言ってやったんだろ」


 慧はそっぽをむいた。慧太が恥ずかしいといえば、その分身体である慧もまた恥ずかしい。かすかに頬が赤くなりながら、慧は言った。


「しかし、どこから当たろうかねぇ。一応『種』はつけたんだけど……こんなことならあのエロガキ喰っておくべきだったか」


 ごほん、とユウラが咳払いした。慧太は顔をしかめる。


「性的な意味じゃないぞ。捕食してトラハダスの情報を得るって意味だからな」

「僕は何も言ってませんよ?」


 すました顔でユウラは答えた。サターナがやれやれと肩をすくめた。


「情報なら、そこに元トラハダスの魔術師の頭がある」


 慧太が、アルフォンソに呼びかければ、黒い大男はその手に、無残な形に変形した人間の頭部だったものを差し出した。


「昔の人は、討ち取った敵の首を遺体から切断して、検分したっていうが……」

「やめろよ。思っていてもグロいぞ」


 どこの戦国時代だ――慧が不満そうな顔をした。慧太も同じだった。


「同感だ。……とりあえず状況把握したいから、オレがこいつを喰って、その後、お前に共有する」


 喰う、といっても慧太は自分の影に、クルアスだったものを置き、その影に取り込んでいくだけではあるが。とはいえ、あまり愉快ではない。


「慧太、ワタシにも情報それちょうだい」


 サターナが影を伸ばしてきた。慧も同様だ。取り込んだトラハダス幹部の人生、情報、感情が慧太に流れ込み、それらを影を通して、サターナと慧にも共有される。


 自分もそれしないと駄目か、と思ったらしいアルフォンソがのっそり近づいてきた。だが慧太とサターナはそれを止めた。


「あなたはダメよ、アルフォンソ」

「そうだぞ。お前の中にクルアスが『生まれたら』面倒だからな」


 サターナがシェイプシフターとして生まれ変わったように、感情というか中身が希薄なアルフォンソの中に、取り込んだ者が生まれる可能性も捨てきれない。

慧がまた皮肉げに唇の端を吊り上げる。


「クルアスがあんたを『お父様』呼ばわりするってか? ……いや、それは一度見てみたい気も」

「じゃあ、お前はママだな」


 間髪いれずに慧太が皮肉れば、慧は大げさに驚いて見せた。


「ええっ? それは勘弁しろよ」


 ともあれ――慧太は表情を引き締めた。


「トラハダスの件、お前に任せる」

「おう、兄弟。……セラのことは任せたぞ」


 互いに軽く拳を突き合わせ、それぞれ道を歩き出す。

 ライガネンへ行く者と、邪神教団を討伐する者に。


次回、『ちょっとした問題』


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