第一三一話、魔人の村
日食によってナルヒェン山は闇に包まれていた。
夜を思わす景色の中、民家から村人たちが姿を現す。それらは引き寄せられるように、慧太とセラのほうへと向かってくる。
不自然なほど無気力な歩み。まるでゾンビ映画のそれを見ているかのような光景だった。何より、村人たちだが、どれも魔人を思わす姿だった。爬虫類皮膚だったり、額に角を生やしていたり――
いや、あれは村人なのだろうか? 慧太が見逃しただけで、本当は村に忍び込んだ魔人たちが民家から出てきただけではないか。……ただ、その想定だと村人は魔人らにすでにやられてしまったということになるが。
「ねえ、ケイタ? 何も悪いことは起こらないっていいましたよね?」
セラが皮肉げに呟いた。手には、銀魔剣アルガ・ソラス。
「彼らは、こちらに襲い掛かってくる雰囲気みたいですけど!」
「ああ、嫌な予感がする……」
慧太もダガーをそれぞれの手に握る。セラは挑むように言った。
「嫌な予感? 認めたらどうです? 日食は不吉の前触れだと!」
「いいや認めないね。日食とは関係ない!」
向かってくる連中は……話し合いが通じなさそうな雰囲気だった。民家の二階で寝ていたのは、暗がりにいたとはいえ人間だったはずだ。見逃すなんて考え難いが、こちらの隙をついて村に侵入した魔人か。
セラの身体が光る。白銀の鎧を展開したのだ。戦乙女を思わす女騎士姿へと変身する。じわじわと迫る不気味な魔人らに対し銀魔剣を構え――
「ケイタ、あまり考えたくないんですけど」
「……」
「あの魔人たち、ここの村人ではないですよね……?」
オレもそれを恐れていたんだ――慧太は内心で思った。
キアハが頑なに、話そうとしなかった理由。この村の秘密とは病人と聞かされていた人たち。それがもし、目の前の異形の魔人たちのことだったら――
「何をしているんですか!」
背後から、キアハの鋭い声が響いた。振り向けば、村から出かけていた彼女が戻ってきたところだった。この暗闇の中、その素顔が判別しずらいが、間違いない。
「ここにいたら危険です! こっちへ!」
キアハが手招きした。逃げろ、というのだろう。状況がよくつかめていない慧太はセラに頷き、二人はキアハの後を追った。
異形の魔人たちは走らなかった。そのために距離がグングン開き、魔人たちは村へと引き返し始める。
「いったい何だったんだ、アレは?」
安全圏まで逃れたのだろう。キアハが立ち止まり、慧太とセラも足を止めて、村へと振り返る。全力疾走だった。セラは肩が上下していたし、慧太もほどよい疲労感を足に感じていた。
「なあ、キアハ――」
慧太が振り返ろうとした瞬間。
ブォンと風を切る音と共に硬い何かが胴体に炸裂して、慧太の身体が宙を舞った。
――えっ……!?
これ生身だったら背骨折れてるとか、いや骨を砕かれて内臓もダメになってるやつだろう。視界が回転する中、その身体は雪原に落ちた。
・ ・ ・
「ケイタ……?」
セラは、それを呆然と見ていた。
信じられないことに、彼が何かに弾き飛ばされるように……いや、そもそも人間の身体があんな風に飛ぶなんてありえない。
「ケイタ!?」
思わず駆け出そうとした時、それに気づいた。空気を裂いて振り下ろされる鉄塊。セラは飛びのくことで九死に一生を得る。
地面をえぐるような一撃は、鉄の塊――金棒から繰り出された。そしてそれを持つは、黒髪をショートカットにした大柄の少女キアハ。
「アレは何か、ですって……」
キアハは一メートル五十センチにも及ぶ金棒を両手で保持していた。彼女が背負っていたものは武器の正体だ。彼女のその目は、闇の中、金色に輝いている。
――金色……!
確か、彼女は黒い瞳のはず。あのような獣のような目ではなかった。
「あれはマラフ村の住人です。……ええ、かつて人間だった、その成れの果て、です!」
少女は一歩を踏み出す。大柄の体躯は躍動し、金棒を振りかぶる。直撃すれば、人体など容易く粉砕するだろう。
セラは飛びのく。風を切る金棒。その振り下ろされた速度は生半可ではない。ヘタに剣で受けたらそれごと砕く勢いだ。
「キアハ、いきなり何を……!?」
その顔に浮かぶのは怒りの感情。
「どうしてケイタを……!」
殺した――あの吹っ飛び方は、いかにケイタといえども生きてはいないだろう。それだけの衝撃だった。だからこそ、セラの心は深い憤りと疑問が満たしていく。……どうして彼を、私の、大切な人を――!
「だから言ったじゃないですか。……早く出ていってくださいって」
左腕に小型盾を装着する。キアハの声はどこまでも冷たい。いや、その声には、苛立ちがにじんでいた。
「聞かなかったのは、あなたたちじゃないですか!」
金棒が迫る。頭を狙ったそれを、セラは後退して避ける。当たれば頭蓋骨を砕くそれ。キアハはためらいなくこちらを殺しにきている。
セラの神経が逆なでにされる。こいつは、敵だ。
光よ、我が剣に宿り、鋼を断つ刃となれ――銀魔剣の刀身が光を帯びる。まずは、その危険な武器を破壊する!
体格のいいキアハだ。その豪腕はあの鉄の塊を易々と振り回す。だが、隙もある。
セラは一撃をかわし、キアハの懐へ滑り込む。光の力が宿ったアルガ・ソラスの切り上げ。キアハは金棒でそれを防ごうととっさに防御姿勢。
――いい反応だけれど、私の剣は、鉄をも、切り裂く!
ケイタを殴り飛ばした武器も一撃で――剣が入る。
だが、稲妻じみた魔力の反発現象が起きた。アルガ・ソラスが、跳ね返されたのだ。
「……!?」
キアハが再度、振りかぶる。信じられないことが起きたが、それに驚いている暇はない。セラは素早く後方へ飛び退き、金棒をかわす。
あの武器、ただの鉄ではない! セラはとっさに左手に魔力を集める。
おそらく魔法を付加しているか、金棒自体が魔法金属で作られているのだろう。衝突の際に、魔力同士が反発する時に流れる電流じみたものが走ったのが、その証拠だ。
そうなるといかに光剣と化したアルガ・ソラスでも、キアハの武器を破壊することは不可能である。
「それなら――! 光よ、槍となりて我が敵を撃て!」
セラの左手に集めた魔力を光の槍に変換、それをキアハに放った。
キアハは左腕のバックラーで、光の魔法を受け止めた。いや、弾いた。黒塗りの小型盾もまた、対魔法対策が施されていた。
「投射型の魔法とは、少し厄介ですね」
キアハは堂々と前に出た。
「先にあなたから仕留めるべきだったかもしれない……」
「……っ」
セラは違和感を覚えていた。光の槍を放った時、その青白い光がキアハの顔を照らしたが、頭に突起のようなものが見えた気がしたのだ。兜を被っていただろうか。
「光の精!」
淡い光で周囲を照らす球が、暗闇の中から彼女の姿をはっきりと浮かび上がらせる。
「!?」
黒髪の少女の変化は、その金色の目だけではなかった。肌は灰色になり、額には小さな二本の角が生えていた。
それは鬼型――人間の少女だと思っていたキアハの姿は、鬼の魔人そのものだった。
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