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シェイプシフター転生記 ~変幻自在のオレがお姫様を助ける話~  作者: 柊遊馬
雪のナルヒェン 編

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第一二一話、ナルヒェン山


 南北に連なるグラル山脈地帯。その一番南に位置するのがナルヒェン山だ。連なる山々の最南端、ゲドゥート街道を通る森林地帯北東部の切れ目に接していた。

 魔人軍からの追撃から逃れる慧太けいた、セラたち一行の姿は、ごつごつした岩肌が露出するナルヒェン山のふもとにあった。


「上方、敵兵!」


 リッケンシルト親衛隊兵の警告が岩壁に反響した。翼を生やした魔人兵は上空を旋回しつつ、手にしたクロスボウを放つ。

 飛来した矢は背中を向けていた親衛隊兵の一人を撃ちぬき、その場に倒した。

 死肉に群がるハゲタカのように、上空を飛び回る魔人飛行兵。槍を手に急降下を仕掛ける敵兵に、親衛隊兵は盾を構え剣で反撃する。だが飛行兵はひらりと空へと逃げ、注意を引いたその兵の背後に回った別の飛行兵が投槍を投げ込んだ。


「円陣を崩すな! 仲間の背中を守れ!」


 リンゲ親衛隊長が部下を叱咤する。突撃した飛行兵が低空をかすめるのを、親衛隊長は槍で叩き落す。地面に腹から激突した飛行兵の背中に槍を突き立ててトドメ。


「隊長!」

「警戒を怠るな! 正面崩さ……ぬぉっ!?」


 背中に矢が突き刺さった。クロスボウを持った飛行兵は、地上の兵たちの死角をつくように機動し、位置をめまぐるしく変えていた。


「ぬぅ、おのれぇ!」


 傷を負いつつも、リンゲ隊長は吼えた。兵たちは上官の怯まない闘志に、萎えかけた士気を盛り返す。


 くそ――慧太は駆ける。切り立った岩を蹴り、空中へ。親衛隊兵を倒した直後の飛行兵、その横合いから斧を叩き込む。

 くぐもった悲鳴と共に鮮血が飛び、駒のようにスピンしながら落下する敵兵。慧太の頬を血が染める。鼻にわずかな鉄の臭い。

 何度か追手の魔人兵を追い払ってきた慧太たちだが、ここにきて、敵は飛行兵小隊と投入した。空を飛んでくる敵兵に地形効果はさほど望めず、当然徒歩で逃げ切ることもできずに、交戦を強いられている。


 リアナが弓を引く。

 彼女の射撃は、飛行兵相手でも百発百中だ。ただ敵も黙ってそれを許さず、たびたびリアナに対して牽制やら攻撃を仕掛けるために、その射撃速度もあまり上がっていない。


「電撃!」


 ユウラの放つ電撃弾が飛行兵を感電させ、地面にその身体を叩きつけさせる。威力よりも手数と速度を優先している格好だ。ユウラの選択は正しいが、かなりの高速で飛行し、時に低く飛んで岩を盾にするように機動する敵兵には難儀していた


 それは、セラも同じだ。光の槍を具現化させ放つ。

 直撃を受けた魔人兵が一撃でその胴を貫かれ墜落する。だが魔人兵も、セラの魔法を察知すると、素早く切り返し退避行動をとった。そうなるとセラも光の槍を投擲とうてきできない。


「空を飛べれば……」


 セラは歯噛みし、背後に迫った敵飛行兵を振り向きざまにアルガ・ソラスで切り裂いた。


「ケイタ! 私も空に――」

「却下だ」


 慧太は怒鳴った。

 空に上がる? 確かにセラの白銀の鎧は天使を思わず翼を発生させて、彼女の身体を空へと舞い上げることができる。

 だがそれは敵に最優先で狙ってくれと言っているようなものだ。空中で取り囲まれたり、あるいは別の場所へ誘導されたら、こちらから援護できない。

 そもそも魔人兵らは、セラを第一目標にしている。一人空に上がれば集中攻撃されるのがオチだ。


「地上にいろ!」


 それなら、セラを守る慧太や兵たちが邪魔で、魔人兵は攻撃を分散せざるを得ないし、迂闊に突っ込んできた奴を逆に仕留められる。

 それに――慧太の視線は、セラの背後を守る高さ二・五ミータ(メートル)ほどの漆黒のゴーレムに向けられる。

 アルフォンソだ。シェイプシフターである彼は、周囲に比べて目立つ姿になって、セラを狙う魔人兵の注意を引いていた。少なくとも彼のそばにいる限り、セラは後方からの攻撃を気にしなくてもいい。

 ケイタ――と、赤槍を振るうシスターが視界をよぎった。慧太の側面に回りこんだ飛行兵を得物であるスコルピオテイルで貫き、倒す。


「ちょっと、注意が疎かではなくって?」

「すまん!」


 慧太は左手に自らの一部を爆弾へと変え、それを横手で投擲する。親衛隊魔術師の背後から迫った飛行兵を爆殺させる。


 やがて、魔人飛行兵部隊は引き上げた。半分は倒したか。セラにはもちろん、ユウラやリアナにも怪我はなかった。

 だが、親衛隊兵に犠牲者が続出した。慣れない空中からの刺客。上空のみならず、容易く背面や側面を突いてくる敵に対応するのは難しい。


「死亡八名、重傷五名、軽傷者八名です」


 親衛隊の十人長の言葉に、膝をついたセラは口を開いた。


「聞こえましたか、リンゲ隊長?」

「……はい、姫殿下……」


 息も絶え絶えに親衛隊隊長のリンゲは頷いた。セラは彼の傍らに膝をつき、歴戦の親衛隊長の右手を握っている。

 その反対側では親衛隊の治癒魔法使いが治癒を試みているが――芳しくなかった。

 矢を三発受けた。さらに突っ込んできた飛行兵を返り討ちにしたのと引き換えに胴に剣を貫かれたのだ。リンゲの口からは血が流れ、咳き込むたびに息が詰まるような響きをはらんだ。

 助からない――セラは、もちろん、リンゲ隊長の姿を見た者すべてが同じ思いを抱いた。だが、誰もそれを口には出さない。


「最後まで……」


 セラの手を握るリンゲ隊長の手から、力が抜けていく。


「お守りできず……申し訳、ありま……」

「……」


 セラは強く、その手を握る。だが、彼の手はもはや握り返さなかった。

 治癒魔術師が魔法を止めた。目を伏せると、胸前で十字を切り、祈りの言葉を呟いた。


「あなたは、よくやってくれました」


 セラは強く握ったままの手に額を当てた。


「ありがとう。……そしてごめんなさい」

「セラさん」


 ユウラが傍らに立った。


「ここで立ち止まっているわけには行きません」

「わかっています……」


 セラは立とうとはしなかった。


「魔人軍が追ってきています」

「ええ、わかっています」


 セラは顔を上げた。戦死した親衛隊長の胸に、その手を置き、立ち上がった。うっすらっと目元に浮かんだそれを、腕で拭う。

 ユウラは、わずかに黙祷を捧げていた親衛隊の十人長へと顔を向けた。


「埋葬している余裕はありません。戦死者らを……あの岩肌の影に並べて」

「……承知しました」


 十人長は、生き残った兵士の中で怪我のない者を集め、戦死者八名……いや九名の遺体を運ばせた。

 親衛隊兵の顔は暗い。仲間の戦死。追ってくる多数の魔人兵。追いつかれれば、次は自分たちの番。……重苦しい空気が、心なしか冷たい外気と重なって、心まで寒々とさせる。


 慧太は顔を上げる。雲の流れが速い。山の天気は変わりやすいというが、何とも嫌な予感がした。

 本音を言えば、山登りは避けたいところだった。

 だが地形上、ライガネン方面に抜けるには、この山を横断するしかない。南側は魔人軍に抑えられ、そのまま北側へ向かえば、堂々と横たわるグラル山脈地帯。このナルヒェン山よりさらに険しい道しかない。

 ユウラは、ナルヒェン山はそれほど高くないと言っていたが、何を基準にそういうのかさっぱりわからない慧太は言葉どおりに受け取れなかった。実際、見上げるナルヒェン山は、慧太にはそこそこ高い山に見える。こちらは山登りの装備はない。


 だがいい面もある。魔人兵にも山登りを強要することだ。先ほどの飛行兵には大した問題ではないが、重甲冑で武装した通常の歩兵の場合、その足をかなり鈍らせることができるのだ。上手くすれば、敵が追撃を諦める可能性もある。

 だから、多少の無理は承知で、山越えのルートが選ばれたのだった。



 ・ ・ ・



「山が騒がしいと思えば――」


 それは、ナルヒェン山を登るリッケンシルト親衛隊らを見下ろしていた。

 漆黒のフードローブ姿。顔は隠れているが、その声は無骨な男性のもの。


「我らの箱庭を荒らされるのも厄介だ」


 一人呟くと、彼はおもむろに顔を上げて、天を仰いだ。


「大いなる天の力。北方の風を纏いし、冷酷なる女王の吐息をかの地に吹かせん――」


 一通りの詠唱を終えると、漆黒のフードローブの男は踵を返した。

 しばらく何事も起こらなかった。

 風が吹き、雲が流れ、太陽の光が地に届かなくなる。薄暗くなる周囲。立ち込める黒雲。空気が冷気を帯び、ナルヒェン山の岩肌を吹き抜ける。

 やがて、季節外れの雪が降り始めた。

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