第一六九話、デフォルメ・フィギュア
少年の表情でありながら、ディリー司祭の言動は、セラの背筋を凍らせた。
魔人スパイを手引きしたとあれば罰する。
ディリーは、言葉でセラから仲間たちを引き離しにかかったのだ。
魔人――アスモディア、そしてキアハも含まれるだろうが、彼女らを仲間と認めることは、セラ自身も魔人に味方をする裏切り者であると言ったのだ。そうした裏切り行為は、いかに太陽神信者だったとしても、聖教会は断罪するだろう。……たとえ王族だとしても。
「誤解しないでください。僕はあなたが魔人を手引きしていたなどとは思っていません。アルゲナム国に災いをもたらした魔人を、姫様がお仲間などと認めるはずがない。魔人は人間に化け、あなたの仲間のフリをしていたのでしょう。……そうですよね、セラフィナ姫様?」
笑顔を向けるディリー司祭。だがセラは、今の彼の笑みの裏に脅迫じみた響きを感じた。
聖教会――太陽神を主とし、信仰する宗教。このあたりの西方諸国で最も力が強く、その意向は国政にも少なからず影響を与えている。
ヘタなことは言えなかった。だが友人と呼んでもいいだろうキアハや、一応命の借りもあるアスモディアを見捨てることは、セラの良心を苦しめるに十分だった。
自らの身を危うくしてでも、彼女らを助けるか? ……ここで意地を張れば現状改善するかといえばそうでもない。
だがここで逮捕されることにでもなれば、ライガネン王国に行くという目的も、引いては故国を救うという目的も果たせずに終わってしまう。それは許容できない。
「……お顔の色が優れませんね、セラフィナ姫様」
ディリーは、悲しげな表情になる。
「少し、お休みになられるといいでしょう。あなたはお疲れのご様子だ」
・ ・ ・
ヌンフトの夜。民家の明かりが早々に消え、町を囲む城壁と領主の館、そして古代技術採掘場が明るい以外は、真っ暗だった。
たまに通りをランプを手にした守備隊兵が数人ずつで見回りをしている。……いや、捜索だ。
とある民家の三階。無人の部屋の窓から、そっと様子を眺めていた慧太は、その場を離れた。
明かりをつけず、真っ暗な室内。床に直に座っているユウラとリアナのもとに、慧太も腰を下ろした。
「連中、オレたちを探して徘徊してるな。今のところ、家に踏み込んでの捜索はなさそうだが」
「それなら、今夜は大丈夫そうですね」
ユウラが頷いた。
いつ連中がここを嗅ぎつけて踏み込んでくるか。一度騒動になれば、収集がつかなくなるので見つかりたくはない。……逃亡者というのは、その点なかなか気が休まらないものである
ユウラの視線が窓へ動いた。夕方、慧太が放った分身体が戻ってきたのだ。いつもの子狐――ではなく、ネズミの姿だった。
「お前が最初か。……と言っても」
区別なんてつかないのだが。慧太はそばによってきた分身体を見やる。
「どこを偵察してきた分身だ? 変身して答えろ」
『え、そういうやつなん……?』
ネズミは二足で立ち上がると、その姿をデフォルメされたミニフィギュアのような姿に変えた。赤毛に羊角を持つ巨乳美女だった。……わりと可愛かった。
「アスモディアか。彼女は無事か?」
『絶賛、拷問を受けてた』
デフォルメ・アスモディアはその腰に両手を当てた。声まで彼女だった。……可愛い。
『いちおう確認するけれど、彼女の身体は拷問程度なら大丈夫よね?』
「それは問題ありません」
ユウラは答えた。
「たとえ身体を切り刻まれようが、魔力具現体である彼女は死にません」
『……ということなら、今すぐ助けなくても大丈夫よ。ただ凄く痛そうだったけれど』
ふん、と彼女の特徴たる大きな胸を突き出す。慧太は口を開いた。
「セラとキアハは? 一緒か?」
『別の場所。少なくとも彼女は一人だった』
そう言ったところで、次の分身体が帰ってきた。
お前は何を見てきた――と慧太が問えば、デフォルメ・アスモディアの姿を見た分身体は、灰色肌で角を二本生やしたキアハのデフォルメ姿になった。……これもまた愛嬌があって可愛い。
『キアハは領主と会ってた』
彼女の声で分身体は言った。
『明日、町の中央広場で公開処刑されると言い渡された』
「処刑……」
慧太、そしてユウラは表情を強張らせた。
「スパイは大抵死罪ですからね……」
「キアハはスパイではないが」
もっとも、そんなことを連中は聞く耳持たないだろう。目の前に角を持った魔人がいたとしたら。
「助けないと」
リアナの言葉に、慧太は頷いた。
「ああ、必ずな」
ぽとり、と窓枠から落下した次の分身体が入ってきた。
「お前は?」
三体目も、前の二体がそれぞれ変身している姿を見て、こちらも姿を変えた。長い銀髪のお姫様、そのデフォルメ姿に。
「セラは無事か?」
慧太が間髪いれずに言えば、デフォルメ・セラは小さく首を傾けて微笑んだ。
『ええ、大丈夫。いま領主の館にいて歓待を受けてる。スパイ容疑は晴れているから、危害は加えられていないわ』
「そいつは朗報だ」
ホッと胸をなでおろす慧太。セラに変身している分身体は続けた。
『いま、聖教会の司祭に保護されてる。その子のおかげ』
「司祭? その子?」
意味がわからなかった。分身体は中身は慧太と同じメンタルだ。それにも関わらず『その子』という言い回しをしたということは年下になる、のか……? ――でも司祭、だよな?
デフォルメ・セラの姿が、教会の服をまとう、十代そこそこの金髪少年に変わった。
『こんな感じ』
「……」
場に漂った空気は、何とも形容し難いものだった。慧太はユウラへと視線を向ける。
「こんなガキが司祭? 聖教会ってガキでも偉い人になれんの?」
「いや……どうなんですかね」
ユウラも困ったような顔になった。
「僕も、教会の人間ではないので何とも。……最年少の司祭、とか何かあるのかもしれませんけど」
「ま、まあ、とりあえず、セラは聖教会のやつに保護されてるってことでいいんだよな?」
慧太は少年司祭姿の分身体に言った。
『そうなります』
人のよさそうな笑顔を浮かべる分身体。天使っているんだな、と思ったのは内緒だ。
『ただ、一つ問題があります』
少年司祭の分身体は、またも姿を変えた。黒い魔術師ローブ姿――デフォルメされているが、その姿はトラハダスの魔術師。
『クルアスが、このヌンフトに来ている』
あの渋い声で、分身体は告げた。
次回、『山積する問題』
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