第一七〇話、山積する問題
クルアスがこの城塞都市にいる――トラハダスの魔術師のデフォルメ姿に変身した分身体の言葉に、慧太は思わず額に手を当てた。
「奴が、この町に……」
『ここの領主に、お前たちを売ったのもこの私だ』
「お前だったのか!」
『あ、いや、本物のクルアスがだ。私――オレではない』
クルアスに化ける分身体は、ぶんぶんと手を振った。
守備隊の門番が、こちらの情報――見た目の職業から髪の色まで詳しく知っていたのは、クルアスが密告したから、ということだ。
「しかし妙ですね」
ユウラは首をかしげた。
「クルアスはキアハを取り戻そうとしていたはず。もういいんですかね? 彼女、明日処刑される運びのようですが」
言われて見ればそうだが――慧太は考えようとしてやめた。
「奴の都合なんてどうでもいい」
だがこれ以上、クルアスを野放しにはできないと思った。また余計な妨害をされる前に決着をつける必要がある。
やることは三つ。第一に、セラとキアハ、アスモディアの三人を救い出す。第二に、諸悪の根源であるクルアスを捕まえる。そして第三がこの城塞都市から脱出、である。
「まずは救出だ」
一にも二にも、仲間の命が優先である。
キアハは明日に、都市中央広場で公開処刑されてしまう。人間に化けている魔人だから、というつまらない理由で。
「公開処刑がタイムリミットですね。その前に救出するのが望ましいですが、夜のうちに守備隊本部から救い出すか、あるいは広場までの移動時を狙うか」
「夜と朝、襲撃する時間の違いで問題は?」
慧太がユウラに問えば、青髪の魔術師は答えた。
「脱出時に問題が。夜だと、城塞都市の門が閉じられているので町を出る際、少々面倒なことでしょうか」
「門か」
ヌンフトの町を囲む壁は高い。壁を越えるのは一苦労な上、仮に登ったとしても、飛び降りるという高さはない。全員が空を飛べれば話は別だが……そういえばアルフォンソはどうしているだろうか。守備隊連中に馬車は没収されたが、サターナもついているので上手くやり過ごしているだろうが。あれとも合流しておきたいところだ。
壁越えが現実的ではない以上、都市からの脱出には、門を使うのが無難か。
「救出タイミングは早朝から昼。キアハの処刑前あたりがベターか?」
「その頃なら門も開いているでしょう。……まあ、門を守る守備隊と衝突は避けられないでしょうが」
ユウラは言った。
「具体的には、どう救い出します? セラさんは領主の館。アスモディアは守備隊本部。キアハさんはタイミングによっては広場へと移送されますし」
そりゃ、正面から守備隊本部に乗り込んで――と頭の中に浮かぶ慧太だが、少し考えてみる。潜入するにしろ、強行突入するにしろ、守備隊兵が多くいるだろう本部内に向かうというのは少々の荒事で済むだろうか。
ヘタに恨みは買いたくない。凶悪犯として国内に手配書をバラまかれるような事態になると、今後の活動を考えても非常によろしくないのだ。
――いや、待てよ。
慧太は、とあることに気づく。
「オレたち、もうすでにここの連中に面が割れてるよな?」
「そうですね」
ユウラは何でもないことのように言った。
「何か問題が?」
「公開処刑の場から救い出すなんて真似したら、一発でお尋ね者として手配されちまうぞ」
「……確かに、その可能性は高いですね」
ユウラはリアナを見やった。狐人の少女は無感動に見つめ返した。
「例えば、変装するなりして、正体を隠す必要がありますね。リッケンシルトの王都からセラさんを連れ出した時のように」
ブラックシンデレラ作戦――あの時、慧太はサターナの姿、ユウラたちは黒頭巾で顔を隠していた。
「でも今回は追手がかかると思う」
リアナが口を開いた。
「前回は王都の外に魔人軍がいて追尾されなかったけど、今回は……」
「やっぱ、かかるか追手が」
慧太が口にすれば、青髪の魔術師は首を捻った。
「領主の性格次第ですが……追われると厄介です」
「偽装して正体を隠した上に、追手がかからないようにするには――」
慧太は唸った。
それなら――リアナが提案する。
「事故死に見せかけるのは?」
「?」
「一端、助けた彼女たちを守備隊兵の見ている前で、例えば事故を起こして全員死んだように偽装する」
それだ――慧太はリアナを指差した。
「それなら追手はかからないな!」
「どう偽装するか、にもよると思うけど」
リアナは無表情ながら小首を傾げる。慧太は考えながら言った。
「まあな。……分身体を囮に使えば、何とかなるかも」
救出からの脱出までの行動が、慧太の頭の中で組み立てられていく。敵地に乗り込んで救出すること自体は、慧太の能力やリアナがいれば難しくない。上手くバレないように偽装しつつ、脱出するか――
「ひとつ、問題に気づいたのですが」
「なんだ、ユウラ?」
「セラさん、どうします?」
何が問題なのか、一瞬理解できなかった。
「彼女、いま聖教会の人間といますよね? その彼女を教会の人間の前から連れ出したら、一発で指名手配確実です」
「……ああ」
「今後ライガネンに行かなければいけないセラさんを、まさか偽装とはいえ死んだなんてことになれば、白銀の勇者伝説が根付いている人類社会に、かなりよくない情報の広がり方をするのではないでしょうか」
「……」
「死んだはずのセラさんが、ひょっこりライガネンに現れたら偽者だと疑われるのでは? 仮に本物だとわかってもらえたとしても、今度は聖教会を欺いていたことになりますから、それはそれで面倒事に発展するかと」
「それは……マズいな」
慧太は頭を抱えた。
偽装して追手がつかないようにするという妙案が出た直後に、その手を使ったら逆に今後厄介になるとは――くそ、光明が見えたと思ったら、別の問題がもたげてきやがる。
「何だこれは」
珍しく、不満が口に出た。
「あれがダメならこっち。でもこっちはダメだからあっちにしよう?」
勘弁してくれ――慧太が嘆息すれば、ユウラは真面目ぶって言った。
「いちおう、聖教会なのですから、セラさんをそちらに委ねるという手もあります」
魔人軍によるアルゲナム占領。魔人侵攻の脅威を聖教会を通じて広めれば、セラの目的であるライガネン王国に赴き、支援を引き出すこともまたスムーズに行くかもしれない。何といっても聖教会の力は強い。彼女の目的を果たすのは、何も慧太たちでなくてもいいのだ。……それはそれで、慧太は少し寂しいのだが、彼女にとって何が最善かを考えた場合、それもありな気がする。
だが、慧太はひとつ引っかかるものをおぼえた。
「聖教会がそんなに力があるなら、何故セラはアルゲナムを出た後、聖教会を頼らなかったんだろうな?」
「何か理由があったんでしょう」
ユウラは小首を捻った。
「本人に聞いてみるのが一番じゃないですか」
「それもそうか」
ここであれこれ言ってもしょうがない事柄ではある。今はこれからのことだ。アスモディアとキアハは明日の昼前までに救出しなければ未来はない。彼女らは連れ出すが、そこで問題になるのが、セラだ。
彼女を当初の依頼どうり、ライガネンまで連れて行くなら、やはり連れ出さなくてはならない。だが聖教会に委ねるというなら、セラは置いていかなくてならない。
凄く気持ちが悪い選択肢だと、慧太は思った。ここまで守ってきた彼女をまさか、このような形で他人の手に任せるようなことになるかもしれないなんて。セラにとっての最善を選ぶなら、どんなに慧太個人が嫌でもそれを受け入れなければならない。
「そのことなのだが」
口を開いたのは、デフォルメ・クルアスの姿をした分身体だった。
「その聖教会の子供司祭、クルアスと何やら話しこんでいるのを目撃したぞ」
「は?」
慧太はもちろん、ユウラも目を見開いた。
次回、『決行前夜』
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