第一三四話、悲しみのキアハ
建物は燃えた。村人だった死骸が、魔人兵だった肉塊と共に雪を血で染める。
誰も生き残らなかった。マラフ村、半魔人の村は全滅したのだ。守ろうとしたキアハを残して。
「あ……あぁ……」
少女の表情が歪む。目から溢れた涙が頬を伝い、雪に落ちた。半魔人の少女は雪上に跪き、骸とかした異形の村人の前で泣きじゃくる。
「何で……どうして……っ」
むせび泣くキアハの声が虚しく響く。炎上する民家からぱちぱちと火が弾ける音がする。血と鉄と焦げた木材の臭いが、時々吹く冷たい風に流れた。
すべてをなくしたのだ。
慧太は、哀れみに満ちた目でキアハを見つめる。次の瞬間、身体は動き、彼女の正面に回りこむと、その身体をそっと抱き寄せた。魔人をここまで連れてきてしまったという罪悪感が良心を苛む。
「ごめん……」
何についてかは言わなかった。キアハは「うぅっ」と声を漏らし、慧太の胸を左の拳を固めて叩く。何度も、何度も。力のない打撃だった。
「……ごめん」
慧太の謝罪。やがて叩くことをやめたキアハを、慧太は強く抱きしめた。親が泣いている子供を抱くように、背中を叩く。
キアハは泣いた。自分を抱きしめてくれる少年の胸で、子供のように声を上げて。
セラが慧太と同じくキアハを慰めるように抱いた。
少女の慟哭が廃墟となったマラフ村の空に木霊した。
・ ・ ・
「半魔人、ですか」
事情を聞いたユウラは、セラの傍らで抜け殻のようになって座っているキアハを見つめる。
銀髪の姫君は、黒髪の少女を自身の肩にもたらさせ、右手で優しく撫でていた。つい一時間ほど前まで、お互い殺し合っていたなど、信じられないような光景だ。
慧太は、ユウラの隣に立ち、溜息をついた。
「このマラフ村が、そういう半魔人たちの隠れ里だったんだ。……オレもよくわからないが、彼女の口ぶりだと、どうも夜になると魔人の姿になるみたいだ」
「……」
「魔人化!」
アスモディアは吐き捨てるように言った。
「人間と魔人を掛け合わせる、なんて……なんて下劣かつ、侮辱した所業ッ!」
赤毛の魔人女は激怒といっていいほど声に迫力があった。
傍目にはシスター服なので、リッケンシルトの親衛隊兵はその怒りの深さに目を瞠ったが、納得はしていた。多種族との混合など、神の教えに反する行為。禁忌だろうことは、素人でも想像がつき、教会の関係者なら――実際は違うのだが――怒って当然である。
その兵たちは、やや離れたところで廃材を薪代わりに暖を取っていた。ここに来る途中、リアナが山の獣を狩ったようで、その肉を食べて体力の回復を図っている。……離れているのは、村には魔人兵や村人の死骸があって食欲を大いに損なうためだ。
慧太は、小さく首を横に振った。
「まあ、許せないことではある」
だがアスモディアを見る目は冷ややかだ。
――お前だってルベル村の住人殺して、屍人にしたんだから、どっこいだろうに。
まだアスモディアが魔人軍にいた頃、セラを追っていた彼女とその手勢が、ひとつの村の住人を全滅に追い込んだことを慧太は忘れていない。
だが、慧太はそれを口には出さなかった。その時も今回も、結局敵を招いてしまった一因が自分にもあると思ったからだ。堂々と胸を張って、彼女を非難できる立場でもない。
「しかし、人間を魔人化するというのは」
ユウラは考え深げだ。だが彼の場合、同情などの感情ではなく、淡々と事務的なものがあった。
「個人でできるとは思えない……何者か、あるいは何らかの組織が関わっていると見るべきでしょうね。どういうつもりで、そんなことをしたのか……」
視線はキアハへと注がれる。慧太は眉をひそめた。
「今は彼女をそっとしておいてやれ」
何もかも失ってショックを受けているのだ。どう考えてもいい話が聞けそうにない改造の話やらを聞き出そうとするのは、人としてどうかと思う。
「そうですね」
ユウラは頷いた。好奇心のまま話を続けようとするほど空気が読めない男ではない。
「でも、慧太くん。彼女をどうするつもりですか?」
「どうって……」
何となく嫌な気分になった。ユウラは挑むように言うのである。
「彼女、村も仲間も失ったんでしょう? 我々がここを去れば、あの娘は一人になる。あの様子では、呆けたまま静かに死ぬだけです。お分かりでしょう?」
希望も見い出せないとのであれば、人は無気力になり、そのまま死を選ぶ。いや、生きることを捨て、死を受け入れるのだ。生きたいというものがなければ、キアハは一人寂しく死んでいくだろう。
「……自分の人生だ。自分で決めろ」
慧太は呟いたが、ユウラは上目遣いの視線を寄越す。
「決められるのであれば。いま彼女にその思考はありますか?」
「……ないな」
慧太は髪をかいた。ユウラは悪戯っ子のような顔になる。
「面倒事から逃げようとしてません?」
「何でオレが面倒を見ること前提みたいな言い方をするんだ?」
「だって、慧太くん。君は、ああいうのを拾うのが好きでしょ?」
慧太は、あからさまに不機嫌な顔を作った。
「拾うとは何だ? ペット拾うのとわけが違うんだぞ」
「そうですね、すみません。……でも、彼女を見捨てることに激しく躊躇いを覚えている。何とかしてあげたい――君の良心がそう言っているのではありませんか?」
「……半魔人だぞ、彼女」
「だから? ……シェイプシフター」
ユウラは小声で告げた。
「僕は気にしませんよ。……ああ、そうか。慧太くんが言いたかったのは、周りが半魔人を受け入れるかどうか、という意味だったんですね、失敬失敬」
青髪の魔術師は意地の悪い顔になった。
「つまり、慧太くんは、初めから彼女を連れて行くつもりだったんですね」
「……」
意地の悪い笑みを浮かべた慧太は、ポンと友人の肩を叩いた。彼のそばを離れ、慧太はセラとキアハのもとへ。
お姫様に髪を撫でられているキアハの前で、慧太はしゃがむとその視線を彼女に合わせた。呆けたように遠くを見ていたキアハの目が、慧太へと動く。
「気分は?」
「……」
「いいわけないか。キアハ、オレたちは直にここを離れる。君はどうする?」
どうするって――力ない言葉と共に、キアハは目線を下げた。
「わからない……何も」
故郷と村人を失った彼女は、まさに抜け殻も同然だった。深く考えることを脳が拒否しているのかもしれない。失ったものの大きさを受け止めるだけの状態ではないから、無意識のうちに思考をブロックしているのか。
慧太は首肯した。
「オレはハイマト傭兵団という獣人の傭兵団にいる。来るところがないなら、オレたちのところに来ないか?」
「傭兵……」
無気力な声。慧太は小さく口笛を吹いた。すると親衛隊兵の近くにいたリアナが駆けてきた。耳のいい狐娘は、慧太のもとへ。
「キアハ、彼女はリアナ。見てのとおり狐人……獣人だ」
「よろしく」
リアナは無表情だが、その狐耳をぴくぴくと動かした。
「狐人……」
呟くキアハ。慧太は、傍らに立つリアナを見上げた。
「彼女はキアハ、鬼の亜人だ」
亜人――聞いていたセラが目を見開く。魔人ではなく、亜人と紹介したのだ。慧太は続ける。
「ハイマト傭兵団は、いま人数がいなくてね。オレとリアナと、そこのユウラ。……他にもメンバーがいたんだが、つい最近、みんな死んじまった」
ユウラがアスモディアを見た。彼女はそっと視線をそらす。
慧太はやや間を取った後、真っ直ぐキアハを見つめた。
「団のアジトが襲われてな。オレたちも家がないんだ。……いまの君と同じだ」
少女の黒髪から覗く右目が、慧太に向く。
「一緒に行こう、キアハ」
慧太は手を差し出す。少女はかすかに手を出しかけ、しかし止まる。震えるその手。躊躇い。
だが次の瞬間、慧太がその手を握った。
「よろしく、キアハ」
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