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第十六話、ジャンクヤード

 

 危うく大蜘蛛に噛まれるところだった慧太けいただが、第一撃を逃れたところでリアナの素早い援護で危機を脱することができた。

 巣を払い、森を進む間に東より日が昇り、明るくなっていく。


 ライガネン王国のある北東へ。緑の森はやがて途切れ、代わりに金属の森へと差し掛かる。

 さび付いた鉄や、逆に錆びることのない特殊合で作られたそれらが無造作に積み上げられたゴミ(ジャンク)の森、いや山だ。

 先導をリアナに譲り、慧太は最後尾にまわって黒馬(アルフォンソ)の傍らにつく。

 あいだを行くのはユウラとセラフィナ。そのセラフィナは戦闘がないので私服姿だ。銀の刺繍の入った青い服、膝丈の白いスカートが軽やかに舞う。その銀色の髪と相まって、まるで可憐な妖精のようだ。


 彼女は眼前に散らばる金属塊を見やり、息を呑んだ。


「これは……古代文明時代の……?」


 遺産、と首を捻る彼女の背中を見やり、慧太は肩をすくめる。


「ただのガラクタだよ。使い物にならないゴミだらけだ」


 この世界には、かつて機械を発達させて繁栄した文明があったらしい。らしい、というのは伝説や伝承で伝わる程度で、誰もそれについて本当のことを知らないからだ。

 ただ、こうして機械の残骸や今の技術で作れない合金などの欠片を見れば、確かにそれは存在したのだというのを想像することはできる。


「ここの空気は苦手」


 斥候を務めるリアナが、わずかに眉をひそめた。ユウラは機械片を眺めながら土がむき出しの地面を踏みしめる。


「独特の金属臭がしますね。土壌が汚染されているのか、ここでは草一本生えない」


 自然の匂いが感じられないこの場所は、獣人の嗅覚が合わないのかもしれない。

 慧太は周囲、そして後方に気を配る。……魔人の気配は、なし。


「しかしまあ、どうしてここにガラクタの山ができてるんだろうな? 他の場所じゃ、たまに埋もれた機械が見つかることはあっても、こんなあからさまに積みあがっていることなんてないのに。これじゃあまるで」


 ゴミ捨て場だ――慧太は思った。だが同時に、もっともらしい解答かもしれない。


「誰かが集めたのでしょうか?」


 セラフィナが物憂げな視線をガラクタの山に向ける。ユウラが微笑する。


「だとしたらかなり昔ですね。今は逆にガラクタ拾いがやってきて、持って行きますから」

「ガラクタ拾い、ですか?」

「ええ。物乞いほどではないにしろ、この金属の森からお金になりそうなものを拾っていく者たちがいるんです」

「約十七ミータ(メートル)先」


 リアナが右手方向を見ながら、その尖った耳をピクリと動かす。視線の先は盛り上がったガラクタの山で見えない。


「気配がある。たぶん、そのガラクタ拾い」


 セラフィナは腰の剣に手をかける。慧太は首を横に振った。


「近づかなきゃ何もされないよ。強盗をするような連中じゃない」

 そうですか――と、セラフィナは剣の柄から手を離した。ユウラが振り返る。

「そういえば、最近この金属の森に『化け物』が出るらしいですよ」

「へえ、化け物」


 怪談話か? 慧太は唇の端を吊り上げた。


「どんなやつだ?」

「聞いた話だと、ガラクタの塊が寄り集まった獣らしいですね。四足の獣」

「へえ、ガラクタの獣ね」


 ロボットの類だろうか。だがこの年季が入りすぎて朽ちているものも少なくない場所に、まだ動く機械があるとは思えなかった。


「別の話では、強い雨の日に奇妙な帽子を被った鉄の人間が、ガラクタ拾いを襲ったとか」

「今日は晴れてる」


 慧太は天を仰ぐ。雲は多いが雨が降る気配はない。


「ただ、その話が本当なら今ここって危ないんじゃ……?」

「信じるんですか慧太?」


 ユウラが挑発するように笑った。慧太は真顔になる。


「いや、その化け物とやらの姿が何となく想像できちゃったから……いや、もちろんオレの勝手な想像だけど。いるかもって思ったんだ」

「私にはまったく想像つかないですけど」


 セラフィナが言えば、ユウラが軽く慧太を指し示した。


「彼は、僕らと違った物の考え方をしますから。そしてその考え方は、結構な頻度で当たるんです」


 そりゃ、この世界の人間じゃないから――慧太は答えなかった。セラフィナは視線を正面に戻し、神妙な顔になった。


「もしかして鉄の人、というのは魔鎧まがいの類でしょうか」

「マガイ?」


 今度は慧太が首を捻る番だった。ユウラは言った。


「鋼鉄の巨人兵――古代文明時代にあった、人が入る機械製の大鎧があったとか。その兵器の残骸が発掘されることはあるのですが、今のところまともに動かせないようで」

「巨人とか機械の鎧とか……ロボットみたいなものか?」

「ろぼっと?」とセラフィナは眉を吊り上げた。

「彼は時々、我々の知らない言葉を口にするんです」


 ユウラが手を振った。


「魔鎧というのは、それらの兵器の呼称ですね。聖アルゲナムにも魔鎧が?」

「ええ……まあ」


 セラフィナは歯切れが悪かった。あまり聞いてほしくない事柄か、ひょっとしたら口にしたのを後悔しているようにも見えた。

 深く突っ込まないほうがいいか――慧太は話題を変えるかと考えるが、先導のリアナが『止まれ』と合図して立ち止まったのが見えた。

 彼女は素早く背負っていた弓をとると、矢筒から矢を抜き――集中する。その緊迫した気配を察し、セラフィナも慧太も武器に手をかけた。


「リアナ……?」


 何かわかるか、と意味を込めて呼べば、狐人の少女は表情を変えない。


「奇妙な音……足音がする。聞いたことがない」


 丘の向こう――ガラクタの山の向こうにそれが歩いているという。


「嫌な予感がする……」

 慧太はゴクリと喉仏を上下させた。噂をすれば何とやら、か?

 やがて、地面を抉るような足音が聞こえだし、リアナの言う奇妙な唸りにも似た音が耳朶じだに響いた。

 次の瞬間、ガラクタ拾いと思しき悲鳴が響いた。


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