第一五五話、アジト強襲
アイレスの町の郊外にある廃教会。トラハダスの拠点があり、慧太たちはまさにその敷地たる墓地へ侵入を果たそうとしていた。
梟の声が遠くで聞こえる闇の中。しかし潜入寸前、ユウラが先頭の慧太を止めた。
「墓地内に、魔力の線が見えます」
「魔力の、線……?」
魔術師の言葉を受け、慧太は改めて夜目の利くその目で墓地を眺める。……しかし何も見えない。
「魔術のトラップです。肉眼では見えない魔力の線が無数に墓地内に張り巡らされています。おそらく、それに気づかずに引っかかるとトラップが発動するでしょう」
ユウラはよどみなく告げた。魔法に関して、彼が間違ったことを言うことはまずない。
「あんたなら、その魔力の線とやらは見えるんだろ?」
「ええ、魔力が見えますから」
ユウラは頷いたが、同時に厳しい顔。
「僕ひとりなら避けて進むことはできますが、全員を無事に誘導する自信はないですね。それにトラップの種類が不明です。触れたら何が起こるのか――通報されるのか、あるいは爆発系統の罠の可能性も」
「そいつは願い下げだ」
慧太は首を横に振った。自分ひとりならともかく、セラやキアハが爆発に巻き込まれるのはアウトだ。
「どこか抜け道は?」
「敷地正面の門から、教会までの道」
ユウラがそちらに視線を向けて言った。
「いちばん人が通るそこには、魔力の線が張られていないので、そこを通る限りはトラップにはかからないでしょう」
「……だが真正面だぞ。当然、見張られてるだろうな」
「ええ、間違いなく」
ユウラは同意した。しかし上手い手だ。安全地帯を限定することで、見張りの手間や人員を大幅に抑えることができるのだ。
「どうします? 正面から強行突破しますか?」
本来は教会侵入前に、司教を捕縛する組は屋根に上がり、地下攻撃組は正面から派手に突入する予定だった。だが教会に入る前に発見された場合は、全員で強行突入するという段取りとなっている。
――まだ発見されていないんだよな。
突入するまでバレないに越したことはない。慧太は視線を銀髪のお姫様に向けた。すでに白銀の鎧を展開した戦乙女姿だ。
「セラは空を飛べる」
天使を連想させるあの翼を使えば、地上を進まなくてもいい。ユウラは頷いた。
「魔力の線は空からの侵入には対応していないので可能です。でもセラさんだけ行かせるのは」
「わたくしも飛べますわ」
アスモディアが一歩進み出たが、すぐにセラと顔を見合わせ、引き下がった。即席のチーム替え――お互いに思うところのあるコンビだが、この組み合わせはなしだと慧太は即断した。命のやりとりの場に仲のよろしくない者同士だけ組ませるわけにはいかない。
慧太は視線をアスモディアから、黒馬姿のアルフォンソにスライドさせた。
「アルフォンソ、ペガサス」
ペガ……? きょとんとする一同。アルフォンソも一瞬小首を傾げるような仕草をしたが、すぐにその背中に黒々とした翼を生やした。カラスの羽のような漆黒……黒いペガサスなんて初めて見た。
「天馬ですか」
ユウラが黒いペガサス姿のアルフォンソの背に触れる。慧太は口を開いた。
「リアナとキアハを運ばせる。セラと一緒に、教会上層から中に」
当初の予定どおりの組分けだ。誰も反対意見を出さなかった。
「よし、じゃオレたちは堂々から正面から行こう」
塀を迂回し、敷地正面の門へと慧太、ユウラ、アスモディアは向かう。
セラはその背に神々しいまでの白き翼を展開。リアナとキアハは黒ペガサスの背中に乗る。翼をはためかせ、飛翔するアルフォンソ。黒いその身体は、闇夜に溶け込んで実に都合がよかった。……これはある種、偶然の産物だが。
セラを先頭に、黒ペガサスが続く。それが廃教会の屋根に取り付くのを、じっと見守る地上の慧太たち。視認される恐れは少ないが皆無ではない。連中は半魔人や魔獣を使役しているから、もしかしたら闇夜でも訓練された者や存在が見張りにいるかもしれない。……もっとも、騒がれたらその時点でこちらも突撃してやるだけのことだが。できれば敵の注意を引くのはこちらが引き受けたい。
やがて、セラたちは無事に教会の屋根に到達した。小さく息を吐いた慧太は、ユウラたちに頷いた。
「じゃ、こちらも行くぞ」
敷地の門――こちらも朽ちていて、門の役割は形ばかりだったが、慧太を先頭に敷地内へと侵入する。
真っ暗闇の中、むき出しの土を踏み、廃教会へ。
ユウラの言った魔力の線などは慧太の目には見えない。だが彼が何も言わないから、道を進んでいる間は問題ないだろう。
問題があるとすれば、直接視認され通報されるくらいか。墓石の影とかに隠れている、というのは普段からそんなことをしているとは思えないが、用心はするべきだ。まさか、そんなところに――で発見されるのはお粗末である。
結局、何の動きも感じられないまま、廃教会の入り口に到着してしまった。
廃教会、ということで普段は人が寄り付かないことになっている建物は、外見、おんぼろ幽霊屋敷にも似た不気味さと汚れた印象が混在していたが、入り口のドア自体はしっかりとしていた。
ここまでは無事にこれたが、分身体が偵察した時は、それなりに人がいたから、外はともかく、中に入ったら騒がしくなることだろう。
「それじゃ、派手にやるか」
慧太が言えば、ユウラはアスモディアに顎で示した。
「灼炎の輪、我が手を離れ……」
焼き尽くせっ――アスモディアが虚空に描いた魔法陣より炎が迸った。
・ ・ ・
緊急事態を告げる鈴が鳴り響いた。
研究室で、資料の目を通していたクルアスは視線だけ動かして警報板に向けた。
巨大蜘蛛の糸を加工した合成紐が鈴に繋がっており、紐を引くことで、どこでトラブルが発生したか、他の場所に設置された警報板に報せる仕組みとなっているのだ。
地下施設における実験の際の事故で、よく慣らされる警報だったから、クルアスも最初は地下のどこかでのトラブルかと思った。だが警告は地下ではなく地上の教会施設入り口からだった。
つまり――外部からの侵入者だ。どこの身の程知らずが……。
クルアスは、研究員の一人に見てこいと指示を出した。トラブルは理解できるが、それが何なのかわからないのがこの警報板の欠点だ。
教会敷地に迷い込んだ程度の者なら、わざわざ警報の鈴は鳴らさない。どこかの武装組織――盗賊の類や、あるいは教団の敵である聖教会や国の正規軍の襲撃かもしれない。……確か、いま実験体捕獲のために戦闘部隊を出しているから、教会の防備は手薄になっているはず。
嫌な予感がした。報告を待つつもりだったが、クルアスは席を立った。そこへ、武装信者が駆け込んできた。
「クルアス様! 襲撃です!」
様子見に行かせた者とは違うが、クルアスは首肯した。
「どこの襲撃だ? 聖教会か」
「いえ、それが……」
信者は、一瞬言いよどんだ。
「敵は若い戦士と魔術師、あと胸の大きなシスターで、地下に向かってきております!」
その組み合わせには、覚えがあった。いや、覚えがあるどころではない。ザギー神父が戦闘部隊を派遣したが、その標的である実験体と行動を共にしている連中だ。
「他に、銀髪の騎士と半魔人の娘はいなかったか?」
クルアスがセラとキアハのことを聞けば、信者は首を横に振った。
「いえ、わかりません。連中は教会に突入してから真っ直ぐこちらに向かっていまして、上層の状況がわからない状態です! 戦闘員が片っ端からやられており、敵の進撃を食い止められません!」
急報を聞き駆けつけた武装信者らが、敵と遭遇した早々に各個撃破されているのだ。
統制された集団防御など望むべくもなく、ただでさえ少ない兵力が態勢を整える間もなく潰されていっているようだった。
クルアスは思考する。おそらくセラフィナ姫もキアハもいる。彼女らは上層か、あるいは地下入り口を守り、突入してきた者たちの退路を確保している。そうでなければ、こうも早く下流に流れる水のようなスピードで地下施設へ流れこめはすまい。
クルアスは、呆然とした顔でやり取りを見守っていた研究員らを見た。
「檻の魔獣、半魔人どもを放て」
は? ――研究員らは、それが命令だと気づかず、顔を見合わせた。クルアスは語気を強めた。
「侵入者どもに魔獣らをぶつけるのだ。急げ!」
研究員らは慌てて研究室を飛び出した。
檻を開けるとき、気をつけるように言うのを忘れたが――まあ、緊急事態だ、やむを得ない。
半魔人らがこちらに従うかに疑問はあるが、構うことはなかった。逃げようとする連中は自然と侵入者どもとぶつかることになるからだ。連中には、教団員とそうでないかの区別などつかない。死に物狂いで侵入者を倒そうとするだろう。
次回、『狂騒』
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