第一二九話、マラフ村
キアハが用意した料理は、ニンジンもどきの入ったスープだった。……いや、はっきりいって、それは料理と呼べる代物ではなかった。
ただニンジンもどきの野菜を茹でただけ。セラは、物凄く残念そうな顔をした。微妙な味なのだろう。お世辞にも美味しいとは言えない感じだ。
キアハは味覚が死んでるんだろうか――慧太自らの味覚については棚に上げ、目の前の小皿に入ったスープと中のニンジンもどきを摘む少女を見やる。
「……ここで採れるものと言ったら、ミュルエとか山菜、キノコくらいなものです」
このニンジンもどきは、ミュルエというらしい。
「動物は?」
洞窟に肉食獣がいたのだ。当然、他の動物もいるだろう。
「いますけど、獲らないですね。……村の人たちが食べれないので」
「なるほど」
慧太は頷いた。あまり食が進まないセラに対し、慧太は出されたスープと刻まれたミュルエを身体の中に流し込む。
「ご馳走様。何かお返しなり、力になれることがあればいいんだが」
「お構いなく。さっさと出て行ってくれるのが、最大のお礼ですね」
「ああ、そう」
慧太は苦笑した。
「とりあえず、いま仲間たちと待ち合わせをしているから、出て行くとしても、それからだな」
「仲間が……いるのですか?」
途端にキアハは警戒感を露にする。
「心配しなくても、この村をどうこうしようってつもりはないさ。ただ、オレたちはしつこい奴らに追われていてね」
「追われてる? あなたたちは傭兵ですよね……?」
露骨に嫌そうな表情をされた。傭兵のイメージの悪さは、こんな辺境でも健在のようだ。まあ、盗賊や傭兵の類は、小さな村や集落にとって獣以上に厄介事の種でもある。
「レリエンディールは知っているか? 魔人の軍勢なんだが」
「魔人」
キアハの動きが止まる。セラは口を開いた。
「いま、この山に魔人軍の部隊がいます。彼らが引き返さない限り、おそらくここにも現れます。そうなったら――」
憂いを込めた視線を、キアハから慧太へと向ける。
「ねえケイタ。この村の人たち、助けられないでしょうか?」
どうやら、いつもの虫が疼いたようだった。というか、ここが有人の時点でそうなると思っていた。
「このままでは十中八九、この村は襲われる。何とか避難させるか、それか守るということは――」
「気持ちはわかるが、それはオレたちだけで決めるものではないだろ」
慧太は視線をキアハへと向ける。彼女は難しい表情。セラは向き直ると真剣な口調で言った。
「避難すべきです。あなたたちを見殺しにはできない」
「村を捨てて……?」
キアハは右目で、セラの顔をじっと見つめた。
「あなた方が連れてきたのでしょう? 魔人を」
「好きで連れてきているわけじゃない」
慧太は首を横に振った。
「ただ、結果的にいえば、そういうことになる。君らに、はた迷惑な話だろうけど」
「……例え、あなた方の言うとおりだとしても」
キアハはスープの入った土鍋のもとへと歩く。
「私たちには、ここ以外にどこにも行く当てがありません。警告には感謝しますが、放っておいてくれませんか」
「でも、それでは魔人軍に殺されるかも――」
「……出て行ってください」
キアハは土鍋を手に、二階への階段を登る。上に居る病気の村人たちの食事だろう。話を打ち切る彼女だが、セラは食い下がる。
「もし村人を移動させるのが難しいなら、私たちも手伝って――」
「セラ」
慧太は首を小さく横に振った。頑ななキアハには、何を言っても無駄だろう。
・ ・ ・
「彼女にも都合があるんだろう」
家の外に出る慧太。ひんやりとした空気を感じながら、視界に広がる真っ白な雪原を見やる。納得できない顔のセラが、隣に立った。
「でも、このままだと村人は――」
「ああ、魔人軍がここを見つければ、略奪も兼ねて襲うだろうな。……まあ、とるモノもなさそうだけど」
村を探索していた子狐型分身体が戻ってきた。それを腕に乗せつつ、報告を聞く。
どうやら、もう一軒別の民家に八人、ただし病人がいるようだった。――キアハ以外、全身寝たきりの病人とか。……嫌になるねぇ。
「とはいえ、このまま見て見ぬフリってのも寝覚めが悪いよな」
慧太の腕の上で、子狐は鷹へと姿を変える。セラは首肯した。
「私たちが敵を招いてしまったのだから、この村を守らないと」
「いや、そこまで責任抱え込むことはないでしょ。こっちだって好きで連中を引っ張ってきたわけじゃない」
慧太は、鷹となった分身体を放つ。翼を広げ、天高く舞い上がる漆黒の鷹。
「この村の前で防衛線を張って迎え撃つ。……ユウラたちが来れば、何とかなると思う」
問題は、迫っている敵の数と、その敵がいつここに到着するかだ。ユウラたちが合流する前だと、慧太とセラの二人だけで、多数の敵を相手にしなくてはならなくなるのだ。
慧太は建物を見上げ、踵を返した。
「とりあえず、少し離れたところで、穴を掘る。こっちが隠れられるやつ」
「穴、ですか」
セラが続きながら、怪訝な顔をする。慧太は、キアハが刻んだだろう足跡を辿るように歩く。
「ここは見晴らしがいいが、向こうからも丸見えだ。一対多数でも有効なセラの聖天とか使うなら、身を隠せる場所があったほうがいいだろ?」
村から離れること百メートル付近。ここらでいいか――慧太はポーチを捻り、小型のシャベルを作ると、雪を掬い、そこに簡単な溝を掘る。
「ケイタ、手伝います」
それを見ていたセラは、銀魔剣を抜いた。そして光の力を刀身に付加し、剣を輝かせる。金属さえ溶断する熱を帯びた光の剣は、雪に触れると、それをたちまち蒸発させた。
慧太は思わず口笛を吹いた。
「セラは賢いな」
銀髪の騎士姫は、嬉しそうに微笑を浮かべた。先ほどまでのやや気重だった気分が少し晴れたようだった。
光る剣先が触れた雪が溶ける。その熱は雪を水に変えることなく気化させた。おかげで溝に水が溜まることもない。いや、仮に溜っても蒸発させればいいから同じである。
慧太は若干地面を掘ることで深さを確保すると、即席の見張り穴をこしらえた。たこ壺、より専門的に言えば掩体というべきか。
その間に、偵察を終えた鷹型分身体が戻ってきた。魔人軍とユウラたちの位置、その報告に、慧太は顔をしかめる。
「敵のほうが早い」
およそ百名ほど。一個歩兵中隊といったところだ。セラは驚く。
「ユウラさんたちのほうが近くのはずでは……」
「思ったより魔人軍の動きが早いな。ユウラたちは、負傷者や病人がいて、ペースが上がらないようだ」
「負傷や病気……」
セラは視線を下げた。
「昨日の猛吹雪のせい」
慧太は同意した。セラは見張り穴の中の盛り固めた土を椅子代わりに座った。
「まさか、彼らを見捨てるわけにもいかないし……」
必要なら見捨てる決断も、山では必要だ――慧太は思ったが口には出さなかった。それを指摘してどうにかなるものでもない。
ざくっ、と雪を踏む音。振り返れば、村から外套をまとったキアハがやってきた。
「まだここにいたのですか?」
「言ったろ、仲間と待ち合わせしてるって」
慧太は口もとをゆがめて答えた。キアハは天を仰ぐ。
「早くここを離れてください。夜になる前に!」
「どうして? 夜になるとまずいことでも?」
「それは……」
キアハは口を閉ざす。
何かあるのは彼女の態度を見ればわかるが、果たしてそれが何なのか皆目見当がつかない。聞いても、先ほどからはぐらかす、答えないでは、こちらも適切な対処ができないときたものだ。
「魔人軍が迫ってる。仲間が来ればと思ったが、連中が来るのが先みたいだ。ここで迎え撃つ。村を守らないとな」
「そんな……! そんなこと、頼んでません!」
キアハは言った。慧太は片方の眉を上げた。……ますます怪しい。何やら秘密の臭いがする。
知られてはまずい、何かが。
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